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稲穂ゆれる空の向こうに  作者: 塵芥
発露
15/64

夕方、母が帰宅すると蒼音は時バアから電話があったことを伝えた。


「時バア何って?」


「うん、みんな元気にしてるか?って。

あと・・・夏休みは遊びに来れるのか?って聞いてた」


「夏休みか・・・

職場が変わったばっかりやから、いきなり長く休暇はとられへんしな・・・・

そや、蒼音、秋の連休に三泊くらいやけど、その時に時バアのとこ行こうか?

あんた再来月にはとうとう十歳やもんな。

時バアんちで誕生日祝いしよっか。



そうやな・・・・・・もう十歳か・・・・

早いもんやな月日の経つのは・・・・

九つ。じゃなくて十歳か・・・・


ほんま早いわ、あっという間やった。この十年。

うん・・・・

あっという間やったわ・・・・・・


夢中で仕事してきて、後ろを振り返ることも少なかったな、あかんなそれじゃ。

でも、ほんま早いな、月日が経つのは。

お母さんも歳とるわけか・・・」


母はいつになくしんみりしていた。

ダイニングテーブルに腰掛け、肩肘をついてしばし物思いに耽っていた。


子供の成長を嬉しく思う反面、寂しくもあったのだろうか。

どこか遠くを見るように、ふと憂いを帯びた表情を見せていた。


そんな切ない母の横顔をみるのは、蒼音にとっては初めてのことだった。

蒼音はそれ以上、その話を続けることさえ憚られた。




「お、お母さん・・・・・

あのさ・・・・」

蒼音は母の意識を確かめるように、遠慮がちに声をかけた。


「ん?何?何かゆった?」

ふりむいた母は、いつもの表情に戻っていた。



「あ・・・あのさ、来週登山遠足があるんだ。

はいこれお便り。

だから、忙しいだろうけどお弁当よろしくね。

それから僕、絆創膏係になったから買っておいてね」


「ふむふむ・・・


へ~面白い遠足やな。頑張らんとな。

お弁当任しといて、お母さんも頑張って作るわ!」

いつもの母に安心した蒼音は、再び宿題にとりかかることができた。





その夜。



澄み切った夜空を見上げると、大きな月がぽっかりと浮かんでいた。

仰ぎ見ると、幾千幾万の星がそこかしこに瞬いている。


銀河の遥か彼方では、今この瞬間にも星が誕生し・・・

同時に、散りゆく星もある。

だとしても、自分を取り巻く世界は、緩やかに過ぎてゆく。

劇的な変化はなくとも、この世界は確実に変化している。


未来に向かって旅をしている。

何処を目指し、何を求めているのか?

行き着く果てには何があるのか?


誰にもわからない。


わからないまま、時は刻む。


月は満ち欠けを繰り返し・・・・

花は咲き乱れ・・・

朽ち果て枯れ落ち・・・・

そして種が眠り・・・再び芽吹き出す。


繰り返される生命の輝き。生死の条理。

与えられたほんのちっぽけな時間の中に、語り尽くせぬほどの想いが交差していた。




同じ夜、蒼音は夢を見た。


月日を重ね大人になった蒼音が夢の中に在った。


そしてその横に茜音の姿も在った。


けれども、茜音の時間は止まっていた。

幼女(ようじょ)の幻影を(なんじ)の魂に宿したまま・・・


過去も未来もなく、時空の狭間に独り取り残されて、虚空を掴むような眼差しで蒼音を見上げていた。






・・・あの夢はどういう意味だったのだろう?

何かを暗示しているのかな?

それともただの夢?


夢から醒めた時、蒼音の中で変化が起きていた。

本人さえも自覚できぬ発露。

小さな小さな心の戸惑い。



けれども、夢の意味が掴めないまま、消化しきれぬ思いを胸に隠し、蒼音は数日をやり過ごした。


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