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稲穂ゆれる空の向こうに  作者: 塵芥
発露
10/64

視えるの?

翌朝、朝食を済ませた蒼音は、休日をくつろぐ両親を家に残し、茜を連れて町内へ散歩に出かけた。


「ちょっと近所を探検してくるね。

昼までには帰るから」


学校周辺の道を憶えるためと、そしてもう一つ、両親以外の他の誰かにも、本当に茜の姿は視えないのだろうか?

それを確かめるために。


今日は幸い土曜日であり、通学路に小学生の姿はほとんど見当たらなかった。

転校したての昨日の今日で、あまり学校の子供と遭遇したくはなかったのだ。


『蒼音、朝のさんぽ気持ちいい』

「うんそうだね」

『あたち、蒼音とさんぽたのちい』


茜は機嫌よく蒼音の後を、ふわふわ漂いながらついて来た。

蒼音はそんな様子を見て驚いていた。


(・・・ふうん、茜って幽霊のわりに朝日は平気なのか。

今朝ベッドで目が覚めた時も、僕のすぐ真横で茜が寝息をたてていたから、びっくりしちゃったよ。幽霊も眠るんだって。

それに・・・

昨日の出来事はやっぱり夢じゃなかった。

そう改めて実感したから)


『?蒼音、今何考えてる?』

「ん?うん、なんだかおかしくって。

茜を連れて歩いていると、犬の散歩?

ううん、手乗りインコを飼っている気分なんだもん」

蒼音は時折すれ違う通行人に、怪しまれぬよう小声で答えた。


『インコ?それ可愛いの?』

「かわいいよとっても」



茜と二人たわいない話をしながら歩いていると、とうとう小学校まで来てしまった。


「・・・やっぱり誰にも茜の姿は視えなかったようだね。

こうやって歩いていても、誰一人として、宙に漂う和服姿の女の子を怪しむ人はいなかったね」


校門前に立ちすくみ、蒼音はうつろな瞳で学校を眺めていた。


休日の学校には独特の空気が漂っている。

昨日登校したばかりなのに、平日とは全く別の建物のように見えるのが不思議だ。


ひとけのない校舎では、子供達の想像も及ばぬ次元の扉が、そっと開かれているのではないか?


魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)が我が物顔で廊下や教室を跋扈(ばっこ)して、皆の持ち物にいたずらをしているのではないか?


そんな禍々しい空想を掻き立てられるほどに、休日の校舎は妖しげで異様なオーラを醸している。


校舎同様、休日の中庭もまた、摩訶不思議な場であった。

ひっそりと佇む池の中のビオトープで、ゆったりと泳ぐ鯉やメダカの群れ。

無駄に閑散とした空間が、もったいなくもあり、それが清々しくもあり。



しかし初夏の今、運動場の様子は違うようだ。


土曜の校庭では、少年野球チームの子供達が、一生懸命に練習する姿があった。

溌剌と威勢よく掛け声をあげ、爽やかに走る姿は青春真っ只中だ。


太陽の下、仲間とたわむれ汗を流す同年代の子供達を見ていると、蒼音はたまらなく胸が締め付けられた。

転校を繰り返す蒼音に親友と呼べる友人は、この世のどこにもいなかった。


(もし・・・・

僕が孤独じゃなかったら、幽霊なんてとり憑く隙もなかったのかな?)


『蒼音どうちた?ぐあい悪いの?』


落ち込む蒼音を気づかい、周囲をぐるりと浮遊しながら、茜は心配そうに顔を覗き込んできた。


「ううん大丈夫・・・もう家に帰ろうか茜」

二人が学校を後にしようとしたその時、後ろから聞いたことのある声が飛んできた。


「園田君!」


振り返るとそこには琴音が立っていた。


「あ・・・えっと・・・・

桜井さん・・・・?」


「うん、同じクラスで隣の席の桜井琴音。

覚えていてくれたのね、あたしの名前。

せっかく転校してきたのに、土日を挟んじゃうなんてあんまりよね。

今日は?

学校まで散歩?」


「うん、ちょっとね。

桜井さんこそ土曜日に学校?それにその格好・・・・

えーと・・・・」


「うん、体育館で剣道をやってるのあたし。

驚いた?

よく言われるの。

琴音っていうくらいだから、お琴の教室にでも通ってるんじゃないか・・・

なんてね。実はそんなにおしとやかじゃないのよ。

土曜日の午前中は稽古なの。

園田君、よかったら稽古体験してみる?

小学生から中学生まで、うちのお兄ちゃんとか同じ学年の子もいるよ」


「あ、ううん。


僕はいいよ。運動音痴だから」


剣道着の袴を着こなす琴音を目の前にして、蒼音はちょっとドギマギしていた。結い上げた長い髪も昨日とはまるで別人に見えたからだ。

蒼音の心臓の音が、まさか琴音に聞こえたのだろうか?


彼女もまたもじもじと、落ち着かぬ様子で蒼音をじっと見ていた。





「・・・・・ねえ・・・・

ところで一つ聞いてもいい?」


「え・・・?」


「・・・・あの・・・・・・・・

あたしが教えちゃっていいのかな、こんなこと・・・その・・・・・・

園田君はもう感づいているよね?


その様子ならそうだよね?」


「え、あの・・・何が・・・」


蒼音の脈拍が早まった。


「あの・・・・

後ろにいる可愛い女の子は、園田君の妹さん・・・・・・

なわけないよね。

だってふわふわ宙に浮いてるもんね・・・・

あは・・・・・」


何気ない琴音の一言で、蒼音は先ほどの気の迷いもふっとんでしまった。


「視えるの?!・・・・・

桜井さんには視えてるの?」


蒼音は琴音に食いつかんばかりに詰め寄った。


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