男の沽券
しりとりもなんとなく冷めた感じで終わってしまい、三人はまた、もくもくと登山を続けた。
会話などせずとも、黙って森の葉音や鳥の歌声、虫の羽音を楽しむこともまた非日常である登山の醍醐味だ。
けれども、子供三人が押し黙ったまま歩き続けるのは、武者修行を耐え忍んでいるようでいただけない。
涼介は会話の糸口をみつける代わりに、ペースの遅さを持ち出してきた。
「なあ琴音、なんか俺たち遅れてない?」
「え、そうかな。それほどでもないんじゃない?」
「そんなことないよ。
遅れてるよ。
だって、さっきまでは前の班の後ろ姿が小さく見えてたのに。
もう誰も見えないよ。
このままじゃお昼までに山頂に着かない気がするな俺。
それに雲行きが怪しくないか?
ついさっきまでは晴天だったのに、雲が増えてきたような・・・
この分じゃひと雨来たりして」
涼介はしきりにペースと天候を気にしていた。
「大丈夫よ。
レインコートもあるし、今日の予報は晴れだったよ。
それに先生達がしんがりとしてゆっくり付いてきてくれるから、あたしたちが最後ってわけでもないしね」
「でも・・・・」
琴音になだめられても納得のいかない涼介はある提案をした。
「なあ、近道しないか?」
蒼音はずっと黙って聞いていたが、その提案にぎょっとした。
なんだよこいつは・・・
さっきから遠まわしにいやみばかり。
僕の足が遅いなら遅いってはっきり言えばいいじゃないか!
蒼音は心のなかで毒づいていた。
「え!近道って?
山道からそれるってこと?
いくらなんでも危ないわよそんなこと」
琴音は真っ先に反対した。
「大丈夫だよ。
脇道っていってもほら、ここ・・・・・」
涼介は真上に指差した。
見上げると、なるほどここからしばらくは急な斜面にそって、山道がずっと蛇行して続いている。
曲がりくねって迂回するよりも、斜面を直線に登った方が遥かに近道だ。
しかし生い茂る藪の中を強行するのは少し勇気が要る。
先生が注意していたように、蛇や蜂に出くわすかもしれないし、それに傾斜がきつくとても危険だ。
そこまでして近道を選ぶほどの理由もなかった。
「え・・・
あたし嫌だな。
こんなところ登るの。
遅くなってもいいから普通に行こうよ。
行かない方がいいよ。
何か虫の知らせがするの。いやな予感がするの・・・本当よ。
園田君だって嫌だよね?」
まっとうな意見だと思った。
琴音の意見に賛成だった。だったけど・・・・
先ほどしりとりで涼介に一笑された蒼音としては、ここで尻込みすることも悔しかった。
これは、涼介から突きつけられた自分への挑戦なのだ!
蒼音は勝手にそう解釈した。ここで逃げればまた嘲笑されるに違いない。
つまらぬ沽券にこだわり、蒼音はつい大見得きって口走ってしまった。
「ううん、僕行けるよ!」
嫌がる琴音には申し訳なかったが、ここで怯むと男が廃るとでも思ったのか、蒼音は涼介の挑発に乗ってしまった。
よくぞ受けてたった!
と涼介が思ったかどうかは不明だ。
もしかすると学級委員長としてクラスの皆を山頂に待たせるわけにはゆかない、迷惑をかけたくない、と本当に遅れることを心配したのかもしれない。
が・・・
多少の企みはあったのだろう。
はったりで提案したのに本当に受けて立つとは・・・
内心焦っている、というのが妥当な線だろうか・・・
男子二人の身勝手な思いつきに、不安げな表情を見せる琴音を差し置き、蒼音と涼介は一も二もなく近道を選んだ。
先生の警告は覚えていた。
覚えていたけれど、今更あとにはひけなかった。
「園田君がここを登れるっていうなら、俺は行っても構わないよ。
もし出来ないって言うなら、別に無理じいするつもりはなかったけど、どうしても行くっていうなら俺も行くよ。
提案したのは自分だしね」
涼介の挑発にまんまと乗ってしまった蒼音は、斜面を見上げゴクリと生唾をのんだ。
まじまじと見上げると結構な角度だ。
しかもこの時期は草木が鬱蒼と生い茂っている。
まさにこれこそ「藪蛇を踏む」と言う表現がぴったりではないか。
無闇に藪にわけいり、蛇を踏んづけてしまい痛い目をみる・・・
という愚か者を表すことわざ通りにならなければいいが。
蛇ならずとも、草木の陰にはヒルやマダニ、軍隊アリがうようよ棲息しているかに感じた。
「園田君本当に行くの?
やめておこうよ。
危ないよ、ねえ・・・・」
今にも泣きそうな声で琴音がひきとめたが、成り行き上もう後戻りはできない。
「だ・・・大丈夫だよ、これくらい」