表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
稲穂ゆれる空の向こうに  作者: 塵芥
発露
14/64

時バア

放課後、クラスメイトたちはそれぞれ互に約束ごとを交わし、散り散りに教室をあとにした。


「今日はおまえんちでゲームしようぜ」

「校庭でサッカーして帰ろうぜ」

「今日は習い事があるからな~」


などなど、皆おのおの予定が詰まっているらしい。


琴音とて、友人同士の付き合いがあるのだ。

今日はどうやら女子数人で誰かの家に遊びに行く様子だ。


転校したての蒼音をおもんばかり、気さくに誘ってくれるほど、四年生男子は大人ではない。

まだまだ自己中心的なのだ。

そんなクラスメイトを横目にしながら、蒼音は茜音を伴い帰宅の途を急いだ。



寂しくない・・・といえば嘘になる。


だからといって、自分から声をかける勇気も気力もなかった。

誰かが手を差し伸べてくれるなど、淡い期待もないわけではなかった。

ただ一歩を踏み出すことが怖かったのだ。


ならばひとりが気楽だった。

空想や想い出に耽りながら、無為に時間を埋めることに慣れていた・・・

というべきか。


帰り道、前後にひとけがないことを確かめて蒼音は茜音に話かけた。



「茜音、今日は授業中ひとりで何をしてたの?」


『うん、メダカさんや、小屋のうさぎさんや、カラスさんとお話ちたよ。

動物はあたちのことわかるみたい。


花壇のお花や、校庭の大きな木・・・・

みんなあたちの友達なの。

だから、たのちかったよ』


「へ、へええ・・・

動物や植物となら話せるんだね。

っていうか。

それすごいね。うんすごい。


他の人とは話せないけど、代わりに動植物と話せるんだ。

でもそれなら良かった。

あそうだ!約束のプリンがあるぞ。

帰ったらあげるよ。

桜井さんも、茜音のために一つくれたんだよ」

蒼音はそういって給食袋の中身を見せた。


『うわぁぁ・・・・!おいちそう』


茜音が手放しで喜ぶ姿を見ると、蒼音の心も幾分やわらいだ。


(僕、一人っ子だからな・・・・

妹がいたらこんな感じなのかな。

もし、僕に妹がいたら、今までひとりで寂しいってこともなかったろうな)




帰宅するとさっそく茜音のために、プリンを二つ皿にあけてやった。

母が帰宅するまでに済ませなければ、厄介なことになるからだ。



『二つとも食べていいの?

蒼音はいらないのか?』


「いいよ、茜音が全部お食べ。

僕はいつでも食べられるから」


自分も食べたいのだけれども、琴音だって我慢したのだ。

まさか自分が食べるわけにはいかない。


それよりもなによりも、茜音が喜ぶのなら・・・

と、何かしてあげたい気持ちでいっぱいなのだった。





ルルル・・・・・


茜音が美味しそうにプリンを食べる姿を、微笑ましく眺めていると、リビングの電話が鳴った。

受話器を取ると、電話の相手は関西に住む時バアだった。


「わあ、時バア!久しぶり!


うん僕もみんなも元気だよ。

時バアは毎日畑仕事してるの?


うん、お母さんはまだ仕事行ってるよ。

うん、小町も相変わらず寝てばっかりだけどね。

引越しの荷物は少しずつ片付けてるよ。



・・・・学校・・・?


うん、なんとかね。

徐々に慣れていくしかないかな、いつものようにね・・

けど、それなりに楽しいこともあるよ。

うんそれはまだ秘密。


今度時バアにだけ教えてあげるね。

でもまた今度ね。


あ、そうだ時バア、今度いつでもいいから、またあの温泉煎餅送ってよ。

美味しいからすぐ食べちゃうんだ。

そう小町も食べるんだよ。


え、今年の夏休み?

そうだな~会いにいけるかな~?

お母さんの仕事次第だね。


その前に登山遠足があるんだ。

すごい大変みたい。でも頑張る。



・・・・・・ねえ時バア、ところでさ、あのさ・・・


あの・・変なこと聞くけど・・


その、ふと考えてたことがあってね・・・・

その・・・

笑わない?絶対に。


変なこと言うって思わない?


あの・・・どうして・・・・


どうして僕って一人っ子なのかな?



・・・・・・・・ううん、別にそういうわけでもないんだけどさ。

ただ・・なんとなく思っただけ。

そう、なんとなく思っただけ。


うん・・・・

あ、でもお母さんには言わないでよ。

僕が今言ったこと。


ちょっと聞いてみたかっただけだから、気にしないで。

うん、僕は大丈夫だよ。

心配しないで・・・・


うん、あ・・・そうだね。


うん、じゃあね。うん・・・・

またね。電話するね・・・・」


蒼音はそっと受話器をおいた。



懐かしい時バアの声を聞いて、ほんの少しだ、けセンチメンタルな気分に陥りそうだったが、気をとり直して宿題にとりかかった。


『蒼音、今のおばあちゃん?』


「うん、お母さんのお母さんだよ。

遠くに住んでるから、今は滅多に会えないんだけどね。


小さい頃は僕も時バアの家の近くに住んでたんだよ。

小さかったから、その頃のことはあんまり覚えていなんだけどね」


そう話しながらも、蒼音は記憶に残る、今ではもう、色あせてしまいそうなほど懐かしい想い出を呼び起こしていた。



蒼い澄んだ空、そして茜色の夕陽に照らされた、里山の稜線。

稲穂の海・・・・・・僕の理想郷。




「・・・とっても眺めのいいところだったな。


四季の景色がそれぞれに違うんだ。

特に秋の初めは綺麗だったな・・・

茜音にも見せてあげたいよ。


あれ?不思議・・・・

ていうか僕、結構覚えているよね。


でも、小学生にあがってから、なかなかいい季節には遊びにいけないんだよな。

だけど・・・僕、時バアにさっき変なこと言っちゃった。

えへへ」


『蒼音一人じゃないよ。あたちいる。


小町もいる。琴音もいる。

お父しゃんお母しゃん、時バアいる。


たくさんいる。

もっともっと・・・生きていればもっと仲間が増えるよ。

世界中誰とでも仲良くなれるよ』


茜音はまっすぐな瞳で蒼音に訴えかけていた。


多くの語彙を知らない茜音だけれど、きっと伝えたい想いがたくさんあるのだろう。



「あ・・・茜音・・・・

うんそうだね。


ありがとう。

本当だ。自分さえその気になれば僕はいつだって、誰とだって繋がることが出来るよね。

茜音はそう教えてくれたんだね。

そう伝えてくれたんだね」


心がじんわり温かだった。


茜音がそばにいると素直になれる気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ