万事休す!
そういえば、周辺に彼女の姿が見当たらない。一体この山の中、どこへ転がったというのだろう?
二人は打撲や擦り傷に疼く身体を起こし琴音を探した。
運良く助かったとはいえ、そこは深い山の中。
先ほどまで、うるさいくらいに耳をつんざいていた蝉時雨がやみ、あたりは静寂に包まれていた。
神がかりなまでに、凛と張り詰めた空気が漂い、二人の緊張を極度に高めた。
さらに足元を見ると、ここは先ほどよりも険しい斜面であることに気がついた。
斜面を這いつくばるように、二人は琴音を探して叫んだ。
「桜井さーん!どこにいるの返事をしてー!」
「おーい琴音、聞こえたら返事をしろー!」
そばにいる茜音には、蒼音の心の動揺が伝わるのか、泣き出したいのをこらえて心の中で念じていた。
(琴音・・・・琴音・・・・あたちを呼んで。
あたちに聞こえるように呼んで・・・・心に呼びかけて!
誰か・・・・琴音をさがちて!)
「菅沼君どうしよう・・・・・?
桜井さんどこに転げ落ちちゃったんだろう?
ねえどうしよう?どうすればいい?
うっ・・くっ・・・ぼ、僕がいけないんだ僕が。
桜井さんは近道なんて嫌だって言ったのに、僕がむきになるから・・・
そのうえ僕がよろけて二人を巻き添えにするなんて・・・・っううう」
蒼音は、オロオロと取り乱し涼介に泣きついた。
「な、泣くなよ!俺だって泣きたいよ。
俺だって責任感じてるよ。
でもまず探さなきゃ」
しかし周囲を一通り見渡して叫んでも、いっこうに琴音からの反応はなかった。
成す術もなく二人がうなだれていると、何かを伝えようと茜音が蒼音の目の前に静止し、腕を振り回しているではないか。
(ん?茜音、何?
何か言いたそうだな。
ああそっか・・・自分の声が菅沼君に聞こえるのを心配して黙っているんだな)
茜音は口を閉じたまま、身振り手振りで蒼音を誘導しようとしていたのだ。
もしや・・・と感じた蒼音は茜音の誘うまま、その後についていった。
「園田君?どうしたの?」
涼介はわけもわからずその後に続いた。
茜音の案内するに任せ、斜面を下り必死になって後を負うと・・・
大きな椎の巨木がそびえる場所に出くわした。
巨木は威厳ある立ち姿で、山奥の谷間に主のように鎮座していた。
その脇に深い窪地が出来ていて、覗いてみると、なんとそこに琴音が倒れていた。
すぐ脇には琴音のリュックと、片方の靴が転がっていた。
「桜井さん!」
蒼音の声に涼介も走り寄って下を覗いた。
「琴音!」
転げ落ちた時に頭を打ち、意識を失ったのか、琴音は目を閉じたまま無反応だ。
「どうしよう大変だ!すぐに助けなきゃ」
「俺下に降りるから手を貸してくれ!」
涼介は考えなしに、その垂直に凹む窪地に降りようと腰をかがめた。
「ちょっと待って!」
だが蒼音はそれを制止した。
「なんだよ!俺が降りるんだよ。
園田君は上がる時手伝ってくれればいいから」
「違うんだよ・・・ここ結構深いし、このまま飛び降りるのは危ないよ。
下手すれば怪我しかねないし、菅沼君が無事降りたとしても、這い上がってこられるかな?ましてや・・・・桜井さん怪我してるようだし、大人じゃないと引き上げられないんじゃないかな・・・?
二人とも上がれなかったら・・・それこそ大変だよ」
「だからって、そんな悠長なこと言ってられないだろ!
琴音が目の前で倒れてるんだから、誰かが降りて手当してあげないと」
二人の意見は尤もだった。
このまま手をこまねいていても、誰も助けに来ないかもしれない。
かといって涼介が降りてしまい、二人が這い上がれなかったら?それこそ一大事だ。
しかし琴音の容態も心配だった。
「大人の力じゃないと桜井さんを助け出せないよ」
「じゃあ黙って見てるのかよ?」
窮地に追い込まれた二人が言い合っていると、弱々しい琴音の声が聞こえた。
気がついたのだ。
「・・・・・・いたっ!・・・・・ったい・・・・・」
(琴音気がついた!よかった気がついた)
茜音は琴音の傍に舞い降りてゆき、優しく足をさすって介抱してあげた。




