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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第1話:ペドロフ・チイチャイコスキーとひみつのようじょ
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解放 1

■ 解放 ■


 騎士に囲まれた吟遊詩人フィルは、そのまま強引に連行されていく。

 流石に職業軍人たる騎士たちは隙が無く、腕をがっしりと抑えられ、逃げられそうもない。

「ゲデブ大臣の命令か? 私をどうするつもりだ」

「決まってるだろ。城の外までご案内だよ」

 騎士がそう答えるが、仲間の言葉に下卑た笑いを上げる者もいるため、言葉通りには受け取れない。

「誰か! 助けてくれ!」

 フィルは恥も外聞もなく大きな声を上げるが、人払いが済んでいるのか誰かに声が届いた様子はなく、殴られ、猿ぐつわを噛まされてしまった。

 まだ手足を拘束はされていないが、下手な抵抗は余計に脱出の機会を逸してしまうと考え、機会を窺うために素直に従うことにした。

 秘密の通路などをいくつも通り抜け、方向感覚も失われてくるが、空気の匂いが変わったことに気づく。

「地下か?」

 くぐもったフィルのつぶやきに気づいたのか、猿ぐつわが外される。

「ここまでくれば、もう平気だぜ」

「どういう意味、」

 フィルは最後まで言葉を発することができなかった。背後から突き立てられた剣はフィルの肺を貫いた。

「くはっ」

 空気が漏れ、声を上げることができない。

 更に数本の剣がフィルを貫き、自由になったフィルの手が虚空をかく。

「ざまぁみろ」

 顔を歪めた騎士の目の前にフィルの手がよぎった。その手のひらの上にはなにか小さな点のようなものが見えた。

「?」

 騎士が疑問を意識するより早く、その“魔力”の点は一瞬で大きく広がっていく。

 フィルの【ストレージ】に格納された【爆発】魔法の衝撃は、フィルはもちろん、騎士たちの身体をも吹き飛ばした。


      *     *     *


 幼女の泣き声に精霊使いはげんなりする。

 精霊と交信できるという自分の才と精霊使いという職に誇りを持っている。だというのに大至急だと急かされてやってきてこれでは、やる気など出ようはずもない。

 しかし 直属上司よりずっと()からの“命令”とあっては仕方がない。

「その首輪を外せ」

 “上”様の要求はシンプルだ。確かに奴隷商人のスキルで作られた隷属の首輪を正規のやり方以外で外すには精霊の力が必要だろう。と、言うよりそれ以外に方法がない。

 まずは現状把握のために精霊を使って対象の首輪を鑑定したが、その結果に精霊使いは思わず天を仰いだ。


 名前:蟆∝魂縺ョ鬥冶シェ

 説明:縲ゅい繧ォ繧キ繝?け繝ャ繧ウ繝シ繝峨↓險倩ソー縺輔l縺ェ縺?ュ伜惠繧竹荳也阜縲翫い繝シ繧ォ繝シ繧キ繝」縲九↓郢九℃豁「繧√k蜉帙r謖√▽縲 繧「繧ォ繧キ繝?け繝ャ繧ウ繝シ繝峨↓險倩ソー縺輔l縺ェ縺?ュ伜惠繧偵い繝シ繧ォ繝シ繧キ繝」縺ォ郢九℃豁「繧√k蜉帙r謖√▽縲


「……これは隷属の首輪ではありません。精霊の力を以ってしても外すのは困難かと」

 恐る恐る上様に直言するが案の定、聞く耳を持ってくれなかった。

 曰く、今までできたんだからやれ。高い金払ってるんだからつべこべ言うな。果ては、できない理由ばかり言うな、やる方法を考えろ、と来るから始末に負えない。

 そもそも精霊使いが()()()()()程度の理由で呼ばれているのだ。向き不向きや、できる、できないなど上の人は初めから考えていない。

 大事なのは結果だけ。

 反論しても通じないのは判っているし、最悪自分の首が物理的に飛んでしまう。精霊使いはそれ以上、文句を言わずに精霊語に集中する。

 高濃度のエーテルは魔力やマナとも呼ばれ、精霊を形作るのもそうしたマナだ。

 普通の言語が空気を揺らし、鼓膜を揺らして音を伝えるように、エーテルで形作られた精霊に働きかけ、精霊を使()()ためには、エーテルを震わせて直接精霊本体に言葉を届ける必要がある。

 エーテルを震わして精霊に言葉を届ける発声法は精霊語と言い、スキルとはまた違った素養と修練が必要であり精霊使いに必須の技能だ。

 精霊使いは精霊語で自らの真名を唱え、精霊の注目を集め、泣きじゃくる幼女の首輪を外すよう依頼する。

 精霊とは世界(アーカーシャ)の様々な事象を司る存在であり、それを操ることは、世界そのものを操るに等しい。故に精霊使いはスキルなどの魔法では為しえない大きな力を使うことができた。

 しかし精霊“使”であり、“使う”と一口に言っても精霊に強制することはできない。単に供物などの見返りを用意して“お願い”することしかできないのだ。

「あまり無茶を頼むと、しっぺ返しがなあ。でもやらないと首が(物理的に)危ういし、しかたがない」

 精霊使いはこれまでの“貸し”を全部使いきるぐらいのつもりで精霊に強く呼びかけ、縛られた幼女の首輪に意識を集中させる。

 幼女は先ほどから、お父さん、お父さんと火が付いたように泣き叫び、幼女と同じ首輪を付けられた大トカゲと変な妖精も同じように哭いていた。

 涙の跡が残る幼女の姿に精霊使いは激しく動揺し、いっそさらって逃げるか、などとできもしないことを夢想する。その意思に精霊が反応しそうになったので慌てて意識をそらし、首輪にだけ集中する。

「それにしても……重い。どれほどのマナが込められているんだ? まさか神器じゃないだろうな」

 先ほどの奇妙な鑑定結果。精霊に依頼して直接アカシックレコードに記述された情報を読み取ったのだ。それで情報が読み取れなかったということは、首輪の力に比して精霊への強制力が弱くて情報が開示されなかったのだろう。

 精霊の力で首輪の切れ目を無理やり押し広げていく。余りに精霊の力を酷使しすぎているせいか、他の精霊たちが口々に警戒を口にする。その精霊の声には恐怖が混じっているようにも感じられたが、世界を司る世界そのものにも等しい精霊が恐れるなど()()()()()。自らの余計な夢想を意識から追いやり、精霊の制御に意識を戻す。

「もう少し」

 首輪の切れ目が少しづつ開いていく。

「あと少し」

 幼女の首が通るほどに隙間が開いた。助手でもいれば幼女を引っ張り出せば済むのに、余計な手間に精霊使いは内心舌打ちする。

 精霊たちの恐怖の混じった叫びが耳鳴りのように響く。

「こ、れ、で!」

 バチン、と首輪が完全に開いた。

 バチン、バチン、と同種の音が響く。幼女だけでなく大トカゲや小悪魔妖精の首輪も同時に解放されたのだ。

 しかし、それを精霊使いがそれを知ることは無かった。

 轟! とエーテルの奔流を()()からまともに受けた精霊使いはそのまま前に倒れ込み、そのまま絶命する。

 周囲にいた沢山の目に見えぬ精霊たちも皆、姿を消した。逃げ出したのではない。文字通り消滅したのだ。

 しかし、そんな目に見えぬ精霊の異常に“上様”は気づくことなく、精霊使いが倒れたのも単に力を使い果たして気絶しただけだと勝手に思い込み無視した。

「よしよし」

 “上様”は、満面の笑みを浮かべながら縛られた幼女ナカを抱き上げ、精霊使いの死体を残して部屋を後にする。

「はーい、いいこでちゅねぇ」

 暴れるナカを、大人の力で抑え込み、極秘に作らせた秘密の部屋に連れていく。

 その部屋に入ると、男は大きく息を吐き、リラックスした表情で深呼吸をする。

「おとーさーん、おとーさーん」

「はーい、ワシが新しいお父さんですよぉ。だから泣き止んでねぇ」

 男が猫なで声であやそうとするが、余計に激しく泣き出し、始末におえない。

「ナカちゃん。いや、この名は可愛くないな。ワシがもっとふさわしい名をつけてやろう。何がいいかな。ロリカちゃんとかかわいくていいかな。ふふふん」

 泣き叫ぶ幼女の姿を見ながら満面の笑みを浮かべる男。

 男にとって生身の、普通の大人の女は、自分が太刀打ちできない恐ろしい化け物のような存在であった。

「さあ、ロリカちゃん。ボクがお父さんですよ。さ、一緒にお風呂入ろうね。脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

「ちがうー。ナカちゃんはナカちゃんだもん。おとうさん、ぺど()()()。おまえちがう」

 幼児らしからぬ論理的な反論は、まるで口うるさい大人の女を思い起こさせ男を不機嫌にさせた。

「うるさい! ペドロフ=フィルはもう死んだ」

「ひくっ」

 死という意味は理解できないが、大好きな“お父さん”がもういないという意味を感じ取ったのか、ひきつけを起こしたように幼女の呼吸が不規則になる。

「誰も助けになんか来ない。お前は捨てられたんだ。だけど安心おし。ワシがお前のお父さんになってあげるよ。可愛い娘。ああ、もう我慢できない。脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

 ステータスボードを広げ、【撮影】と【動画撮影】の準備をしてから、男の手が幼女に迫り、その服を剥ぎ取る。

「おと、おとう、あ、」

 幼女の涙をべろぉっと舐めとる男と、言葉にならない泣く裸の幼女。


 王妃カサンドラが踏み込んだのは、まさにその瞬間であった。

「!……なにをしているのですか、あなた」

 信じられないモノを見るような王妃の視線の先に、良人たる国王の姿があった。


      *     *     *


 子飼いの騎士を伴って城の地下を進む少女姫エンドラ王女は鈍い振動を感じ、不安そうに周囲を見回す。

「……おそらく【爆発】系の魔法でしょう」

 護衛の近衛騎士の言葉に緊張する。

「……進みましょう」

 しばらく行った先、使われていないはずの一角は足の踏み場もないほどモノであふれていた。

 割れた酒樽や磁器、チーズに衣服が散乱し、武器の類や鎧、用途の判らぬ物品が転がり、また水浸しになっていた。

 そしてそうしたモノのアチコチからうめき声がしている。

「暗部の騎士ですね」

 近衛騎士が侮蔑気味に言う。彼らの多くは骨折しており、1名は既に死亡していた。

 そして一番モノが多く積み上げられた下から、それは発見された。

「ペドロフ、さま……」

 【爆発】の衝撃をまともに受け、酒樽を初めとした荷物に押しつぶされたペドロフ・チイチャイコスキーの姿であった。

「ペドロフさまぁ……」

 エンドラの目に涙が浮かび、髭に覆われた男の頬に触れる。まだ温かいが熱が失われつつあった。

 ()()はもう生きていない。そのことを直感し、体を震わせるエンドラ。

「ペドロフ……チイチャイコスキー」

 少女の頬から涙がこぼれ、その一滴が髭の吟遊詩人に落ちた。


1時間後に次話投稿予定

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