転校初日
季節は初夏、街路樹の若葉が生い茂り、暑い夏を迎える準備を始めていた。
「今日からこの四年二組で皆の仲間になる 園田 蒼音君だ。
園田君はお父さんの仕事の都合でこの街に越してきたばかりだ。
わからない事は丁寧に教えてあげて、一緒に仲良く学校生活をおくってほしい。
みんなわかったな」
担任教師は黒板に力強く名前を書いて紹介してくれた。
「では園田君からも自己紹介するか」
「あ、は・・はい。
あの・・・・園田 蒼音です。
よ、よろしくお願いします」
「うむ、手短なのがよろしい。
では後ろに用意してあるあの机に座りなさい」
転校生を迎える一連の儀式。
朝のホームルーム。
その後、クラスメイトが一人ずつ自己紹介をしてくれたのだけど、頭の中は真っ白で誰一人の顔と名前も記憶できない。
蒼音はおずおずとうつ向きながら、担任に言われた通りに着席した。
キーンコーンカーンコーン・・・・・
クラス中の視線を全身に浴び、緊張に凝り固まっていた蒼音だがホームルーム終了を告げるチャイムが校内に鳴り響くと、ようやく、僅かに呼吸を整えることができた。
蒼音が真新しい教科書を机にしまっていると、ふと真横に視線を感じた。
視線の先はすぐ隣の席に座る女子だ。
(なんだろう?この女の子・・・)
転校生が珍しいのか、女子は蒼音の動作をじっと見つめていた。
「あ、あの・・・・何か変かな?僕の持ち物」
蒼音は不安げに問いかけてみた。
「ううん、違うの。その・・・・
あのね、すごいなと思って。
見知らぬ学校に転校してくるなんて、すごいなって感心して見てたの。
私だったら泣いちゃうかもって。
あ・・・ごめんなさい変なこと言って」
「ううん。でも仕方ないよ」
蒼音はつとめて冷静に応えた。
「そうだよね。お父さんのお仕事の都合だもんね。
あのね・・・この学校って、とっても歴史が古いんだよ。
それに担任の五十嵐先生は、すごくいい先生で面白いの。
給食だって美味しいんだから。
今日はねシチューなのよ。
みんな競い合ってお代わりするから、園田君も早く食べた方がいいよ。
あのねそれからね・・・・」
その女子は蒼音に興味を持ったのか、警戒心なく話しかけてくれた。
「あ・・・」
だが、途中、女子仲間にトイレに誘われたようで、すまなさそうに話の腰を折って席を立った。
けれど急ぎながらも名前を教えてくれた。
「あのね、あたしの名前は桜井 琴音。
琴の音って書くの。
「音」っていう漢字が園田君の名前と一文字だけ同じなんだよ。よろしくね」
琴音はそういうと、女子達と教室を出て行った。
蒼音は少し恥ずかしくなって、辺りを見回してしまった。
転入したばかりの教室で、一番はじめに話しかけてくれたのが、女子であることもそうだし、何より、琴音の屈託ない笑顔が新鮮だったからだ。
普段どちらかといえば、おとなしいタイプの蒼音は、前の学校でさほど女子と話たりしなかった。
(あの子、どうして僕なんかに話しかけてくれたんだろう?)