時を駆けて
足が行くに任せ歩いていると、いつの間にやら堤防の方に来てしまった。
蒼音は堤防沿いに自転車を停めると、茜音と一緒に河川敷まで降りていった。
太陽が頭上に登りつめ、じりじりと頭を照りつけていたが、サラサラと流れる川のせせらぎが耳に心地よかった。
草の上に座り込むと、デイパックに詰め込んだお弁当を無造作に取り出した。
お弁当は大きなおむすびだった。
おかずは卵焼きに昨夜の餃子、自家製ピクルスが詰められていた。
始終無言のまま、蒼音は茜音にもおむすびを一つ手渡してやった。
彼はうつろな瞳のままおむすびにかぶりついた。
相変わらず、お母さんのおむすびは塩っぱくて、そして美味しかった。
茜音もその様子も見て、同じようにおむすびを頬張った。
おかずも同じように二人でわけあって食べた。夏休みの間は、こうして母が用意してくれるお弁当を分け合うのが日課になっていた。
満腹になると二人はその場に寝転がり、流れゆく雲を呆然と眺めた。
太陽の日差しは厳しかったが、お盆を過ぎて、ほんの少しだけ風が心地よく感じられた。
『蒼音・・・
雲ってどこに行くんだろうね?
遠くまで飛んでいくのかな?
あたち・・・
稲穂が見たい。
稲穂って遠いの?』
茜音が話しかけても蒼音は目を閉じて黙ったままでいた。
『蒼音、あれ稲穂なの?
あれがそうなの?』
茜音の妙な問いかけに反応して、蒼音は目を開けて前を見てみた。
河川敷のあちこちで、穂を付けた、カラス麦やススキが群生していた。
「違うよ、あれは雑草だよ。
稲はこんなところには生らないよ」
『ふうん・・・・
稲穂かと思ったあたち。
稲穂・・・
黄金色の稲穂・・・
綺麗だったね、懐かちいね。
みんな一緒だったね。
あたち、またあの稲穂が見たいよ。
蒼音と一緒に見たいよ。
還りたいよ。
あの雲に乗れば、遠くの稲穂まで行けるの蒼音?
ねえ・・・
蒼音?』
「雲には乗れないけど、飛行機に乗れば行けるよ、時バアの田んぼにはね・・・・」
彼はなんの気なしに受け答えをした。
しかし・・・・
はっと気がつくと、飛び起きて、茜音に顔を近づけた。
「え?
茜音、今なんて言ったの?
思い出したの?
あの稲穂って・・・・
もしかして時バアの田んぼのことだろう?
僕と家族で撮った写真に茜音も写っていた、あの場所のことだろう?
茜音、思い出したの?あの時のことを?
そうなんだね」
『・・・
全部は想い出せないの・・・
ごめんね蒼音。
記憶がぼんやりちてるの。
でもね・・・・
みんなで稲穂を眺めたことは覚えてるの。
蒼かったお空が夕焼けで茜色に染まったの。
とんぼがたくさん飛んでたの。綺麗だったね』
茜音はまるで夢見るように、断片的な想い出を懐かしく語った。
その様子を見て蒼音は決心した。
「行こう!
茜音。僕と二人で時バアのところに行こう!
行けば何かがわかるかもしれない。
茜音のためにも行かなくちゃいけなんだ。
だから、僕が茜音を連れて行ってあげる」




