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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第2話:ペドロフ・チイチャイコスキーとしょうじょのしょうごう
17/30

冒険少女 1

 最終回設定を解除して第2話投稿です。今日中に全話投稿予定です。

 第1話を無視して2話だけ読んでも、まあまあ問題ありません。

■ 物語の終わり ■


 少女はゆっくりと瞼を開けた。

「……どうして、わたしは生きてるんだろう」

 まず感じたのは理由も判らない悲しみであった。

「ハティ!」

 目覚めた“わたし”を呼ぶその声にゆっくりと視線を巡らせる。“わたし”を愛称で(そう)呼ぶ人は一人しかいない。

「姐さん……わたし……なんで生きてるの?」

「憶えていないの? ガッタスさんたちのパーティが全滅したの。あなたは唯一の生存者よ」


--ああ、またか


 少女は達観したように天井を見つめる。自分だけが生き残るのは、もう何度目だろうか。

「……どうして、わたしは生きてるの?」

 “わたし”の言葉に彼女はショックを受けたようにバカバカ、と叩いてくる。姐さん、痛いよ。

「通りすがりの人が貴方を見つけて街まで連れてきたのよ。しかも死の荒野を横断して来たんですって。荒野の向こうにも人の住む土地があったんだってギルドは大盛り上がりよ。冒険よ、冒険の幕開けよ!」

 ハイテンションな“姐さん”だったが、いつもならノってくるはずの少女……“わたし”がぼうっとしたままだ。

「……ねえ、大丈夫?」

「姐さん、わたしを助けた人ってどんな人?」

「あ、憶えていないのね。あんの屑ども……あ、こっちの話。大丈夫。大丈夫だから。旅人さんも証言してくれたしアカシックレコードにもキチンと記録されたから。でも憶えていないらその方がいいわ。ブラックドックにでも噛まれたと思って忘れた方がいいよ」

 ブラックドックに噛まれる前に、出会ったら死んじゃうけどね、と空笑いの“姐さん”。だが、ハティは目を見開いている。

「わすれる、わすれる? わすれた方がいい?」

「……ハティ?」

「おじさんの……助けてくれた人の名前、教えて」

 少女の様子に気圧されるように、その問いに素直に答えた。

「フィルさんよ」

 その名を聞いた途端、少女の瞳は見開かれた。

「フィルおじさん!」

 少女は忘却に打ち勝ち、全てを思い出した。



■ 冒険少女 ■


 少女は冒険者であった。


 少なくとも当人はそのつもりであり、幼いころから冒険者ギルドに顔を出し、冒険者たちと顔見知りになり、大きくなったらそうなると常に言い続けていた。

 少女は獣人とも呼ばれるセリアンという種族であり、その身体能力と生存性はヒュー種を大きく上回る。しかしその種族特性を生かすには少女の【体】のステータスは低く、種族スキルを取得することができず、役立たず扱いされていた。

 有用なスキルを持てない時点で冒険者になる道は断たれていると言えたが、少女は諦めなかった。て少女には家族と呼べる者がおらず、少女の無謀と諫め、止める者がいなかった。

 時に揶揄われ、時に気まぐれに指導を受けながらも少女は成長し、冒険者ギルドに登録し、正式に冒険者となった。

 しかし、少女が受けられるのは街中の雑用仕事か、街の周辺の採集程度であり、日々の生活に追われ底辺冒険者であった。無論、魔獣との戦いなど経験したことはなく、戦闘技術もギルドで受けた講習レベルでしかない。


 少女は一人だった。


 魔獣討伐などの危険を伴う依頼が、戦闘経験はもちろん、スキルを持たないソロの少女に任されることは当然ない。

 また経験のあるパーティにとって、足手まといにしかならない少女を加えるメリットもまた、ない。

 年の近い者達とパーティを組んだこともあったが、そのいずれも不運に見舞われ、長くは続かなかった。


 少女は一人だった。


 度重なる不運に見舞われても少女は()()を諦めなかった。

 幼いころに聞いた両親の寝物語や様々な伝説やお伽噺で謳われる竜殺しや冒険譚。


「父さんたち、()()に行ってくるよ」


 一人になっても()()への少女の憧れは冷めず、むしろその渇望は高まっていった。


 そんな折、少女が憧れる冒険者パーティが街に帰ってきた。

 死の荒野と呼ばれる炎の魔獣が多数生息する灼熱の地に何度も足を踏み入れ、魔獣を狩り、地図を作り、人跡未踏の大地を既知に変える任務を何度となくこなしてきた真の冒険者たち。

 彼らに比べれば街道の安全確保のための魔獣討伐や、近くの森での素材集めなどはたとえ死の危険があり、事実多くの被害が出ていようとも“いつもの仕事”に過ぎず、冒険とは到底言えない。

 少女のそうした信念が、余計に普通の冒険者たちとの距離を作り、彼女を一人にしていた。

 しかし、彼女はそれを気にしない。

 そしてその憧れの冒険者パーティにギルドから新たに真の冒険の任務が下った。


 少し前、死の荒野の彼方の空が金色に染まり、炎の嵐が渦巻いたことがあった。

 人々は不安に憶え、何処からか怪しげな宗教者が終末を叫び、領主は対応に追われていた。

 その異変の原因を調べ、街に危険があるか否かを明らかにせよ。

 それは領主の意向を受けた指名依頼であり、その任務は、その冒険者パーティを除いて適任者は居なかった。

 領主からの指名依頼で断ることは難しいハイリスクだが、金銭以上のリターンが見込める任務に、パーティリーダーのガッタスは応じた。


 しかし少女にとって、そういう損得勘定はどうでもいいことであった。大事なのは、それが未知の調査という本当の()()であるというのみであった。


「報酬はいらない。自分の物資は自分で準備する。雑用もすべてやる。足手まといになったら捨てていってもいい。だから連れて行って!」


 今を逃せば、自分は一生()()できない。


 その一心で少女は冒険者パーティに頼み込んだ。

 そのパーティは幼いころからの顔なじみであり、近所のおじさん、お兄ちゃんのような存在でもあり、少女の知る限り唯一の本当の()()の経験者であった。

 そんな少女のあこがれの存在でもあった彼らに、必死で頭を下げ、いくつかの条件と引き換えに同行を許された。

 話の合うギルド職員の“姐さん”からは何度も止められたが、少女は聞く耳を持っていなかった。

 そして少女を加えた冒険者パーティは旅立っていった。それは苦しくとも待ちに待った()()になる……はずであった。


「なのに、なんで……」


 照り付ける昼の精霊の光と、空気までも熱する火の精霊に支配された灼熱の死の荒野を、一人フラフラと歩く少女。

 その目はどんよりと濁り、意識は朦朧とし、足もふらついている。

 北へ三日も歩けば街に戻れるはずであり、遠くにそびえる山脈が方向の正しさを教えてくれている。進めば進むほど生に近づけるはずなのだ。


 しかし日除けのフードすらなく、下着同然の薄い服しか纏わぬ少女の肌は真っ赤に焼け、熱い大地を踏む素足は火傷で腫れあがり、足の裏の皮が剥がれ、一歩、足を踏み出すたびに全身に激痛が走った。

 それでも少女は歩みを止めない。


「死んで、たまるか……」


 死の危険が迫る本当の意味での()()の最中、少女は思う。

 後悔と怒りと、そして突き付けられる絶望の中でも、少女の意志は挫けず、更に一歩を踏み出す。

 しかし、少女の意志に肉体が付いていけず、意識が遠のき、小さな体は灼熱の荒野に倒れ伏した。

「ぼう……け、ん」

 死の淵にあってなお、少女の口元には笑みが浮かんでいた。


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