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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
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冒険少女 3

「『仲間に裏切られたか?』」

 その言葉に、ハティリアと名乗ったオオカミ系獣人(セリアン)の少女は全てを語った。聞かれたことも、聞かれなかったことも、全て。

 親しいおじさんや兄のように感じていた冒険者パーティと共に異変の調査に来たこと。

 しかし、彼らは()()者などではなく、ただの詐欺師であったのだ。

 今回の調査目的である荒野の異変……炎が嵐のように吹き荒れ、金色の光が夜の空を染め上げた……の原因も高位の炎の精霊と光の精霊の衝突によるものでした、とか適当に嘘の報告をするつもりだったのだ。

 しかも、そんなことをするのも今回が初めてではないのだという。

 そんないい加減な報告が冒険者ギルドに通じるのか、という男の疑問に少女は答えを持っていなかった。

 仲のいいギルド職員の女性とも、プライベートでよく愚痴りあっていた。


--こんなの、()()者ギルドじゃない!


 しかし結局それは冒険に出向かない外野の野次に過ぎないということを、二人とも判っていた。だから表立っては口にしないぐらいの分別を持っていた。

 でもその中で数少ない本当の()()をしてきた、少女にとって憧れの()()者たちさえも偽物であると知らされたのだった。

 彼らがこれまでこなし、少女が憧れた“本当の”冒険の数々は全て“嘘”だったのだ。これまで彼らが報告した地図も全てデタラメであったのだ。


「『ちょっと待ってくれ。メンヒルへの登録をどうやって誤魔化しているのだ?』」

「“めんひる”? ってなんですか?」

 少女が口にした疑問に、髭の男はしばし考えこむ。

「えっと。報告は普通に地図をギルドが見せてました」

「『もしかして手書きの?』」

「そりゃもちろん」

「『……ギルドというのは冒険者ギルドで間違いない?』」

「とうぜん! ……です。えっと、なんですか?」

 詰問されているような気分の少女が、おずおずと男に問う。

「『……すまない。君が悪いわけではない最後に一つ。メンヒル、またはアーカーシャオーブという言葉に聞き覚えは?』」

「すみません。聞いたことないです」

「『そうか……冒険者の風上にもおけないな』」

「そうなんですよ!」

 男の言葉に少女は力強く同意したが、興奮しすぎたせいか貧血になってしまい、男の介添えでそのまま横になった。

 まるで子供ののような扱いを受けた少女はクスっと笑った。


 …………………………………………


 横になったまま少女の話は続く。

 街から二日ほど離れた荒野の中に水場を備えた洞窟がある。

 彼らだけが知るその洞窟を拠点に適当に魔獣を狩って手土産を作りつつ、依頼の残りの時間をつぶすつもりでいたのだ。

 そして今まで厳しくも優しかった冒険者たちが、洞窟についた途端、豹変した。

 彼らが少女に求めた“役割”とは、文字通りの“暇つぶし”であった。しかも現地で使い捨てにできる都合のいい“おもちゃ”。

 まるで父のようだと思っていた年配の冒険者に服を剥ぎ取られた時のショック。兄のように慕っていた男が我慢できないように迫る下卑た笑い。少女の悲鳴をまるで道化が興じる喜劇であるかのように笑い、囃し立てる()()たちの声。

 その全てが恐れと怒りと屈辱に満ち、少女を不幸のどん底に突き落とした。


 少女が隙を見て、逃げられたのは単なる幸運であった。

 恐慌に陥り、追手を恐れ、夜を徹して狂ったように走り続けた彼女が我に返ったのは、朝の光に目がくらみ、足がもつれて倒れた時であった。

 そして明るくなった世界で、自分の失敗と男たちが追ってこなかった理由を悟った。

 逃げる方向を間違えたのだ。

 荒野を南に、つまり街から離れる方向に夜を徹して進んでしまっていたのだ。

 すぐに来た道を戻ろうとも思ったが、“彼ら”に近づくことを思うと足が竦んだ。

 それでも、死にたくない、という気持ちで自分を奮い立たせ、男たちの洞窟を避けるような進路を意識して北を目指した、

 しかし装備も何もない少女は、半日ももたずに行き倒れ、そして今に至る。

 辛い体験を語る少女の顔を、男は口を挟むことなくじっと耳を傾けていた。長年信じてきた男たちの裏切りに傷ついた少女が出会ったばかりの男を信じられるはずもない。

 しかしなぜか少女は男を信じ、全てを正直に語った。

「……大変だったね」

 男の気遣うような言葉に少女はワンワンと泣き出した。


 …………………………………………


 少女の告白に髭の男は耳を傾けていた。

 辛そうに身の上を語る少女の表情を男はじっと見つめている。少女が嘘をついている様子はないし、状況証拠がその正しさを示しているし、そもそも死にかけていたのは確かな上、男を騙す理由もない。

 だが、一点だけ、男には気になる点があった。もしかしたら単に少女の癖なのかもしれないが、男はどうしても無視できずにいた。


 なぜ、己の不幸を語る少女の口元は笑みを浮かべていたのだろうか、と。


      *     *     *


 テントが作る日陰の中に居ても夜が明けたことが判る。少女はもぞもぞと動き始めるが、昨晩の残りの粥で軽く食事をした後、男からはそのまま休んでいるように指示された。

 男とその連れの幼子だけならばすぐにでも出発できる。彼らがここに留まり続けているのは少女のせいだ。

 少女の火傷……特に足裏のそれは酷く、まだ歩くこともままならない。

「わたしなら大丈夫です。これ以上迷惑かけられないです」

 しかし、髭の男は頑として譲らない。

「『無理をしても、どうせすぐに足止めを食う。ならば万全の態勢を整えて一気に町まで移動する方が結果として負担が少ない』」

「足手まといになったら、わたしを見捨てていいから」

 例の冒険者パーティに対してと同じようなことを言う少女だが、男の返事は同じだ。

「『見捨てるぐらいなら最初から助けはしないし、キミを助けたのは町への道案内が必要だという私の都合だ。迷惑を掛けたくないというのなら途中で力尽きないよう、精々療養してくれ』」

「!……うん、わたしがんばって休む!」

「『頑張らないで寝てろ』」

 半身を起こしていた少女は軽く押されて、布団の中に倒れ込んだ。

「え、へへへ」

 少女は何やら笑い出す。

「『どうかしたか?』」

「ううん、なんでもない」

 そう言って少女は瞼を閉じた。

「……おやすみなさい」

「『ああ、おやすみ』」

 えへへへへへ、と布団の中から堪えきれない笑い声が漏れてきた。

「『おとーさん、つんでれ?』」

「『ちがう』」

「『いちゃいちゃ?』」

「『ちがう』」

「『けんたいきのふーふ?』」

「『ちがう。……どこで憶えてくるんだそんな言葉』」

「『みっちゃんみたいの~』」

 幼女と男の取り止めもない会話は心地よい眠気を誘い、少女はそのまま眠りに落ちた。


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