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女子トイレの噂

作者: きゅうり

魚池高校には、不気味な噂がある。


数々の生徒の間で有名なそれは、なんでも築40年にもなる旧校舎のトイレに関する事らしい。

「旧校舎の女子トイレは、呪われている」

友人から聞いた話では、放課後日が落ちた頃に一人で入ると、二度と元の世界に帰ってくることができないという。


その話を聞いたときは、私は馬鹿馬鹿しいと鼻で笑った。


行方不明になる?

本当にそんなことが起こるのなら、立派な失踪事件だ。

警察が介入し、マスメディアが大々的に報道していてもおかしくない。

当然この学校でそんな大事件が起きたことはなく、トイレに関する話もせいぜいが噂止まり。


私は心霊スポットやら心霊写真やら、そういうものが大好きないわゆるオカルトマニアだ。

だが実際のところ、本当にこの世の物理法則で説明できない現象に出会ったことは、一度もない。

きっと今回も、空回りで終わるんだろうな。

結末はわかっていながらも好奇心を抑えきれなかった私は、例の怪談を耳にしたその日のうちに、噂の真偽を確かめてみようと思い立った。


深夜3時。街灯を頼りに魚池高校の前まで来ると、私は見回りの警備員が近くにいないかどうか警戒しながら敷地内に入った。

一オカルトマニアとして、これまでも様々な心霊スポットに足を踏み入れてきた私だが、何気に夜の学校に登校するのは人生で初めてであるため、色んな意味で緊張する。


いつもの賑やかな学び舎とは程遠く、まるで廃墟のように使い古された旧校舎は、建物の中に底しれない闇を飼っていた。

外から窓を覗き見るだけでも、中には一切の光が届いていないことがわかる。

雰囲気はまあ、合格だな。

鍵の空いていた窓があったのでそこから校内に入ると、私は懐中電灯のスイッチを入れた。

目指すは、3階の女子トイレ。

限られた視界を頼りに恐る恐る錆びれた階段を登ると、私の足音だけが周囲に響き渡る。

息づく全てが去ってしまった静かな暗闇で、私の頭は足りない情報を補おうと勝手に想像を働かせ始める。

もしこの暗闇に敵意を持った邪悪な何かがいるのなら、それはすでに私の存在に気づいてしまっただろう。

いつ、どこから、何が襲ってくるかわからない恐怖にかられ、私の心臓は早鐘を打つ。

そのスリルが、たまらない。

目的のフロアにたどり着くと、私は廊下の壁に懐中電灯の光を這わせて様子を探る。

埃っぽいコンクリートの壁には、油性ペンで書かれたのかたくさんの落書きが並んでおり、かつてこの場所に人がいたことを確かに示していた。


それでも、今は私一人。この閉鎖空間には、私一人しかいない。

何かが起きても助けは来ない。

いやそもそもその"何か"が起きることは、あるはずがないのだが。


懐中電灯が照らしてくれる肩幅ほどの小さな視界の中、次に光を向けたところに真っ赤な手形でも貼り付いているかもしれないと思うと、冷や汗が額を流れる。

廊下の行き止まりにまでたどり着くと、探していた扉が姿を表した。


ついに来てしまった。旧校舎3階の女子トイレ。

女子用のものであることを表す記号が記された扉は、手で軽く押すと簡単に開いてくれた。


ここが、例の噂の場所。

私が扉をくぐると、センサーで感知する方式なのか、トイレの電気が一斉に付いた。

先程までとは違った昼間のような明るさに少し安堵すると、周囲を見渡す。


私が他の場所でいつも利用しているのとは違いのない、ごく普通の女子トイレ。

少し気になるのは、旧校舎の外観とは似ても似つかない、新築のような清潔さだ。

まるでこのトイレだけが、つい最近リフォームされたかのよう。

ちょうど緊張でお腹が緩んでいたので真ん中の個室に入ると、私は扉を閉めため息をついた。


「はぁ・・・・・・」


ガッカリだ。

怖い話がなんだとかいろいろ噂されていても、結局のところただ夜が訪れただけの学校。

一般的にイメージする賑やかな雰囲気との落差が不気味というだけ。

私が期待していたようなオカルト現象は、何一つ発見できなかった。


「帰ろう・・・・・・」


真偽のほどを確かめ終えた私は、トイレを流して立ち上がった。






 ふっ、と周囲の電気が消える。


一瞬驚いたが、センサー式の照明なら人が通らなくなって電気が消えるのは当然のことだと頭で納得する。

現に今私のいる個室だけは、明かりがついている。


だが、私は不意に身体から力が抜けると、尻を便座に叩きつけた。


初めての経験に、戸惑う。


そうか。


これが、腰を抜かすという現象か。


周囲の電気が消えた。それだけじゃない。

明らかに先程とは空気が変わったのを、私ははっきりと肌で感じ取った。


間違いない。


"何か"がいる。


私しかいないはずのこのトイレで、何か、何か変化が起きている。


私は、個室の壁と天井の隙間を恐る恐る見上げた。


もちろん見えるのは、無機質な暗闇だけだ。何秒見つめても、何分見続けても、その光景に何も変化はない。


だが、そこから突如死体などが飛び出してきたら・・・


ありもしないことを想像し、震える。


今まではこんなこと、一度もなかった。


雰囲気が心霊スポットとして一人前というわけでもない。

ごく普通のトイレだったはず。


何か、何かがおかしい。


個室の中から見える光景に何も変化はないはずなのに、刻々と空気が冷たく、重くなってくる。

聴覚が鋭敏になり、ありもしない音を拾おうとする。

心臓がはち切れそうだ。血液が沸騰せんとばかりに体が熱くなる。

本格的に死の恐怖を感じ、早く逃げろと私の中の本能が訴えかけてくる。


緊張と恐怖が極限まで達したとき、なんの前触れもなく全ての便器が轟音を立てて一斉に流れ出した。


「きゃあああああ!!」


私は思わず悲鳴を上げて飛び上がった。


胸を押さえ、必死で息を整える。


落ち着け。ただ自動で流れただけだ。


最近の学校のトイレには定期的に自動で水を流して中を洗浄する設定の便器もある。


今たまたま、そのタイミングが来てしまっただけだ。


水の流れる音が段々と遠のいていく。

破られた静寂が、戻ってくる。


冷静になってみれば、まだ物理的に説明が付く現象しか起きていない。

心霊現象なんてものはこの世に存在しない。そうだ。そうに決まっている。

私はそう自分に言い聞かせて、必死で笑顔を作った。






 ぽと





静寂の中、小さな音が1つ、響き渡る。


「・・・・・・え?」


私は頭で考えるより先に、体が動いていた。

個室の扉を開けると、真っ暗な世界が私を出迎える。


何?今の音。


懐中電灯を付けて床を照らすと、そこに落ちていたのは固形石鹸だった。


固形石鹸。


私は鳥肌が立った。


ありえない。


さっきトイレに入ってきたときには、確かに床には何も落ちていなかった。

きれいな床だと感心したのだから、間違いない。


そしてさっきの、何かが落ちる音。


この石鹸は、洗面台から滑り落ちてきたことになる。


だが、洗面台は真っ平らであり、何の力もなしに移動することは、絶対起こり得ない。


起きてはならないこと、なのだ。


私は言葉を失った。


常夏の真っ只中だというのに、今この場所の空気だけが暗く冷たく、まるで本当に別の世界へ来てしまったかのようだ。


私は早く逃げ出したいのに、足が勝手に後ずさる。


耳鳴りがするほどの静寂から、あるはずのない音が聞こえる。


綺麗に清掃されたトイレから、死の匂いがする。


私は、軽い気持ちでこの場所へ来てしまったことを後悔しながら、その場にへたり込んだ。







突然、勢いよくドアが開いた。


複数の大人たちが足音とともに女子トイレに踏み込んでくる。


彼らの持っている懐中電灯が、汚れた天井、床に散らばった髪の毛、壁の引っ掻かれた跡、洗面所の濁った水、腐ったモップを次々に映し出す。


だが私は、それらの光景に気づくことはなかった。


なぜなら、"本当に心霊現象に遭遇してしまうこと"よりも恐れていた、最悪の事態が、今起きてしまったからだ。


「動くな!」


「な、なんですかあなた達は!?」


私は周りを囲む大人たちに慌てて問いかける。


「先程、魚池高校の旧校舎から""男""の奇声が聞こえたという通報があった。こんな夜中に来てみればまさか女子トイレとはな。」


一人の警官が軽蔑するような視線で見下ろしてくる。


私は口角から泡を飛ばしながら必死で弁明した。


「ま、まま待ってください!わわ私はただ怪談話に興味があってその真相を確かめに来ただけなんでしゅ!!決していかがわしいことなんて」


「黙れ変態!!」


「次に許可なく喋ったら射殺する!」


怒りで顔を真っ赤にした婦警たちが、私に銃口を突きつけてくる。

もはや憤慨することもなくただゴミを見る目で私を蔑む警官は、丸々と贅肉のついた私の両手に手錠をかける。


「午前4時01分。建造物侵入の現行犯で男を逮捕」


「違うんです!本当に違うんでしゅぅ…」


私はなけなしの言い訳虚しくパトカーで警察署に連行されてしまった。







「では1階廊下の戸締まりミスということですか。」


「いやぁ、本当にこんな騒ぎにしてしまってすみませんねぇ。」


後日、警官は例の事件について学校の警備員に事情聴取をしていた。


「でも変ですね。」


警備員の老人は不思議そうに首を傾げた。


「変、とは?」


「いえ。あの校舎は1階にしかトイレがなくて不便だって、いつも生徒たちが不満を漏らしていたんです。」


「・・・・・・?・・・・・・・それって・・・・・・どういう・・・・・・」


老人の言っている意味が分からず、警官は戸惑いながら男を逮捕したあの日の状況を鮮明に思い出した。


確かにあの時現場へ向かう途中で、階段を登ったはずだった。


「3階に女子トイレなんて、ありませんよ?」

半分実話です。

トラウマです。

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