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【未完】ペドロフ・チイチャイコスキーは改名したい  作者: 弓原
第1話:ペドロフ・チイチャイコスキーとひみつのようじょ
10/30

王城にて 2

「……以上が現在の状況にございます。陛下」


 人よりちょっと背が低く、人よりちょっと髪の毛が少なく、人よりちょっとふくよかな大臣がそう報告した。もちろん、ここでいう“ちょっと”は“かなり”と言い換えても文章が成り立つ。


「どうする、チビハ・ゲデブ大臣。これは由々しき事態だ」


 玉座に座するカルケーネン王国国王は頭を抱えながら、片手でステータスボードを操作し、部下たちが【撮影】や【動画撮影】し、報告した記録を熱心に見ている。

 みっともなく狼狽える国王の姿にチビハ・ゲデブ大臣……“夜明け鳥の止まり木亭”にやってきてフィルを拘束し、幼女ナカを連れて行こうとした貴族……は国王に判らないように嘆息する。


「適当な罪を被せてペドロフを処刑してしまおうか」


 しかし、それにゲデブ大臣は反対する。


「カサンドラ様が反対に立てば、王命といえど難しいかと。ギルドの精霊もそれを良しとはしないでしょうし、なによりもエンドラ様がお怒りになるでしょう」

「パパ、キライ、とかまた言われたら、ワシ、立ち直れないかも」


 国王は頭を抱えて俯き、頭から王冠が転がり落ちる。それをゲデブ大臣が拾い、じっと王冠を見つめる。


「ゲデブ、どうしよう。ワシ、どうしたらいいかの」


 国王の姿に(今度は隠そうともせず)再び深いため息を吐きながら王冠を国王に手渡し、チビハ・ゲデブ大臣が首を垂れた。


「このゲデブめにお任せください」


      *     *     *


「ペドロフ殿。少しお時間をいただいてもよろしいかな」


 大男というほどではないが、肩幅が広く大柄な吟遊詩人に比べ、その大臣の背はことさら低く見えた。もしかしたらエンドラ姫より低いかもしれない。


「これはゲデブ大臣」


 一度は言いがかりのような形でフィルを捕縛しようとしたゲデブであったが、フィルは立場を弁えているように、すぐに深く頭を下げた。その所作は洗練されており、不快感は感じない……普通ならば。

 しかし背が高くて、体格も良くて、芸術にも造詣が深く、物知りで美形。しかもその美しさを敢えて口髭顎髭で隠すあざとい男など、隙が有ろうと無かろうと関係なく、大臣のような容姿に恵まれぬ男にとっては鼻持ちならない存在であった。

 何より少し前に髭を剃ったはずなのに、既にふっさふさである。その一事だけでもゲデブにとってフィルは敵であった。


 そんなゲデブの内心を知ってか知らずか、フィルは連れ立って王宮中庭の東屋に入り、周囲を護衛の騎士が取り囲んだ。


「それで、どういったご用件でしょう」

「“ペドロフ・チイチャイコスキー”。何も言わずこの国から出て行け」


 そう言って、ゲデブ大臣は革袋をフィルの前に置いた。袋の口からは金貨が覗く。


「理由を伺っても?」

「言わずとも判っておろう。どこの馬の骨ともいえぬ輩が王妃様、姫様を誑かすなど、本来ならその首、叩き落してくれるところよ。それを生きて出て行くことを選ばせてやるのだ。感謝するがよい」

「承知いたしました」

「強情なことを言うな、何ならこの場で、っとなに? なんと申した?」

「承知いたしました。王宮の図書室も拝見できましたし、私がこの国に留まる理由ももうございません。今すぐ王宮を辞し、またなるべく早くこの国を出ます。ただ準備もありますゆえ、国を出るまでに数日のご猶予は頂きたい」


 聞き間違いでないことを理解した大臣は、フィルをじっと見つめる。


「本心か?」

「無論。王妃様を篭絡して、この国をいいようにする。そんなことに興味はございません。私は私の目的で旅をしているだけですし、この国に訪れたのもその目的のためにすぎません。そしてそれは権力を得ることではありません」


 疑念の目を向けるゲデブ。


「会って早々、王妃殿下を口説いたと聞いているが?」

「美しい女性を口説くのは必要に駆られた癖のようなものでして」

「どんな必要だ、どんな癖だ」


 思わずツッコむ大臣とあいまいな笑みを浮かべる吟遊詩人。


「まあ、よかろう。それともう一つ」


 フィルの前に革袋がもう一つ載せられた。


「これは?」

「娘の首輪を外して置いていけ」


 その言葉にフィルの目が細くなる。


「お断りします」

「……奴隷の首輪は主が死ねば新しい主に継承可能。先と同じ、自分で外すか、否か。選択する機会をやる。今すぐ決めよ」

「あれはいわゆる奴隷の首輪ではありません。私を殺しても継承などできません」

「偽りを、」

「真実です」


 髭の美青年とにらみ合うチビハ・ゲデブ大臣。

 視線をそらさぬまま大臣は金貨の袋を二つ足した。


「もう一度問う、“ペドロフ・チイチャイコスキー”。娘を置いていけ」

「お断りします。それと私のことはどうかフィルとお呼びください」

「呪いとやらは戯言ではないのか」


 たがいに視線をそらさぬ二人のにらみ合いはしばらく続いたが、ゲデブが先に視線を逸らした。


「……残念だよ、吟遊詩人フィル」


 大臣はそのまま席を立つが、座っているフィルと目線の高さがあまり変わらない。


「今すぐ娘を連れて出ていけ! 猶予は与えん。今晩中に出国せよ。さもなくば命はないものと思え」

「承知いたしました、大臣閣下」

「おい、こいつを城から放り出せ。裏門を使って目立たないようにな」


 ゲデブ大臣は騎士にそういい捨て、そのまま足早に去っていくのを、フィルは深く頭を下げた。


「……着いてこいチイチャイコスキー」


 大臣を見送った騎士がフィルに顎で指示する。


「その前にナカ達を、」


 騎士の剣がフィルの腕を切る。


「そのお綺麗な顔も切り刻まれたくなければ大人しく言うことを聞け」


 武装した騎士たちに囲まれたフィルには為すすべもなかった。

 しばらく後、城の地下で爆発が起きたが、鈍い振動がわずかに広がっただけで気づくものは少なかった。


      *     *     *


「おとーさん。おとーさーん」


 いままでメイドたちと機嫌よく遊んでいた幼女ナカが突然ぐずりだした。


「いったいどうしたの、ナカちゃん」


 猫なで声で甘やかすメイドたちだったが、ナカの機嫌は直らない。そこに騎士がやってきた。


「その娘はこちらで預かる。首輪を渡せ」

「え、で、ですがペド……フィル様がまだ」

「アイツは既に国を発った。娘を置いてな」


 そう言い切る威圧的な騎士を前に、不信を覚えながらもメイドたちに逆らうすべはなく、幼女、大トカゲ、小悪魔妖精らと魔法の紐で繋がった首輪を渡した。

 ワンワン泣き喚き、暴れる幼女を騎士は無理やり抱え、口を覆い、引きずるようにして無理やり連れていく。

 魔法の紐でつながれた小悪魔妖精は慰めるようにナカの頭を撫で、亀顔の大トカゲはチラリと背後を見やってから大人しく着いていった。


      *     *     *


「ペドロフ様が国を発った?」

「そんな、わたくしに一言もなくあの方が行ってしまわれるなんて」


 エンドラ姫と王妃カサンドラのギスギスした母娘のお茶会の最中に入った報せに、二人は驚きの声を上げる。


「きっとあのハゲの仕業ね」


 エンドラ姫がちょっと背が低くて、ちょっと髪の毛が少なくて、ちょっとふくよかな大臣の顔を思い浮かべて悪態をつく。理由はない。単なる乙女の直感(言いがかり)である。


「そうね。きっとフィル殿の美貌にチビハ・ゲデブ大臣が嫉妬したに違いないわ。あの(ピー)で(ピー)で(ピー)のチビハ・ゲデブ大臣が」

「その上、可愛い妾の娘|(になる予定)のナカまで連れていくとは」

「あら、あの子はわたくしの娘になる予定よ。あなたもお姉さんとしてちゃんとしなさいよ」

「お母様? お歳とお立場を考えられたらいかがかしら?」

「あら、フィル殿はわたくしの方が好みみたいよ。わたくしのような()()に溢れる女の方があの子の母親に相応しいですしね」


 自分の大きな母性をアピールすべく、大きな胸を逸らす母親と、その性質を一ミリも受け継がなかった、うっすい胸の娘とが互いに火花を散らす。


「あ、あのう、それよりも、ペドロフ様達のことは」


 控えめな侍女の言葉に我に返る母娘。


「ペドロフ様は本日午後に東庭におったわ。騎士に封鎖されていて、それ以上近づけなんだ」

「エンドラ。フィル様のストーキングは止めなさいといつも言っているでしょう。それでその後は?」

「出入口を見張らせておった手のモノの報告が……いま届いたようじゃな。ペドロフ様は大臣と何か話した後行方が知れぬ。だが暗部の騎士が何やら動いていたようだ」

「まさか、捉えて幽閉……」


 ガタン、と立ち上がる王妃と少女姫。


「わたくしが行きますわ」

「情報を掴んできたのは妾の手のモノじゃ。お母様は大臣の方を頼むのじゃ。女にモテない大臣が、幼女に手を出してからでは遅いのじゃ」


 幼女に手を出す、という下世話な言い方に一瞬意味が理解できなかったカサンドラだったが、その意味を理解し顔を青ざめ恐れ戦く。その発想はまったくなかったのだ。


「そんな、あんな小さな子に、あんなことや、こんな……いやぁ」

「そうならないようにお早く」

「判ったわ。フィル殿の方はエンドラに任せますわ。皆のもの、幼女に懸想し、フィル様に仇為すチビハ・ゲデブ大臣に精霊の鉄槌を下しますわ!」




■ ガジェットTIPS

スキルの取得

 スキルは様々な方法で取得することができるが大きく分けて二つある。

 一つ目は自力で熟練度を貯める方法である。

 この場合、毎日剣を振り続ければ【剣術】スキルに熟練度が上がり、体力作りなども併せて行えば【剣士】スキルを取得できる、といった具合だ。【剣士】などの低級職業スキルならば【剣術】を上げるだけでも取得は可能である。

 一方、【騎士】スキルと【光魔法】スキルを上げることで取得できる派生スキル【聖堂騎士】の場合は、その両方を一定レベルまで上げる必要がある。

 二つ目の方法として、既に【聖堂騎士】を得ているものから直接指導を受けた場合ふだ。この場合は【聖堂騎士】に直接熟練度が入り、【騎士】と【光魔法】のレベルが低くても【聖堂騎士】を取得することができる。

 【騎士】【神官】【聖堂騎士】【盗賊】【暗殺者】など、組織的な指導が行われている場合がそれに該当する。

 他にも【王族】など境遇によって得られるスキルや、世界の気まぐれによって与えられる特殊スキルもあり、後者の例として【勇者】や【魔王】が有名である。

 こうした世界から与えられたスキルは通常スキル、職業スキルと並んで称号スキルという呼び方をする。


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