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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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冒険少女 5

 身体に薬を塗り、幼女たちと食事をし、一緒に手遊びをし、やがて疲れて寝入ってしまった少女であったが、わずかな気配に覚醒し、テントの外を警戒する。

「『……カンがいいな。いい冒険者になれるぞ』」

 薄かった気配が突然濃くなり、髭の男がテントに入ってきた。

「なれるわけないでしょ。スキルもないのに」

 不貞腐れたような呟きは幸い、男に聞かれずに済んだようだ。

 日陰に入った男はほっとしたように息を吐き、獲物……数頭のヒートリザード……を降ろし整理を始めた。

 そのどれも矢傷であったが、男は弓を持っていない。それを指摘すると、(クロスボウ)だ、と今朝組み立てていた複雑な構造の道具を見せてくれた。

 見たことも聞いたこともない道具に、男はわざわざ実演してくれたが、まるで手品を見せられているように、目の前で起きている光景が理解できず、男も諦めて獲物の処理を再開した。

 慣れた様子でヒートリザードを捌き、部位別に分けていく。肉は食料に、肝は薬に、腸は丁寧に中身を捨ててから皮と一緒にテントの外に吊り下げて乾燥させる。

 獲物の処理が終わったら今度は水筒から水を鍋に注いで、食事の準備を始める。

「この辺に水場があるの?」

 死の荒野で水は貴重だ。オアシスの情報などは値千金に匹敵し、例の冒険者たちの洞窟も彼らだけが知るとっておきの秘密の情報だったのだろう。

 しかし男は無駄遣いしているわけではないが、切り詰めている様子もない。大体、普通に考えて、荒野で粥など、砂漠でパスタのごとき贅沢品である。

 その当然の少女の疑問に、男の口がニヤリと笑って種明かしをする。

「『ストレージというポーターのスキルだ。熟練度を溜めやすいからスキル構成に影響を与えない上、()()には有用な良スキルだ。【心】のステータスがよほど低くなければ取っておいた方がいい』」

 そう言いながら水筒を持った腕が虚空に消え、再び現れると空であったはずの水筒が水で満たされていた。

 初めて見るスキルの不思議な光景に驚くより、髭に隠れて判りにくいが、ちょっと得意げな感じで説明する髭の男の様子に、少女はクスリと笑った。

 そこで、喋りすぎたことを察した男は、自分の口を塞ぐように手を当てて視線をそらし、食事の準備を再開する。

 少女にとっては見慣れぬ乾燥させた穀物と、ヒートリザードの肉が、ストレージから取り出した水で煮られ、そこに岩塩と緑色の粉末を入れながら味を調えていく。

「その緑色のはなに?」

 手持無沙汰な少女が尋ねると、そこにあるだろ、と男が近くの岩を指さした。その岩の表面に薄っすらと緑色のものがこびり付いている。

「これって苔? こんなのが食べられるの?」

「『昼夜の寒暖差で結露したわずかな水分で育つ苔の一種でバジーモスという。湿っていると生臭いが、一度完全に乾燥させればそれも消え、バジルっぽい風味のハーブとして使える』」

「へー」

 バジルというのが何か判らなかったが興味を覚えた少女は、冒険者カードを取り出し、岩に生えた苔にかざす。

「【鑑定】」

 冒険者カードを覗き込みながらそう唱えると、黒いカードの表面にその向こうの光景が映し出され、苔にピントが合っていることを示す四角い枠と共に文字が映し出された。


 名前:バジーモス(New!)

 説明:クリュップエントに自生する苔。昼夜の寒暖差で結露した水分を利用して育つ。乾いた状態ではバジルに似た風味のハーブスパイスとして使用できることからこの名がついた。乾燥が不十分だと生臭い。


「あれ?」

 その表示された情報に見慣れぬものを発見し、首をかしげる少女。

「『どうかしたか?』」

 疑問の声に律儀に応じてくれる男。

「“New!”って表示があって。なんだろ、これ、初めて見た?」

「『それも知らないのか』」

 問い直す男の声は固かった。

 驚きで大きな声が出たわけではない。無知への嘲りとも違う。怒りを含んだ男の声に少女の肩がびくりと震えた。

 委縮した少女の様子に、男は言い方を誤ったことに気づき、咄嗟にフォローしようと考えた。しかし、少女の機嫌を取ることの無意味さを考え、調理に集中することを言い訳に少女から視線をそらした。

「あの!」

 しかし拒絶した男に、少女は追いすがるように声を上げる。

「ごめんなさい。わたし、知りません。だから、教えてください」

 そう言って、背を向ける男に頭を下げる少女。

 小悪魔みたいな妖精が男の上を飛び回り、大トカゲは亀のような目をゆっくりと開いて見てから、再び瞑目した。

 そして、少女の背中に何かが張り付いた。薬のおかげか既に痛みもない。

「?」

 背を丸めた少女の背中に張り付いた温かいものはもぞもぞと動き、少女の肩に手をかけ、腿に足をかけ、よじ登り、背中の上に立った。

「『とーちょー』」

 背に立たれては、下げた頭を上げることすらできない。だったら、このまま我慢比べだ、とばかりに頭を下げ続けて、お願いします、と繰り返す少女。

 ふっと、背中が軽くなる。

「『……さっきのは君に怒ったわけではない。すまなかった』」

 男の言葉に、少女自身も不思議に感じるほど嬉しさがこみ上げ、パッと顔を上げた。

 バツが悪そうにしている髭の男と、先ほど少女の背中への登頂を果たしてドヤ顔の幼女の姿に、自然と口元がほころぶ。

「『鑑定結果の“New!”というのは、新発見などで最近内容が更新されたという意味だ。表示期間はおおよそ300日だ』」

 その説明に、少女は首を捻る。言っている言葉の意味は理解できるのに、意味が理解できない。

 それではまるで……

「あの、変なこと言っちゃうかもだけど、鑑定結果って、誰かが見つけてるんですか?」

 少女の問いに、やっぱりな、と髭の奥で男の渋面が更に深くなる。

「『その質問に答える前に確認させてくれ。君は冒険者ギルド所属の冒険者で間違いないな』」

「もちろんです!」

 実力や、成果や、ギルド内での扱いなどの諸々を無視し、少女は自らの心意気に従ってそう断言した。冒険者ギルドのギルドカードだって持っている。ランクは最低だが……。

「『いま私がした説明は本来、冒険者になる際にギルドから受けるべきものだ。なぜならばそれこそが冒険者ギルドの存在意義なのだから』」

「そんざいぎ?」

 聞きなれない言葉に少女の疑問符は増える一方であった。

「『鑑定は、対象の情報を読み取る能力だ。ではその情報はどこにある? どこに書かれていると思う?』」

「えっと、カードの、中?」

 しかし言って何となく違うな気がする。鑑定で表示される世界の情報全てが、このカードに入ってるいるということが想像できない。それこそ街よりも大きな図書館ぐらいないと無理だろう。

「あ、エーテル」

 世界に遍く満ちたエーテル。そしてそこ(エーテル)に刻まれた世界の記憶こそ……

「『そう、アカシックレコードだ。鑑定スキルとは、アカシックレコードを閲覧するスキルと言い換えることができる。そして、心技体などのステータスやスキルなどはともあれ、名前や加工方法や、それが美味しいかどうかなどの情報は、人が自ら発見せねばならない』」

「じゃあ、これも、誰かが見つけたものなの!」

 粥をすくった匙で男を指す少女。匙を使ったことが無い少女に男が使わせているが、マナーまでは伝えきれていない。少女の仕草に男は渋面を作る。

 更にその差し出された匙に素早く幼女がぱくっと食いつき食べてしまう。

「あー、わたしの~!」

「もぐ、もぐ、おいし~!」

 グーで握った匙を叩く上げる幼女に向かって、う~っ、と唸って威嚇する少女。犬みたいな耳も大きく膨らんでいる。

「『二人とも、匙を振り回すな。行儀が悪いぞ』」

 さすがに見かねた男の言葉に、は~い、と元気に匙を振り上げて返事をする幼女と、口に匙を咥えながらなおも、う~っ、と唸る少女。

「匙を咥えるな、まったく」

 二人の子供の様子に苦笑いを浮かべながら、少女の器に粥を足してやる。

「『鑑定結果の名前欄をタッチしてみろ。そうすると改訂履歴や情報提供者の情報が出てくる』」

 男の言葉に少女の目が輝き、左手に粥の器、右手に冒険者カードを握りしめ、口に咥えた匙でカードに表示された鑑定結果をタッチする。

「んぁ、くわぁった」

「『行儀が悪い』」

 匙を咥えながら喋る少女の口から引っこ抜いて器の中につっこむ。

「きょーきわるい、きょーきわるい」

 匙で器を鳴らす幼女の頭に男の拳骨が落ちると、うわぁぁぁぁん、と火が付いたように泣きだす。

 釣られたように小悪魔妖精が男に飛び蹴りを食らわせてくるが、まるで虫でも追っ払うように男は歯牙にもかけていない。

 少女は冒険者カードを大きくして膝の上に置き、改めてそこに目を走らせる。

 そこには二ヶ月ほど前の日付と一つの名前が記載されていた。項目はその一つだけで、前にも後にも何もない。

 試しに自分の服を鑑定してみると、材質が表示され、その更新履歴は数十回に及び、最新の日付は百数十年も前のものであった。

「……すごい」

 少女は目を輝かせて、その表記を凝視する。

「『冒険者なら知っていて当然の機能だ』」

「そうじゃなくって。いや、その事もすごいんだけど、そうじゃないの」

 興奮したように少女が早口で続ける。

「これ。この人。バジーモスを発見したペドロフ・チイチャイコスキーさん、っていう人。この人が二月前にこの苔が食べられることを発見したんでしょ。今まで何百年も誰も見向きもしなかったこの苔の効能を発見したんだよ。それがすごい!」

「『……どうせ食事をするなら旨いものを食いたい。とか、そんな理由だろ』」

「『ごっはん、ごっはん、おっいしっいいごっはん!』」

 さっきまで泣いていた幼女がケロッとした顔で歌いだし、それに合わせて蝠羽の小悪魔蝙妖精も飛び回って踊っている。

「そうじゃなくって!」

「『……どういう意味だい?』」

 強く主張する少女に、男も真面目に応じる。

「だって、わたし、こんな苔が何かに使えるかとか、考えたことない。ましてや食べようなんて思わない。でもこのペドロフって人はそれを見つけて、世界にその功績が認められたんだよ。今後、この苔を鑑定した人すべてが、ああ、これを見つけたのはこのペドロフさんなんだって知るんだよ。すごいよ、アカシックレコードにペドロフ・チイチャイコスキーの名は残り続けるんだよ。決して忘れられることなく永遠に記憶に残るんだよ。永遠に!」

 冒険とは、危()()すこと。

 しかしそれは危険が目的ではなく、その先にある“なにか”を追い求めること。それこそが少女の目指す()()であると、少女は初めて理解した。

「わたし、ペドロフさんみたいになりたい。ううん、これじゃあ気安すぎるよね。チイチャイコスキー様。わたし、チイチャイコスキー様みたいになりたい!」

 興奮した少女は、自分でもよくわからないテンションでまくし立てていく。

「……どうしたの?」

 視線を落とし黙り込む男に少女が尋ねる。心なしかその声音には気遣うような色が見える。

「『……君は、“ペドロフ・チイチャイコスキー”という名をどう思うかね?』」

 奇妙な男の問いに、少女は首を傾げしばらく考える。

「貴族っぽいかな。でもペドロフ・チイチャイコスキーって強そうで、勇猛そうで、カッコいい名前です!」

「『そうかね……それは良かった』」

 それきり、男は口をつぐんでしまった。

「はしゃぎすぎて怒らせちゃったかな?」


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