解放 3
天井を破壊し、王城の一角を突き崩しながら金色の三つ首龍が見る間に巨大化していく。
「はんじゅーりょくこーせーん!」
ピリィィィィィィィィィッ
三つの首が人間にはほとんど聞き取れない高い鳴き声を上げながら、口から稲妻のような光が発する。その光が当たった壁は、まるで内側から破裂するように粉々に爆発、四散していく。
「ろ、ロリカちゃん? ワシのロリカちゃんが化け物にぃ!」
絶叫した国王に三つ首龍が気づき、素早く右の首が動いた。
パクッ、もぐもぐもぐ、ごっくん、ん~~~ペッ
胃液にまみれた国王が吐き出され、そのまま動かなくなった。
この時は誰も知る由が無いのだが、国王の持っていた【カルケーネン王国王族】という称号が消え、そこには単なる文字化けした意味のない称号だけが残っていた。
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「いったいなにが?」
崩れてきた壁の隙間に閉じ込められていた王妃カサンドラであったが、その瓦礫が持ち上げられ、九死に一生を得た。
その何トンもありそうな瓦礫を持ち上げているのはたった一人の男であった。
「間に合ってよかった」
「フィル、さま?」
口髭顎鬚に覆われた男が金色の三つ首龍と鎖に囚われた子供たちを見やる。
「カサンドラ。子供たちの救助を頼めるか?」
「は、はい、承知いたしました。あ、あの、フィルさま。あの龍は、実は」
カサンドラの視線の先では、異形の龍が縦横に三つの首を巡らし、光を放つたびにあちこちで爆発が起こっていた。
「判っている。バカ娘がオイタをしたならば、キチンと叱るのが親の仕事だ」
フィルは4つの首輪を手に、異形の龍の居る方に向かった。
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王城の一角を突き崩し、現れた金色の三つ首龍。
異形の龍が広げた翼の向こう、空の色がみるみる別の色に塗り替えられていく。
「金色……」
誰かが呆然と口にした。
それは金色としか表現のしようのない異次元の光を発していたが、それは光のように何かを照らし出すことはなく、ただ全てを金色に塗り潰していった。
その様は光というよりもむしろ……
「金色の……闇」
騎士や冒険者、王やしきたり。そんな世俗の力では立ち向かう方策すら想像もつかない圧倒的に異質な存在。
龍にはあらゆる魔法も剣技も通用しなかった。
正確には、龍に近づくとすべてのスキルが使用できなくなるのだ。
「【鑑定】」
アカシックレコードにアクセスし、龍の情報を得ようとするが、いつまで経っても結果が返信されてこなかった。
また龍の姿を【撮影】しようとしても、何故か【撮影】が機能しない。
虎の子の精霊使いが、精霊に呼びかけるがその反応は鈍い。
世界に遍く存在するエーテルさえも貪り食う金色の闇に、エーテルを以って体と為す精霊さえも恐れ戦き、決して近寄ろうとしなかった。
しかし、その異形の龍を前に一人の男が進み出た。
人間としては大柄だが、龍を前にしては小さく矮小な一人の男。
【鑑定】スキルに映し出される男の所持スキルは非戦闘系の吟遊詩人。そしてそのレベルは1。
緊急事態に出没した目立ちたがりのお調子者に、人々は苛立ちを覚え、龍への恐怖を一瞬忘れる。
エーテルを貪り食う金色の龍に向かって、エーテルが風のように龍に向かって吹いている。
パン、パン!
しかし男は周囲の白い目など知らぬげに二度、手を打ち鳴らした。
それは空気だけでなく、エーテルをも震わせ、恐れ戦く精霊達さえも、男に意識を向けた……向けさせられた。そして男に注目したのは精霊達だけではなかった。
異形の龍、【金色の闇】すらも、全ての首を巡らせ男を見やる。
「我が真名は“ペドロフ・チイチャイコスキー”!」
苦虫を噛み潰したような顔でエーテルを震わす男のバリトンは、空気のみならずエーテルをも震わし、虚空に広がり、世界に対し自らの真名を宣告した。
* * *
世界に遍く存在するエーテルを【金色の闇】喰らっていくため、そこに向けて周囲からエーテルが風のように吹き込んでいく。
「まるでエーテルの低気圧かブラックホールだな」
軽口を叩きながらもフィルの表情は硬い。
パン、パン、と柏手を打つ。エーテルをも震わせたその高い音は注目を集めるのに都合がいい。
そして精霊のみならず、バカ娘……金色の三つ首龍の注目を自分に集める。
「我が真名は“ペドロフ・チイチャイコスキー”!」
口にするのも不愉快な自らの名を世界に宣告するとペドロフという真名と、アカシックレコードに記録された情報と、フィルの在るべき姿とが重なる。
「精霊の皆様に希う。我、“ペドロフ・チイチャイコスキー”の真名において、精霊の皆様に願い奉る。アーカーシャの門を開き、エーテルを以って刻まれし世界の真実を見よ。アカシックレコードを紐解き刮目せよ」
精霊たちは“ペドロフ”の呼びかけに従いエーテルに刻まれたソレ……翼持つ三つ首の金色龍……の情報を読み取ろうとするが、意味を為さぬ情報の奔流に落胆する。
エーテルを食らい、アカシックレコードを乱す存在の情報が、アカシックレコードに刻まれている筈などないのだ。
「【虚空接続】!」
しかしペドロフがストレージから取り出した巻物を読み上げながら魔術を行使する。すると精霊たちが捉えるアカシックレコードの情報が一新されていく。
名前:郢ァ?ョさ晏ウィ縺
種族:驛?ァ「譎ス?繧ッ擾ス?
レベル:0
メインスキル:なし
心:測定不能 技:測定不能 体:測定不能
種族:キ*グギ*コ(ペドロフ・チイチャイコスキー命名)
個体名:ギドコ(ナカコ、ミギコ、ヒダリコ)
レベル:0
メインスキル:なし
心:コズミックホラー 技:4 体:限界突破
称号:………………
アカシックレコードのより深層に刻まれた情報をチイチャイコスキーが読み取ったことで、彼を通して精霊たちもその情報を読み取っていく。
しかし、精霊たちは困惑する。
純粋な力。即ち暴力だけならば金色の龍のそれは、精霊王はおろか上位精霊にすら劣るだろう。しかし精霊王も含め、精霊は全てこの世界に遍く存在するエーテルに寄った存在である。
故に、世界の根幹たるエーテルを食らい、エーテルに記述されたアカシックレコードを歪めるソレは、容易に手出しできない危険な存在である……はずだった。
しかし、人間が読み取ったアカシックレコードに刻まれたソレの情報には、驚くべき記述があった。
「……相変わらずムカつく称号だ」
ペドロフは吐き捨てるようにつぶやく。
ナカコ改めキングギドコが所有している称号は次の通りだ。
【竜族の超兵器】【ペドフィル・チイチャイコスキーの従順なペット】【おとうさんだいすき】【傾国】
精霊達に称号を認識させ、同時にフィルではなく真名を名乗ることで、称号【ペドフィル・チイチャイコスキーの従順なペット】の持つ強制力が高まっていく。
それは同時にフィルが持つ“ペドフィル・チイチャイコスキー”専用称号もまた力を増していく。
称号【ちいちゃいこすき】
【金色の闇】が保有する称号と、ペドロフ=フィル自身が持つ称号が組み合わさり、更にフィルの呼びかけによって注目した精霊たちを通して司書の精霊が世界の記憶に情報を追記し、称号に対する世界の強制力は強まっていく。
「ギドコ、ステイ、ハウス!」
【金色の闇】。その存在を表すアカシックレコードに記述された真名は“郢ァ?ョさ晏ウィ縺”。それは、世界に名づけを拒絶された世界に存在しないはずの存在を示すバグであり文字化けだ。
しかしその存在を偶然拾った男がソレに名をつけ、そのエーテルを食らいアカシックレコードを曖昧にする性質故に、その名がアカシックレコードに記述された。
--三つ首。突然変異のトカゲの赤ちゃんか、異世界だしヒドラとか?
--黄色っぽい変な色だな。羽根みたいのがある。まるでキ〇グギ〇ラだな
--そのままっていうのはさすがに……メスか。じゃあギドコ。お前はキングギドコだ
男は名乗り、男に名を呼ばれた金色の三つ首龍は、エーテルを震わす男の言葉に耳を傾け、称号の影響を受ける。
「おとーさん!」
ピリリリリィ
人間には聞き取れない高音を発する金色の三つ首龍は大好きなお父さんの姿を認めた。
称号があるからそうなのか、そうであるから称号がついたのか定かではない。確かなのは“おとうさんだいすき”が一番大事だという事実だけだ。
そして“おとうさん”の手の中にある器を見て、さらに喜びの高音を発する。
「メガミモ~」
ピリピッピリィ
スキルも魔法も使えない中、世界の在りようすら歪める異形の龍の三つの首は、奪い合うようにペドロフの持つメガイモを食べ始めた。
いまこの瞬間、お父さんよりもメガイモの方が大事である。
すぐ目の前にある三本の龍の首。フィルは首輪を手に近づく。
「精霊の皆様、世界の安定のため、御力をお貸しいただきたい」
フィルの魔術を介し精霊たちが文字化けしていない首輪の情報を読み取る。
名前:封印の首輪
説明:ペドロフ・チイチャイコスキーが司書の精霊エラトーの協力を得て作り出した魔術の産物。アカシックレコードに記述されない存在を世界に繋ぎ止める力を持つ。
フィルの精霊語の言葉に精霊たちは答え、自身の世界を司るという役目のために首輪に力を込めていく。
【金色の闇】はメガイモに夢中でエーテルを食らっていない今がチャンスとばかりに、精霊使いが無理やりその封印を解いた時を遥かに上回る力を精霊たちはこめて首輪を閉じていく。
ガッチャン
大きな金属音がエーテルを震わし、世界を揺さぶったが、人の耳には小さな音で首輪が閉じられ、三つの龍の首が封じられた。
すると、その姿はみるみる変化していき、一人の幼女と一人の少女と一人の女性に姿を変じていった。
「げげっ。右脳と左脳も人化できるようになったのか」
一糸まとわぬ三人の女たちが吟遊詩人の持つメガイモをガツガツ食べる姿はよく言ってシュール、普通に見て変質的であった。
そして幼女が声高く叫んだ。
「メガミモおいしー」
三人の元には失われていたエーテルが吹き込み、風を為し、司書の精霊がエーテルに満ちた世界に見聞きした内容を記録していく。
--異形の龍、金色の三つ首龍、キングギドコ
そんな精霊の囁きに、ペドロフは苦笑する。
「三つ首に黄色に羽で、思わずキ〇グギ〇ラと名付けそうになったが、異世界でも著作権は大事だよな」
--??????
一息ついて気が抜けたのかフィルの口は軽く、精霊たちの疑問の声にこたえた。
「アレのオリジナル、と言うか名前の元ネタは金星(文明)の破壊者だったな」
--! 美の女神殺し、金色の闇、女神もおいしい、女神喰らい!
「おいおい」
エーテルを介した会話のため言語ではなく意味が伝わった結果、アカシックレコードに新たな事実が記録された。
ギドコは称号【女神喰らい】を取得しました。