吟遊詩人 2
多くの者たちが大きく引き伸ばしてステータスボードを展開し、ソレを覗き見る。
ピントを合わせ、拡大し、この世の物ならざる美しき存在をただひたすらに愛でる。
「【鑑定】」
“愛するもの”の全てを知りたい。その欲求自体は決して責められるべきものではないだろう。
「【鑑定】」
鑑定スキルはアカシックレコードに記述された情報を読み取るスキルだ。特に冒険者カードには【鑑定】スキルが備わっており、カードとステータスボードを連携させることでステータスボードにその機能が付与される。
対象を選択し、【鑑定】スキルの行使をリクエストし、情報閲覧の申請にアカシックレコードが応えるのを待つ。その為どうしてもスキル行使から情報の開示までタイムラグが生じる。
「【鑑定】」
新たなリクエストが為される。
「【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】、【鑑定】」
我慢できない人々は、何度も何度もスキルを行使し、情報の取得をリクエストする。そんなことをしても遅くなることはあっても、早くなることないと知ってか知らずか、スキルを連打し続ける。
通常ならば数十秒で済む鑑定という名のアカシックレコードの閲覧は、この日に限って、数分どころか十数分かかっても情報が更新されなかった。
そうこうしている間にお目当ての“愛するもの”は髭面の男の荷物に潜り込んでいった。そこから顔だけ出して、調子はずれの歌を歌いながら市門から離れていく。
多くの者たちの【鑑定】は処理落ちし、その結果を知ることができずに終わった。
しかし偶然にも、その結果を得られたものも少数ながら居た。
名前:郢ァ?ョさ晏ウィ縺
種族:驛?ァ「譎ス?繧ッ擾ス?
レベル:0
メインスキル:なし
心:測定不能 技:測定不能 体:測定不能
「……あの子、ナカちゃんは人間じゃないんだ」
職務を忘れた若い兵士トータスはその鑑定結果に醜く顔を歪めた。そして“ナカちゃん”に気安く触れるあの髭面の男“ペドロフ・チイチャイコスキー”への怒りを募らせる。
「ありえない、ありえない、あんなに可愛い、天使のような、あんな、あんなものを奴隷、自分の、ものにして……自分の物? よわっちい、宿無しの、吟遊詩人風情のペドロフの野郎があんないい物を持ってるなんてそんなの間違っている。そうだ、俺が貰ってやる。ペド野郎にはもったいない。それが正しい、あの天使を、俺の、俺だけの物に……そうか」
トータスは熱に浮かされたように、自分の世界に埋没していった。
人間の子供に欲情する変態と、動物や魔獣など人間以外に欲情する変態。どちらがより業の深い変態であるかは、単純に答えが出せる類のものではないだろう。
だが、人間の子供を奴隷にすることと、人間以外の動物を家畜にすること。そのどちらの心理的ハードルが低いかは、論ずるまでもないことであった。
「あの子を……アレを俺のモノに」
* * *
その男は異質であった。
豊かな口髭、顎鬚をたくわえ、一見するとクマが二本足で歩いているよう見えた。大柄な男ではあったが、大荷物を担いでいることもあってさらに大きく見えた。
明らかな余所者であることで警戒対象なのは当然だが、加えて首輪に繋がれた幼女を連れているということは、そういう奴隷を好む類の人物またはそういう連中を相手にする奴隷商だ。どちらにしろ関わり合いになりたくはない手合いであることは間違いない。
そう結論付けた女は視線を合わさないよう手元だけを見つめ、メガイモをかき混ぜるヘラに意識を集中させた。
周囲では幾人もの街の者がステータスボードを掲げて【鑑定】をかけている。冒険者カード持ちだ。
便利だからと冒険者カードを取得して得た【鑑定】スキルを面白がって連発する連中にマリアーヌは嘆息する。鑑定されたことは相手にも伝わるというのは常識だ。
ガンを付けられた相手がどんな行動に出るかもしれないのに、危機意識の低いのんきな住民たちに女は気が気ではない。
どうにかしたいが、どうしようもない。
そう諦め、女は目の前のメガイモをかき混ぜるヘラに集中し、男が通り過ぎるのを視線を落として待つことにした。
「『おとーさん、おとーさん、おなかすいた』」
しかし高い子供の声が目の前でしたので、驚いて顔を上げると、首輪に繋がれた幼女と、その背後に立つ男が目に入った。
「ひぃ」
思わず悲鳴が出る。
「『失礼、驚かしてすまない。ご婦人』」
見た目に反して柔らかい声と物腰に女は間の抜けた顔をさらす。
首輪に繋がれた幼女が興味津々で目の前のメガイモに手を伸ばす。
「危ない!」
思わずその手を止めようとするが、幼女は火で焚かれたメガイモの向こう側。慌てて手を伸ばそうとして自分自身がバランスを崩してしまい、グツグツと煮えたぎるメガイモに頭から突っ込みそうになる。が、女の身体をそっと差し伸べられた手が支えた。
優しく抱き留めながらも、鋼の芯が入ったかのようにがっしりと力強い腕に支えられ、女は年甲斐もなくドギマギと心をときめかせてしまう。
男は右手で女を支え、左手で幼女を抑え、二人を危険からそっと離した。
「あ、ありがとうよ。助かった」
「『どういたしまして。むしろ貴女はソレを助けようとしてくださいました。お礼を言うのは私の方です』」
耳に心地よい囁くような髭男のバリトンと穏やかなトパーズの瞳、それに異国の言葉が醸し出す異国情緒に、日常とは違うときめきを感じてしまう女。
--だめ、いけないわ。私には娘だっているのに……旦那は居ないけど
と、数瞬で考えを巡らせた女は、男の手が離れたことを少し残念に思ってしまう。
「『うまそー!』」
男の身体によじ登った幼女が、女よりも高い目線で見下ろし、その可愛らしい容姿にそぐわぬ言葉で女の手元を凝視していた。
「『それを言うなら、おいしそう、と言いなさい』」
幼女をきちんと躾ける男の言葉に、奴隷じゃないのかしら、と首を捻る女。
「……よだれ、垂らさないでくださいね」
当初の警戒をわずかに解いて軽口をたたく女。
「『失敬』」
幼女を抱きかかえ直して男が素直に謝罪する。
--失敬、っていう人、初めて見たわ
と、関係ないことを考えていた女を余所に、幼女と男が何やら揉めだしていたいた。
「『おとーさん、おなかすいた~』」
熊みたいな髭男の手の中で金色の髪の幼い子供が、ふんふん、と鼻を鳴らし、目の前のメガイモが放つ湯気を嗅いでいた。
「『先に宿を取って落ち着いてからだ』」
「『や~だ~。おなかすいた、これたべたい、これたべたい、これたべた~い』」
男の手の中で幼女が手足のバタバタさせて駄々をこねる。幼女の首には首輪が嵌められ、奴隷かそれに類するものであろうことは容易に知れたが、“お父さん”と呼ばれる男に懐いている様子から、無体な扱いは受けていないだろうことが窺い知れた。
この地方で使われる言葉とは異なる異国の言葉で駄々をこねる幼子の襟首に、熊のような男の腕が伸びた。
ヒィ、と周囲から短い悲鳴が上がる。もしかしたら女自身の声だったのかもしれない。
しかし男の腕はまるで猫でも摘まみ上げるように幼女の首輪を持ち上げた。首吊り状態だが、幼女は苦しそうなそぶりも見せず、ブラ~ンと摘まみ上げられながら、キャッキャと喜びながら足をぶらぶらさせている。そこからは奴隷の悲壮さは感じられず、その視線は変わらず、あたしの手元を見ている。
そこでようやくメガイモが放つ香ばしい匂いに意識を向けた男もまたこちらに目を向けてくる。
大きい……
女よりも高い男の背丈に加え、積み上げたような荷物が余計に男を大きく見せていた。その荷物を軽々と背負う膂力は、そんじょそこらの男どもでは敵いそうもないと思えた。
ごくん、と唾を飲み込み、女は腹をくくった。
「どうだい、旦那。軽く腹ごしらえでも。一人前銅貨5枚だよ」
考えるよりも先に声が出ていた。
「『……二つくれ、っとすまん。この国の貨幣は持ち合わせていない。公国の貨幣は使えるか?』」
男は幼い子供……奴隷? を降ろし手のひらに硬貨を並べて女の前に出してきた。見慣れた王国硬貨はなく、見たこともない硬貨も含まれていた。
「小銀貨一枚でいいよ」
言いながら女は隣国ガット公国の銀貨を一枚、摘まみ取る。
「見たことない硬貨がいっぱいあるね。それに言葉も違うみたいだし、外国から来たのかい? あ、器はある?」
男は小分けされたサックから木の器を二つ取り出し女に渡す。動きに迷いが無く、旅慣れた感じがする。
女は目の前の巨大芋にお玉を突っ込んで、油と良く混ざった美味しい部分をすくい取り、器に盛って手渡した。
「『これは何という料理だ?』」
「メガイモを知らないなんて、やっぱ余所から来た人だね。この辺じゃあ普通に食べてるものさ」
男はスプーンと共にメガイモの盛られた器を幼女に渡す。
「おとーさん、たべていーい?」
と、聞くだけ聞くが、答えも待たずに食べ始める幼女。結構熱いはずだが、火傷をする様子もなくモリモリ食べている。
カシャー、と何処からか【撮影】スキルの発動音がする。
「『“メガイモ”。でかい芋、という意味か。なるほど、そのままだな』」
少し口に含んで慎重に味を確かめてから、食べ進め、何度か頷いている。
メガイモは大人数人でなければ持ち上げられないほどの大きさを持った巨大な芋で、そのまま直接火にかけて調理する。
皮の表面は真っ黒に焦げてしまうが、皮自体も油を含んでよく燃えるため、一度火が付けば数日かけて分厚い皮が燃え尽きまで燃料いらずだ。
ある程度火が通ったところで上部を丸く切り取り、そこから芋の身をすくい取って食べるのだ。各家庭でメガイモを焚くのは大きさ的に無駄なので、各街区毎に商店や飲食店などでメガイモを焚き、各家庭が器を持って必要分を買いに来るのが一般的だ。
「『塩気のないマッシュポテトといった感じだが、香ばしい油と旨み、それにほのかに芋の甘さを感じる。美味いな。油脂は何かくわえているのか?』」
「いんや。火を通してこうやって、身を崩しながら潰してるだけさ。メガイモ油は料理だけじゃなく、石鹸なんかにも使うんだよ」
思いのほか真面目で高評価な食のコメントに、ついつい女も気楽に応じる。どうやら、見た目ほど怖い人ではなさそうだ。
「『芋自体に油分が含まれているのか。淡水化物で食物繊維も豊富で油分もあり旨みもあって美味い。いい食材だな』」
「おや、旦那。判ってるじゃないのさ。“タンスイ”?ってのがなんだかよく判んないけど気に入ってもらえたみたいで何よりさ。あたしら貧乏人にとってはメガイモ様々さ」
「『メマメモおいしー』」
グーでスプーンを持った幼女が大きな声を上げる。女だけでなく、状況を見守っていた周辺からもクスクスと笑いが洩れ、カシャーカシャーとスキルの発動音がどこからかする。
「メガイモ」
メガイモ売りの女がしゃがんで小さな子に目線を合わせて口の動きを見せながら言う。改めてみるとものすごく可愛い子で、その美しさは怖いほどであった。
「『メマミモ』」
惜しい。少し良くなった。
「メ・ガ・イ・モ」
「『メ・ガ・ミ・モ』」
ガ、が発音できただけ上出来だろう。にっこりと微笑むと、金色の瞳をキラキラさせながら幼女はニコぉっと天使のような笑みを浮かべた。
その笑顔に思わず見とれたが、幼女の意識はメガイモを頬張ることに戻ってしまい、視線をそらされてしまった。
「『時にご婦人。これがメガイモというのなら、もしやマリアーヌの宿というのはここなのかな?』」
「マリアーヌはあたしさ。なんだい、知ってたのかい」
「『入国時に兵士にいい宿として紹介してもらった』」
「そういうことかい。一泊一部屋小銀貨5枚。食事なし。見ての通り一階は酒場になってるから昼夜はそっちで適当にやってくれ」
「『朝は?』」
「屋台で適当に済ませとくれ。そっちに市が出るから」
「『承知した。では一泊頼む。公国銀貨で』」
「それなら6枚。早めに両替しとくんだね」
「『明日にでも行ってこよう。それとこの辺に風呂屋があると聞いたのだが』」
「風呂とはまた贅沢だねぇ。2ブロック先にあるけど、そろそろ閉めるころじゃないかな。明るいうちしかやってないはずだよ」
マリアーヌがそう教えてやると、目に見えて髭の大男は意気消沈した。その様子に、ふふふ、と女は小さく笑う。
「さあさ、そのでっかい荷物を部屋において、ゆっくりおし。うちにだって洗身場ぐらいあるからそっちで旅の垢を落として、さっぱりしてきな。もうまもなく飯時だよ」
「『お世話になります、マリアーヌさん。ああ、それと一つ、お願いがあるのですが……」
■ガジェットTIPS
【鑑定】
アカシックレコードに記述された様々な情報を読み取るスキルで、職業スキル【商人】や専門の【鑑定士】などに付随して取得する。
対象を視認、特定してからスキルを使用する。アカシックレコードから情報が開示されるまで数秒から数十秒のタイムラグが生じる。
対象が情報開示に抵抗したり閲覧する情報量が大きい場合にはタイムラグが増えたり、一部情報が開示されなかったり、タイムアウトしたりする。休日出勤だったり、定時間際に飛び込んできた面倒な仕事に司書の精霊がサボタージュしているからだ、などと言われることもあるが、真相は謎である。
職業スキルではなく、個別スキルで【鑑定】を取得することも可能だが、熟練度が無駄になるため一般的な方法ではない。冒険者ギルドカードにオマケで付いているので、なおさらスキル取得者は限られる。
スキルランクが上がれば他人のステータスやメインスキルのみならず、隠し称号や熟練度まで見ることができるという。
1時間後に次話投稿いたします。