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稲穂ゆれる空の向こうに  作者: 塵芥
アイデンティティ
53/64

畔道

それから何度か乗り換えをして、時バアのうちへと続く幹線に乗り換えた。


少し疲れの色を見せていた子供たちだったが、都会から景色が移ろい、車窓から田畑や山が覗きはじめると、先ほどの不安を捨てて、徐々に元気を取り戻し始めた。


何度もトンネルをくぐり、野を越え、山を越え、谷を越え。


蒼音にとっても久しぶりの懐かしい景色が、目の前に広がり飛び去って行った。

それでもこうして、じっくり時間をかけて時バアの家へ行くのは初めてのことだ。


いつもは、新幹線を利用したり、飛行機に乗ったり、高速道路を走ったり・・・

遠く離れたところに引っ越してからは、そう頻繁に会えなくなっていた。

だから久しぶりに会えるのが、本当に楽しみだった。



「わー見て見て園田君!

すごいね、このあたりは田んぼや畑が多いね。

絵になる景色が多いね」

あまり遠くまで旅行をしたことがない、と言っていた琴音は、目を輝かせて初めて見る土地の様子に感激していた。


『綺麗ね。お山や畑や谷がたくさんあって綺麗だね』

茜音も懐かしさがこみ上げて来たのか、窓に張り付くように景色を眺めていた。


谷間にひっそり見える、美しい棚田や豊穣の畑。

収穫を迎えた実りの大地。


「いいなーこんなところにおばあちゃんが住んでいて、好きな時に遊びに来れるなんて園田君がうらやましいな」


「本当だな。

おばあちゃんちに来るのが、ちょっとした旅だよな。

園田君は、自分じゃそうでもないって顔してるけど、俺に言わせれば、田舎があるって随分恵まれてると思うよ」


二人があまりにも蒼音の境遇を羨むものだから、蒼音はひどく戸惑ってしまった。

自分が羨ましいって・・・

そんなこと、これまで一度も言われたことがなかった。


自分こそ、生まれ育った地を離れ、幾度も引越した、この境遇を忌み嫌っているというのに、他人からみれば、ないものねだりなのだろうか?

恵まれているだなんて心外だった。


だとしても、ここが素晴らしい場所であることには変わりない。

自信を持ってそう言えた。




それにしても、今朝早くから列車に乗り通しだ。

座り続けてそろそろお尻が痛くなる頃だ。


しかし、それも、もうまもなく終わる。


時バアの駅が近づいてきたのだ。

快速列車は、里山の景色が近づく頃から、各駅停車に変わっていた。


駅ごとに停車して、そしてすぐに出発して・・・


それを何度も繰り返し、とうとう午後を過ぎた時刻、彼等の目的地に到着した。




「さあ降りるよ。僕達はここで降りるんだよ」

蒼音に促されて、四人は駅に降り立った。


周囲を見ると、そこはのどかな無人駅だ。


「あれ?駅員さんがいない。

改札に人がいないよ園田君。

駅舎も随分小さいのね」

琴音はきょろきょろと周囲を見回した。


「琴音、ここは無人駅だよ。

俺が調べたとおりだ。

いやーでも無人駅に降り立つなんて感動だな」

涼介は背伸びをして存分に解放感を味わった。


「ここからはバスに乗って時バアの家まで行くんだよ」

蒼音はうろ覚えな記憶を頼りに、駅舎前のバス停の時刻表を見た。


「あちゃー、俺の下調べ通りだ。

ここ、数時間に一本しかバスが来ないんだ」

涼介の予感は当たったらしい。


「どうしよう。

何時間もここで時間を無駄にするなんて、もったいないな」

蒼音は一刻も早く時バアに会いたかった。会って話したいこと聞きたいことがたくさんあった。


「じゃあ歩かない?

園田君、おばあちゃんちまで歩くと、どのくらいかかるの?」

琴音がそう提案してくれた。


「うん・・・

普通に歩いて一時間以上かな。

いや一時間半くらい?かな」


「だったら歩こうぜ。

ちょっとでも早く着きたいよな、な茜音?」


『うん!早く行きたい!』


「それに俺たち、足腰は丈夫だろ。

なんたって、あの登山遠足で鍛えたんだからさ」

体力に自信のある涼介に異存はなかった。


「あたしも歩いて行きたいな。

もう捻挫なら治ったし、歩いた方が景色もよく見えて楽しいもの」


『あたちも歩いていきたい。

道にはお花や虫もたくさんいるもん』


皆が口を揃えてそういうので、蒼音も勿論賛成だった。一分でも早く茜音に、あの稲穂を見せてあげたいのだ。




「じゃあ行こう。最後は自分の足で行こう」



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