7.火の精霊王
※アリス視点に戻ります
お義母さまにサロンに誘われ、一家団欒の一時を過ごしております。
このフィーニス辺境伯家には、当主であるイザーク様の下に男の兄弟がお二人いらっしゃいます。すぐ下の弟シュテファンさまと、その下の弟カミルさま。弟と言っても、おふたりとも私より年上なのです。シュテファンさまは27歳。私の姉と同じ年です。カミルさまは24歳。私の長兄と次兄の間です。どちらも黒髪の美丈夫です。シュテファンさまの方がイザーク様より背が高いようですが、線は細いですね。お顔は瞳の色と形がお義母さまと同じ深い青ですが、耳の形や顎の線はお義父さまにそっくりです。カミルさまは、髪の色こそお義父さまと同じ黒色ですが、お顔はすべてお義母さまにそっくりです。細面で瞳の色は深い青。猫目でキレイなお顔です。
イザークさまはお義父さまにそっくりなのですね。黒髪に琥珀の瞳。とても綺麗だと思います。お義父さまはお髭を蓄えていらっしゃるから印象はだいぶ違いますが。
夏の終わりのまだ暑い季節のはずなのに、今日はやけに寒くて暖炉に火を入れて貰いました。私は、母方の祖母からよく聞いていたフィーニス家の守護精霊さまのお話を皆さまに伺いました。フィーニス家の初代当主が火の精霊の王と契約し、それ以来、代々当主の守護をするよう契約したのだとか。
「フレイヤのお陰で私は命を落とさずに済んだ。ご先祖様あってのご加護に助けられたよ」
片腕と片足を失うような大怪我を負うなんて、なんとも痛ましいことです。今は穏やかなお顔でお話をしてくださるお義父さま。
……イザークさまとも、こんな風に穏やかなお顔でお話し出来る日が来るといいのだけど。
まだ、たった一言。
旦那さまのお声は、一言しか聞かせて貰ってません。私の、旦那さま……イザークさま……。
心の中でイザークさまに思いを馳せたその時。
圧倒的な熱量が突然部屋に出現しました。
「え?」
「おぉ! サラマンダーの王よ、久しぶりだ!」
お義父さまが突然部屋に現れた見知らぬ人に話しかけました……人? いいえ、浮いています。それに、サラマンダーの王、と声をお掛けしてましたね。それってつまり火の精霊の王さまってわけで……火の精霊の側にはイザークさまがすっかり汚れたお姿で立っていました。
イザークさま……
「なんだ、息子を連れ帰って下さったか。お手数をお掛けして申し訳ない」
「まぁ、イザーク。あなた、今までどこをほっつき歩いていたのですか! すぐに其の身の汚れを落としなさい。その形で部屋の中に入るなど、許しませんよ!」
お義父さまとお義母さまのお言葉は、目を瞑って聞いたら外遊びをしていた5~6歳の子どもに言っているような内容です。
「旦那さま……どこから現れたのですか? 魔法ですか?」
「あぁ、兄上はサラマンダーさまのお力をお借りしたのですよ。火の有る所ならば、どこへでも行けます。今日は暖炉に火が入ってますからね」
「サラマンダーさまに認められた人間、つまりフィーニスの当主でないと、不可能ですがね! 俺らが小さい頃、父上が突然サロンに現れた事がありましたよ!」
私の独り言のような疑問に、シュテファンさまとカミルさまが口々に教えて下さいます。なるほど、火の精霊さまのご加護持ちならではのお話ですね。凄いです!
「シュテファン! カミル! お前ら、ちょっとこっち来い」
「「ひっ…!」」
イザークさまがとても怖いお顔で弟君お二人を手招きしています。お二人は何故か怯えていますが。何か怒られるような事をしてしまったのでしょうか? 渋々といったご様子でシュテファンさまとカミルさまが、イザークさまの元へ向かうのを目で追っていたら、それを遮るように私の目の前に立ったのは、火の精霊王さまでした。
目の前に立つ、とは言うよりは、浮いていると言った状態です。
燃えるような髪と、瞳の色は輝く金色です。男の方のようにお見受けしますが、精霊なので雌雄の差はないのでしょう。あぁ! いけません、ご挨拶しなければ! 慌てて椅子から立ち上がり跪きます。
「古より、我ら人と共にありし火の精霊の王よ。ご挨拶申し上げてもよろしいでしょうか?」
私を見降ろす火の精霊の王さま。とても優しい瞳で私を見て、鷹揚に頷いてくれました。
「今代の当主、イザークさまの元に嫁ぎました、アリス・アンジュ…フィーニスと申します。お見知りおき下さいませ。父はアウラードのカルロス、母はナスルのガブリエラでございます」
『アリス……うむ、覚えたぞ。ナスルと言ったか? もしかして、ミハエラ・ナスルの血脈か? この辺境伯一門の流れを汲む娘か……フィーニスにおかえり、アリス。イザーク同様、そなたにも加護を与えよう』
ゆっくりと屈んだサラマンダーの王さまが、私の額に口づけを落としました。額から全身にぽわんっと温かい空気が私を覆いました。その温かさは暫くして消えましたが……冬場に常備してくれないかしら。
『アリスよ。もしやと思うが、そなたの目に我はどう見える? イザークに似ているか?』
はい? 精霊王さまが、イザークさまに似ている?
「いいえ」
私には、精霊王さまがイザークさまと似ているとはとても思えません。
私が答えると、精霊王さまは満足そうに笑いました。
『やはり、そなたはあれに似合いの嫁だな。あれはフィーニス当主としては有能だが、如何せん、それ以外不器用な男だ。そなたが広い心で待ってやってくれ』
「? はい、畏まりました」
火の精霊王さまのお言葉に、私は素直に頷きました。
───事件は、その直後に起こりました。