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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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冒険少女 6

 次の日も、そのまた次の日も男は弩を手に狩りに出かけ、何匹かのヒートリザードを狩り、食材として消費していく。

 男が持っていた乾燥穀物……デタバクという……が底をついたため、トカゲ肉が食事のメインとなっていた。

 その頃には、少女の胃腸も調子を取り戻し、肉だけの食生活でも問題なくなっていた。

 そして男は毎日、食事の一部を持ってテントの外に出ていき、誰かと話している、いや、むしろ歌っているかのようであった」

 食肉と並行して乾燥させていたヒートリザードの腸と皮もかなりの量が溜まっていた。

 そして、それらの素材がある程度まとまった量になったところで、男はそれらの加工を開始した。

 乾燥しても弾力性のある腸を、まっすぐに伸ばすように岩に杭で固定し、ナイフで縦に割いていく。ナイフには【鋭利】の魔術が施されているため、ほとんど抵抗なく真っすぐに切り、伸縮性のある皮紐ができる。

 必要量の皮紐ができたら、今度はやはり乾燥させたヒートリザードの皮に千枚通しで穴を開け、それを革紐で縫い合わせていく。

 そして、それを少女に着せて寸法を合わせながら、縫い進めていく。

「これってもしかしてわたしの?」

「『そうだ。そのままでは移動もできないだろう』」

 下着同然の薄い服しか纏わぬ少女の為にヒートリザードの皮で日除けのフードと靴を作っているのだ。

「『なめしていないから、長く使えるものではないが、この気候なら腐らないだろうし、数日なら問題ないだろう』」


 素足で灼熱の荒野を歩いたことによる足のひどい火傷も、ヒートリザードの肝で作った薬のおかげで随分と良くなり、歩いても痛みが無い程度には回復し、また体力もかなり戻ってきていた。

 男が作った靴を履き、日除けのローブを身に纏い、少女は散歩や軽い運動で靴の具合を確かめながら、サイズを調整したり、落ちた体力と筋力の回復にさらに数日を費やした。


 …………………………………………


 男が狩りから戻り、テントの中に入ると、少女は寝入っていた。その横で金髪の幼女が少女をじっと見つめている。いや、幼女だけではない。小悪魔のような妖精も亀のような大トカゲも同じように見つめている。

「……食うんじゃないぞ」

 男の念押しに、幼女が不満そうにほっぺを膨らませ、小悪魔妖精が男の背中に蹴りを食らわすが、男は蚊でも追い払うように手で払う。

「【鑑定】」

 男は冒険者カードではなく、自らのスキルを用いて、アカシックレコードに記述された少女の情報を読み取り、そして嘆息する。


 名前:チェロフ・ストームブリンガー

 種族:セリアン種 (ハティ)

 レベル:1

 メインスキル:なし

 心:B 技:9 体:6


「まったく。彼女の街の冒険者ギルドはどうしてしまっているんだ。いや、ギルドマスターに問題があるのか?」

 過去に出会った冒険者ギルドマスターを思い起こすと、その多くが変人ではあったが、冒険者という役割に対しては誠実であった。そういう存在なのだから当然と言えば当然なのだが。

 だというのに冒険者ギルドカードを持っている以上、冒険者なのは間違いないだろうが、それでメインスキル無しなど本来はありえない。

 どうやら彼女のギルドは男の知る“冒険者ギルド”とは少々異なっているらしい。


 修行不足でスキルレベルが低いか、熟練度が低下してレベルダウンした可能性は勿論あるが、スキルレベル1ぐらいは訓練すれば一月かそこらで取得できるものだ。その意味では何年も冒険者を夢見、目指してきた少女にスキルが無いわけはない。

 問題の本質はスキルの有無ではなく自らの持つスキルをメインスキルに登録していないことが問題だ。

 メインスキルへの登録、即ち転職にはアーカーシャへの接続が必要だ。そしてその役割を持つのが冒険者の石碑(メンヒル)とも呼ばれるアーカーシャオーブなのだが、彼女はそれを知らなかったし、触れたこともないのだろう。


「アカシックレコードのことは知っていたし、冒険者カードもある。だが、クリュップエント……彼女の言う死の荒野の向こうに人が住むことも冒険者の石碑(メンヒル)のことも知らない。自分たちが閉じられた狭い範囲で暮らしていることに気づいていないのか?」

 その事に何者かの意図を感じざるを得ない。

「アカシックレコードの情報が意図的に伏せられているということか。そんなことが可能なのは冒険者ギルドの精霊か、アカシックレコードの司書の精霊……どちらにしろ自らが司る事象よりも個人的な都合を優先させる狂った精霊が関与しているだろうな……アカシックレコードへの干渉が可能ならば、登録された真名の改竄もあるいは……」


 …………………………………………


 その日も食事の準備を終えた髭の男は一人前の食事を持ってテントを出ていった。何の気なしに少女もその後に続き、更にその後を幼女が付いてきた。

 昼の精霊が眠りについたことで、夕闇の精霊が周囲を暗い闇で染め上げていくが、夜目の効く少女にとって、薄暗がりなどハンディにもならない。

 まだ熱さを残す砂地も、トカゲ皮のブーツのおかげで少女の歩みに問題はない。

「なにしてるの?」

 まるで歌うような男の声が聞こえてきたので、少女がひょいと覗き込むと、男は膝を突いて歌うように何事か唱えていた。話しているのではなく、詠唱か祈りの最中であったようだ。

 男はチラリと少女の方を見たが、そのまま祈りの言葉を最後まで唱え続ける。男の前には何かの像のようなものが在り、その前にヒートリザードの串焼きが盛られた器が置かれていた。

 やがて唱え終えると、どこからか現れたヒートリザードが、ひょいと器の中の食べ物を咥え、さっと逃げ出していった。

「共食い?」

 少女が思わず追いかけようとしたが、足元から魔法の光が灯ったので驚いて足を止める。

 やがて光は消え、それ以上何も起こらなさそうだったので、少女は恐る恐る尋ねた。

「いまの、なに?」

「この地に住まう炎の精霊の眷属だ。精霊の祠に祈りと供物を捧げる代わりに、この地に留まる許可を得ている。おかげでこの周辺は魔獣に襲われることのないセーフティーゾーンとなっているわけだ」

 話の半分も判らなかったが、なるほど~、と判ったような顔で頷く少女。その横では幼女も同じポーズで頷いている。

「あれ?」

 しかし男の言葉に違和感を感じて、少女が男を指さす。

「おじさん。言葉が変わってる?」

 お互いに相手の言葉の意味が理解できていたので、意思疎通に不都合は無かったが、男と少女の使っている言語は別のものであったはずだ。

「君との会話の中で言葉を憶えた。文法はまだ怪しいし、使える単語も限られているが、その辺はおいおい憶えていくさ」

 ええーっ、言葉ってそんな簡単に憶えられるものなのー、という少女の当然の疑問。

「まあ、色々と、な……ああ、そうだ。いい機会だからスキルの登録をしてしまおう。こっちに来なさい」

 言葉のことをもっと聞きたかったが、男の言葉に少女は素直に従う。

「君は自分のステータスを見たことがあるかね?」

「もちろん。でも、あんまし意味ないよね」

「自分のステータスを確認してみなさい」

 命令口調の男の言葉にも、やはり少女は素直に従い、冒険者カードを大きく引き伸ばして自分に【鑑定】をかける。

「見せてもらうよ」

 そう言って少女の背後に座り、大きく広げた冒険者カードを覗き込む。少女は背中に張り付く男の気配に、ドギマギする。


 名前:チェロフ・ストームブリンガー

 種族:セリアン種 (ハティ)

 レベル:1

 メインスキル:なし

 心:B(9/D) 技:9(7/B)/ 体:6(5/7)

 スキル:【剣士1】【風魔法士0】【光魔法士0】【野伏0】【魔法戦士0】【剣1】【徒手格闘2】【採取3】【錬金術0】【目利き1】【鑑定0】【直感3】【生存3】


「いくつか聞きたい。まずメインスキルを持たないのは何故だね?」

「わたし、見ての通りオオカミ系のセリアンなんですけど、体力が低くって」

「低いというほどではないだろう。パッシブは低めだが女性ならば十分だし、総合値としてもまあ平均だ」

「でも体Aがないから種族スキルの【セリアンスロープ】が取得できないんです。親もいないし……」

 種族スキルの多くは親から子に継承される。仮にステータスが低くても、それに見合うスキルの取得を図る知恵が先祖代々伝えられているものだ。

「街には他にウルフ系居なくて。一度聞いて見たけど、わたし、別種みたいで」

 オオカミ系セリアンの毛色は一般的に黒であり、少女の髪色もやはり黒だ。しかしステータスに表示された種族名はウルフではなくハティだ。

「別に種族スキルにこだわらなくてもよいだろう。セリアンの剣士など普通だと思うが?」

「セリアンスロープじゃないセリアンなんて、誰も仲間にしないよ」

 男の言葉に少女はびっくりするが、男の方でも少女の言葉に驚くと同時に呆れる。

「それはまた、随分と偏った見解だな」

「常識です」

「君の住む街の常識が世界の常識と思わない方がいい」

 男の言葉にムッとする少女。

「そう怒るな。君が種族スキルを取得できない経緯は判った。でも別の方法で力をつけることは可能だということだ。君が持つ多彩なサブスキルを見ても君が努力をしてきたことは判る」

 物にならず、無能扱いされ、バカにされ続けた少女は、男の言葉に泣きたいような、叫びたいような、不安に押しつぶされるような、不思議な気分になった。

「ではこの精霊の祠に触れて。この像を通してアーカーシャにアクセスし、メインスキルの登録、即ち【転職】を行います」

「え、【転職】っておじさん、神父様なの? それとも賢者様?」

「……冒険者ギルドのメンヒルが無いならそうなるか。生憎私はどちらでもない。なんだと思う?」

 面白がるような男の言葉に、少女はさっと冒険者カードを出してコマンドを唱える。

「【鑑定】!」

「おい」

 会話の妙を楽しむことなく、答えに飛びつく少女に、男は思わずツッコむ。咄嗟に【鑑定】に抵抗しようとしたが、少女の落胆する姿や、逆に知った後の反応を想像してしまい、つい、抵抗が甘くなった。

 やがてアーカーシャを通して閲覧申請された男の情報が少女のカード上に表示される。


 名前:****・********

 種族:ヒュー種(ピルグリム)

 レベル:1

 メインスキル:【吟遊詩人】

 心:7 技:7 体:7


「はぁ? 吟遊詩人! いやいや、それにレベル1って嘘でしょ。絶対ネームレベル行ってると思ってた。うそ、なんで? ヒートリザードとかバンバン狩ってくるし、死の荒野を平気で旅してるし、って、ちょっと……」

 少女がジト目で男を睨むが、男は涼しい顔をしながらも視線を逸らす。

「名前、見えないんだけど」

「見せないよう、抵抗したからな」

「なんで!」

 少女の問いに、男の表情が苦虫を噛み潰したように歪む。

「あ、ごめん、なさい」

「いや、君は悪くない。ただ私が自分の真名を嫌いなだけだ。呼ばれると持病の発作が起こる」

 嫌いなのは理解できるが、発作とか冗談だろうと少女はクスクスと笑う。

「じゃあ、普段どうしてるの? 他に呼び名があるの? 教えて」

 期待したような少女の言葉に髭の男は困ったように視線を逸らし、口元を手で抑える。

「……ィルだ」

「ん?」

「フィルだ。そう呼んでくれ」

「フィル、フィル、フィル……」

 なにやらぶつぶつ言っている少女。

「大丈夫かい?」

「……フィルおじさん!」

 少女はパッと顔を上げて、男の顔をまっすぐに見上げる。

「フィルおじさん、助けてくれてありがとう!」

 少女は満面の笑みを男に向け、男はまぶしそうにその笑顔から目を逸らした。


 その後、無事精霊の祠を介し、ハティリアはメインスキルを取得した。


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