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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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冒険少女 4

 テントを出て行く気配に、少女はそっと瞼を開けた。

 音を立てないネコ科の肉食動物のような動きで男がテントを出て行くのが見えた。手には食事を入れた器を持っていたように見えたが、一瞬のことなのではっきりしなかった。

 そして外から話し声のようなものが聞こえてきたが、ハッキリしない。

「外に誰かいるのかな?」

 そう疑問に感じたが、身体が少し熱っぽくあまり頭が働いていない少女は、そのまま瞼を閉じ、横になり続けた。

 戻った男は荷物から何か複雑な構造をしたものを取り出し、組み立て始めたので、少女は見るとはなしに、ぼんやりとその作業を見つめる。

「魔法みたい」

 魔法スキルなら何度も見たことがあるが、そういうのとは違う。

魔法のように無から有が生まれているわけではないが、確かにそこにあるものを組んでいるだけなのに部品の一つ一つがカッチリとハマり、思いもよらない形に組み上がっていく様は、なんだか魔法以上に不思議な気がした。

「『すぐ戻るから決してテントから出るな』」

 男は組み上がった道具を持って、他にも更に幾つかの注意を少女に言い含めてからフードを目深に被って灼熱の荒野に出て行った。

 残された少女に課せられた任務は休息と治療、それと落ち着きのない幼女がフラフラ出かけないよう()()をしっかり掴んでおくことであった。

 手綱というのは比喩ではない。

 幼女には武骨な金属の首輪がされており、紐を通す輪っかもあり紐が結わえてある。

 また、親子?の旅の仲間は他にもいて大型犬ぐらいの大きさのトカゲ?(亀みたいな顔をしている)と、30cmぐらいの大きさの妖精?(蝙蝠みたいな皮膜の羽があるので、どちらかと言うと小悪魔のようだ)もいて、その一人と一匹にも同じ首輪が付けられ、やはり紐がかけられていた。

 同じ首輪を付けられた二人と一匹の紐の先は、やはり同じような首輪に繋がり、それは今、少女の手の中にあった。

 首輪に腕を通すようにして、容易に抜けないように腕を組んで横になって休む少女は、二人と一匹の様子をぼんやりと眺めていた。


 テントの日陰で丸くなった亀顔の大トカゲは眠っているようにまるで動かず、その反対に蝙蝠羽の小悪魔みたいな妖精は落ち着きなく飛び回っている。そして幼女は、その間をあっちに行ったりこっちに行ったりと、やはり落ち着き、テントをめくって外に出ようとするが、小悪魔妖精が服を引っ張ってそれを止めている。

 紐は魔法だか魔術でできたものらしく、重さを感じず、二人が動き回っても絡まることもなかった。


 身体の火傷の痛みはかなり軽減されていたが、足の裏はまだズキズキと痛み、ふくらはぎ辺りまで熱を持っていた。

 少女は身を起こし、男からもらった薬を手に取り、足の裏に薬を塗りこんでいく。触れると激痛が走るが、表面に薄っすらと皮ができていて、快方に向かっていることが判る。

 そして、キョロキョロと当たりを伺い、男がいないことを確認する。常識的に居るわけないことを知ってはいるのだが、確認せずにはいられなかったのだ。

 そして男がいないのを確認してから、薄い下着同然の服をたくし上げ、やはり薬を体に塗り込んでく。

 背中に手を伸ばすが、手が届かない箇所がある。

「『なかちゃんもやる~』」

 遊びと思ったのか幼女が薬に興味を示し、手を伸ばしてくる。

「……じゃあ、お願いしようかな」

「『うん!』」

 元気よく答えたなかちゃんと名乗った幼女は、手に薬を取り、そこに鼻を近づけて、くっしゃぁ、顔をしかめる。

「それをお姉ちゃんの背中に塗って」

 できるかな、と少し不安も憶えながら、幼女に向けて背中を向ける。

「『えい!』」

 ぱっちーん

「きゃっ!」

 幼女の力とは言え、火傷の痕への平手に痛みが走る。

「『こお?』」

 更にそのまま手がスライドし、まだ痛い部位に当たると、全身がビクリと震える。

「ちょ、ちょっとまって、まって、うああああああっ」

 その反応が面白いのか、ひと際痛い部位をゴリゴリ、つんつんと玩ぶ幼女と涙を流しながら言葉にならない痛みに耐え、息も絶え絶えな少女。

「『みっしょんこんぷりーと』」

 腕組みしてなぜかドヤ顔の幼女とその様子にケラケラと笑い、手と足、両方を使って拍手する小悪魔妖精。

 しかし、少女のあまりの様子に小悪魔妖精が我に返る。

「『ん? ごめんなさい? どーしてー?」

「あ、だいじょーぶ、えっと、なかちゃん、でいいのかな。なかちゃん、ありがとうね」

 痛みに耐え、ヒクヒクと口元を痙攣させながら少女が幼女に礼を言う。

「『なかちゃんはなかちゃんです』」

「こんにちは、なかちゃん。わたしはハティリアっていうの。よろしくね」

「『はて?』」

「ハティリア」

「『はてれら!』」

「ハ・ティ・リ・ア」

 一語一語区切って喋るハティリアを前に、腕組して、う~んと唸るナカ。と、徐に、

「『はて!』」

 ずびしぃ、と指を指す幼女。

「せめて、お姉ちゃんとか言ってほしいな」

「はてねちゃん?」

「あー、うん、もうそれでいいや」

 薬を塗った背中、特に痛みがひどい部位には幼女のなかちゃんが念入りに薬を塗ってくれた。その部分に少しの痺れと冷たい感触を感じ、心地よい。薬が効いてきたのだろう。


 死の荒野の真昼の熱はむき出しの素肌を容赦なく焼いていく。

 足の裏の火傷が特にひどかったが、それ以外にも火傷は全身に及んでいたが、その多くはかなり痛みも退いている。

 少女が意識を失っている間も薬が塗られ、早期に治療が施された結果だろう。その事に少女は深く感謝する。感謝するのだが、しかし、しかし……


「当然、薬を塗ったのは……」


 下着同然の服の中を含めて広範囲に広がった火傷の治療。具体的には薬を全身に塗りこむという治療方法と、それをやった人物と、その光景を具体的に想像した少女の全身が羞恥で赤くなる。


 それだけではない。


 意識がなく、脱水で死にそうな自分に水を飲ませてくれたのも、離乳食のように柔らかく噛み砕いた粥を食べさせてくれたのも、多分、おそらく、きっと、口移しだったのだろう。

 聞くと少女は三日も意識を失っていたらしい。その間、全ての世話を男がしてくれていたのだろう。他に居ないのだから消去法で当然そうなる。上の世話も、……下の世話も。


「キエエエエエエエエエエエエエエエエエィ」


 それに思い至った少女は恥ずかしさのあまり奇声を上げ、転げまわり、まだ痛む火傷の痕を擦ってしまい、痛みでのたうち回る。

 しかし、恥ずかしくはあるのだが、不思議と嫌な感じはしていない。“彼ら”の時の不快感とのあまりの違いに、自分でも現金だと思い、少女は笑みを浮かべながら、静かに吐息を吐いた。


「……おじさん」


 そんな少女を、幼女の金色の瞳でじっと見つめていた。



1時間後に次話投稿予定

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