旅立ちは突然に
■ 旅立ちは突然に ■
突如、王城に魔獣が出現し、暴れているとの報せにカルケーネン王国冒険者ギルドの冒険者たちはすぐに動いた。
依頼があったわけではない。
「大変な時には助け合わねば!」
と3級冒険者の青年を中心に有志たちが押っ取り刀で王城に駆け付けた。王城には彼らに様々な事を教えてくれた吟遊詩人が“軟禁”されていることもその決断に影響を与えていた。
「あたしも行くよ!」
「お母さん、危ないから」
「安心しろ。お義母さんのことは俺が守る!」
何故か宿屋の女将やギルドの受付嬢まで着いていくのを、ギルドマスターの男装の麗人は、HAHAHA、と笑いながら見送った。
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「助けに来たぞ!」
あちこち崩れ落ちた王城に到着した彼らが目にしたのは、裸首輪の幼女、少女、女性に手ずからメガイモを食べさせる髭の吟遊詩人の姿であった。
「……あんた、なにやってるの?」
一同を代表して尋ねるは宿屋“夜明け鳥の止まり木亭”の女将マリアーヌ。ジト目が恐い。
「やあ、マリアーヌ」
朗らかな表情で、さもいい人そうに爽やかな笑顔を浮かべる吟遊詩人フィル。しかし、冷や汗が止まらない。
「フィルさん、最低です」
ギルド職員のリリアーヌも、マリアーヌによく似たジト目をフィルに向ける。その筋の人にはご褒美だ。フィルも嫌いではない。
「なにやってるの?」
マリアーヌが再び同じ問いを放つ。
「いやあ、うちのペットが粗相をしたもので」
「ペットぉ?」
三人のうち一人は見覚えがある。フィルの娘のような奴隷、ナカコだ。首には見慣れた首輪が付けられている。
そして新しい美少女と美女にも同じ首輪が付いていた。
「王城から全然帰ってこなくて心配していたのに、」
しょせん自分は都合のいい女、と判ってはいても腹の立つものは腹が立つ。マリアーヌの声の温度がさらに下がる。
「ま、まて。色々と誤解があると思うのだ。こいつらは。ほら、お前達、食べるのを止めろ。服を着ろ、服を!」
メガイモの器をしまい、替わりにストレージからナカの着替えと、自分の服の替えを幾つか取り出すフィル。服は水や酒で濡れているが、着られないほどではない。
「おとーさん、おなかすいたぁ」
幼女が抗議する。
「お父様……ごはんプリーズ」
幼女の言葉に大きく頷きながら少女が両手を前に出す。
「とーちゃん、はらへった。めし~」
美女がその見た目に反する言葉使いでフィルに抱き着く。何度もいうが服は身に着けていないグラマーな美女だ。
「お前らさっき、散々エーテル喰らったろう」
「全然足りない。どのくらいかというと……いっぱい足りない」
「サコ、ずるい」
フィルを抱きしめた美女に負けじと目つきの鋭い少女もフィルに抱き着く。
「なっかちゃんもー」
幼女とは思えないジャンプ力でフィルの顔にだいしゅきホールドを極める幼女。
「……うらやましい」
思わずつぶやいた青年冒険者ギルクークの脇腹がリリアーヌにつねられる。
「三人とも、ステイ! 手を貸してくれ。こいつらを引きはがして服を着せてくれ」
「フィルさん、いま助けます!」
「アンタたちは下がってなさい!」
「はい……」
フィルの助けを求める声に、じゃあ、俺が、とギルクークを始めとした男たちが出ようとするのを、マリアーヌが一喝し、女冒険者たちと近づき三人を引きはがす。
ようやく一息ついたフィルであったが、その背中に何か固いものが当たる。
「フィル、無事であったか!」
一度王城を後にしていたが、騒ぎが収まったのを見計らって戻ってきたエンドラ王女だ。背中の固いものとは抱きついた彼女の胸だ。
「お、おひめさまぁ?」
マリアーヌの声がうらっかえり、フィルを見つめる視線が更に険しくなる。
エンドラ姫は宿にやって来た時とは明らかにフィルに対する態度が違う。その視線は潤むような熱を帯び、上気した頬はほんのりと赤く染まっていた。
「フィル殿。ご無事でしたか」
そこに騎士を引き連れたカサンドラ王妃がやってきて、フィルの腕を取り胸に抱くと、娘であるエンドラと視線でやり合う。
「……フィルさん、すげーや」
ギルクークの呟きに、リリアーヌが足を踏む。
「……お母様、フィルと妾は将来を誓い合った仲じゃ。お母様にはあの人がいるでしょう」
「アレはだめね。精霊より認められた王権を失ったわ。エンドラ。あなたが成人するまではわたくしで何とかします。その後は貴女が王となるのです」
「フィル様。其方こそ我が王配に相応しい」
「いや、私は旅の途中でして」
「バカも休み休みにしなさい。国王を失いこれから大変という今の時期にこそ、フィル殿助けが必要。具体的には重責を担うわたくしのケアのために。貴女が王位を継ぐまでには国内を整えますので、貴方は無難な貴族家から婿を取りなさい」
「ですからそろそろこの国を発とうと」
フィルの言葉に取り合わず、両手を掴んで引っ張り合う王女と王妃。
「妾は既に婚姻の契りを交わしておる」
な、なんだってー! とギャラリー一同。
「どういうことです!」
王妃の詰問に、王女の護衛騎士がこっそりと報告する。因みにその時、侍女は気絶していた。
その報告に理解の色を浮かべた王妃は、鷹揚に頷く。
「キッスごときで婚姻の契りとは片腹痛いわ。どこのメルヘン物語かと思いましたわ。わたくしなどもっとスゴイことも」
「す、スゴイって……不潔ですわ、不潔ですわ」
おほほほほ、と勝ち誇る王妃カサンドラと地団駄を踏む王女エンドラ。
「すげーわ、フィルさん」
ギルクークの呟きに、リリアーヌが肘鉄するが、その手が止められる。
「でも……真似たくはないよ。俺にはキミだけで十分さ、リリアーヌ」
「ギルさん……」
と、そこに三人娘を連れてマリアーヌが戻ってきた。そして首輪をフィルに渡し、そのまま自然な様子でフィルの腕を取って歩き出す。
「さ、うちに帰ろうかね、旦那。王城なんかに長逗留して疲れたろう。うちでゆっくり休みな」
そのままスタスタと歩くマリアーヌに引きずられるように歩き出すフィル。
「こ、こら、待つのじゃ!」
「そ、そうですわ。フィル様は」
「旦那は!」
女将の強い口調に思わず気圧される王妃と王女。
「旦那は既に断ってたんじゃないのかい。それとも無理やりフィルの旦那に言うこと聞かせるつもりかい? だとしたらかっこう悪い女達だねぇ」
「マリアーヌ。言い過ぎでは、ぐほっ」
王妃王女を庇うようなフィルの言葉に応えるように鳩尾にマリアーヌは鋭い肘鉄を食らわせられる。悶絶するフィルの横で睨み合う宿屋の女将と王妃と王女。
「おとーさん、かわいい?」
着替えたナカコが両手を広げてアピールする。
「ああ、かわいい、かわいい」
鳩尾をさすりながら、ペットのご機嫌を取るフィル。ぞろり、と欲望が首をもたげたので、意識をマリアーヌやカサンドラに向ける。
「お父様」
「とーちゃん」
白と黒のエプロンドレス姿の右脳少女ミギコと、着崩してアチコチ見えそうな格好の左脳美女のヒダリコもなぜかポーズをとる。
「とーちゃん、また浮気か? 困ったとーちゃんだ」
美女がやれやれ、と首を振る。
「浮気は違う。お父様にとって全部遊び。みな等しくセ〇レ。お父様は女の敵」
「ちょ、まっ」
メイドっぽい少女が淡々と言いながらフィルの弁慶の泣き所に無表情で蹴りを入れる。
「私たち、というものが在りながら、いつも、いつも、いっつも女遊びばっかで」
ゲシ、ゲシ、ゲシ、と淡々と蹴りを入れ続けるメイド少女ミギコ。
「ああぁら、フィルさんじゃない。どうしたのこんなところで。また新しいプレイ?」
ボン、キュ、ボン、と完ぺきなスタイルに加え、女でさえも見惚れそうな美しさにちょっと気だるげな色気のある表情の女性が近づいてきた。
張りの良い胸の一部を晒した煽情的な服装だが、それが決死で下品にならず、むしろその美しさを際立たせていると言えた。
そんな女性の登場に、マリアーヌもエンドラもカサンドラも思わず黙り込み、ミギコも蹴りを中断する。
「フィルさん。ご無沙汰ねぇ。貴方のためならいくらでも時間を作るわよ」
女はフィルの胸に、ツツツツ、と指を這わせた。
「すげぇ、売上ナンバー1のエマニュエルさんだ」
「いくら金を積んでも気に入った客しかとらないという、あの?」
「一晩いくらぐらいすんだろうな」
やじ馬たちがコソコソと噂する。
「ねえ、今晩如何? 貴方ならタダでいいわ。ううん、いっそ私が養ってあげるから」
「自分を安売りしてはいけないよ、エミー」
しな垂れかかる国一番の高級娼婦の手に軽く口づけしてアプローチを躱す吟遊詩人に、羨望と嫉妬のため息が漏れる。
「フィルの旦那……」
「フィル様……」
「妾の唇を奪っておきながら……」
「……………………(ゲシ、ゲシ、ゲシ、ゲシ、ゲシ)」
「とーちゃん、モッテモテだな」
「だ~め~! おとうさんはナカちゃんの~。ナカちゃんがおとーさんのお嫁さんになるんだから~」
フィルの前に立ちはだかる金髪幼女の姿に女たちは困ったような表情を浮かべる。
「と、いうわけだから、これにて失礼する」
ナカコをひょいと抱き上げ走り出すフィル。突然の疾走にナカコはキャッキャと喜ぶ。
「……私も」
メイド少女がフィルの背中に抱き着き、負ぶわれる。更に高く飛んだ美女がフィルの肩の上に肩車の形で乗った。
「おい、おまえら」
「はいよーシルバー」
「お父様、急ぐ」
「おとーさん、はやいはやい!」
その日、吟遊詩人フィルはカルケーネン王国を発った。
* * *
カルケーネン王国の王城を襲った異形の龍は吟遊詩人フィルによって封印された……ということになった。
嘘ではないが真実とも言い切れない決着だが、カサンドラ暫定女王の決定に異を唱える者はいなかった。
暫定というのは、【カルケーネン王国王族】の称号を持つのは王女エンドラだけであり、彼女が成人した暁には女王に即位することになるからである。
元国王は、今回の事件の後、【カルケーネン王国王族】の称号を失っていることが解り、それが理由で王位を追われたのであった。
無論、元国王はそれに抵抗したが、いち早く国王の廃位を主張したのは誰あろうチビハ・ゲデブ大臣であった。
国王の命だからと幼気な子供の奴隷を買いあさり、秘密の子供部屋の維持管理にも尽力してきた国王のイエスマンであったが、「王族でない者の命など聞く必要がありません」と、早々に元国王を切り捨て、エンドラ姫に忠誠を誓っていた。
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カルケーネン王国郊外。
「脱出に手を貸していただき、ありがとうございます」
「脱出せねばならない理由の大半は貴様の自業自得であろう」
吟遊詩人フィルの優雅な礼に、チビハ・ゲデブ大臣は大仰にため息を吐く。
大臣は国王より、ナカコを連れてくることが命じられていたが、フィル親子を密かに国外に逃がすつもりであった。しかし、国王より直接命令を受けていた暗部の騎士がフィルを暗殺 (未遂?)し、ナカを国王の下に連れていったというのが真相であった。
そして暫定女王カサンドラと、次代の、そして正当な王族であるエンドラの心を揃って射止めた吟遊詩人の存在は国の害になると考え、フィルの国外脱出に手を貸していたのだ。
「約束のものだ。持って行け」
「匿っていただき、ここまで連れてきていただいたのです。その上、このようなものは受け取れません」
大臣が金貨の袋を出すが、フィルはそれを固辞する。しかし大臣は金貨の袋を引っ込めようとはしなかった。
「ゲデブ大臣?」
「……いいから持ってゆけ。これは、……個人的な礼だ」
顔を背ける大臣の言葉に、フィルは膝を突いた。
「謹んで頂戴いたします」
「うむ。お前の歌。良いものであった」
背が低くて、髪の毛が少なくて、ふくよかな大臣に、ツンデレという新たな属性が加えられた。
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