幽霊?
人間、あまりに予想外の展開に直面すると、妙に冷静になるところがあるらしい。蒼音は齢九つにして、全てを受けとめようと頑張ってみた。
いくぶん身体をこわばらせ、顔をひきつらせながら、この事実をとりあえずは受け止めようと努力した。
「うん、君の言い分はよくわかったよ。どうやら君を交番に連れていっても無駄みたいだから、一つ言わせて。その・・・急に現れたり出来たってことは、この場から消えたりも出来るんじゃないかな?どう?出来る?」
震える声を押しとどめ、相手を刺激せぬように穏やかに申し出た。願わくば、何事もなかったようにこの場から立ち去って欲しいと、心の底から祈っていた。
『う~ん。わかんないけど、やってみる』
女の子は言われたとおりに、目をつむって何かを念じてくれた。
『う~う~・・・・・』
『う~ん。駄目みたい。消えられないあたち』
「え~!!出来ないの?お化けや妖怪は、簡単に出来るんじゃないの?」
蒼音は客観的にこの問題を解決しようと、取り乱さぬように耐えていた。本当は怖くて仕方がなかったのに。
『あたち妖怪じゃない。多分』
「じゃ・・・じゃあやっぱり幽霊なの?」
『なんだろう?今までも蒼音のそばにいたのかな?
あんまり覚えてない。いつもふわふわちてて、寝てるような醒めてるような・・・でも周りのことはわかっていたような』
「何それ?どういうこと?」
(この子・・・・僕にとり憑いていた背後霊か守護霊か何かなのかな?僕オカルト趣味じゃないから、そっち方面は詳しくないんだよな)
『う~ん・・・・ふわふわちてたら、大きな声と強い想いが聞こえてきて、意識がはっきりちて、目の前が広がったの。言っておくけどね!このあたちだってびっくりちてるんだよ!とまどってるんだよ!
夢の中から急に起こされたんだから!』
言葉の端々に幼児語をおり交ぜながらも、見た目にそぐわぬはっきりした意思で、その子は蒼音の目の前に現れたのだ。
小さな女の子だと思って油断していたら、意外に言葉数も多く反論してきたので、蒼音はしどろもどろだった。
「わ、わかったよ。無理言ってごめんね。でも・・・・
帰るところも無いのなら、これから君どうするの?どこかにあてはあるのかな?その・・・たとえば、ほら、そういった方面のお仲間さんのところに行くとか?
つまりその・・・幽霊さんのたまり場みたいな場所はないのかな?はは・・・・」
さきほどまでの恐怖感はどこへやら。まずはこの子の身の振りを考えることで精一杯の蒼音がそこにいた。
『あたちここにいる。ここがいい。だって、あたち・・・・・多分ずっと前からここにいたもん。蒼音のそばにいたんだもん。だからここにいるよ』
「え?どこにも行かないの?!」
(やっぱりこの子、ずっと僕にとり憑いてたんだ・・・・・・・・僕が独りはいやだ!誰かそばにいて!なんて叫ぶから、反応しちゃってこの子は《こっちの世界》に姿を現しちゃったのか。
だよね?この場合、それが妥当な考えだよね?)
つとめて冷静に客観的に、ことの次第をまとめあげてみた蒼音だが、冷静になればなるほど、ことの重大さがみしみしと迫り来るばかり。
(本当にこの子をどうしよう?生身の人間じゃないみたいだし、とりあえずはほっていても大丈夫そうだけど・・・
無視していればそのうち消えちゃうかな?)
本心を悟られぬようにひとまずは、この事はなかったつもりとして、平常通りに振舞おうと考えた。
蒼音は素知らぬ顔でソファーに寝転がり、テレビをつけて見入ってみた。
漫画を読んだり二階に行ったり庭に出たり・・・・
しかし、蒼音が行くところ動くところに、ふわふわと女の子はつきまとってきた。
しまいにはトイレにまでくっついてくる始末。