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4.イザーク・ヴァルク・フィーニス

 

 ※イザーク視点です




 魔界との国境。

 スタンピードがあればすぐに溢れ出す瘴気と魔物たち。それらを討伐する使命を背負った一族が、我らフィーニス辺境伯家とその一門。

 19歳で当主となり、辺境伯位を継承したお披露目として、王宮に叔父と共に顔を出した事があった。国王陛下に謁見し、他の貴族どもとの顔合わせを兼ねて夜会に出席したが、あの空間は地獄だった。

 仮面のように固定された笑顔の下に殺気を隠し談笑する高位貴族たち。若輩の辺境伯かと見下す彼らの品定めする視線。宮中で繰り広げられる心理戦は、当時の俺には荷が勝ち過ぎた。愛刀を振るい、魔の森を駆けながら魔物討伐する方が遥かにラクだ。

 特に甘ったるい香水を身に纏い近づく着飾った女共には辟易した。あの人工的な香水の臭さには鼻が曲がる。二度と俺の側に近寄って貰いたくないと思ったものだ。

 それ以来、王都には足を踏み入れていない。



 当主の座に就いてから早8年。27歳になった時、叔父に早く嫁を貰えと怒られた。魔物討伐ばかりに明け暮れ、気が付けば婚期を逃していた俺を憂いて一族に連なる娘を見繕ってやると言われた。我がフィーニス辺境伯家にもその勇名が知れ渡っていた()()生きる伝説『魔戦場のミハエラ』様の孫娘だという。俺が曖昧な態度でいたら、いつの間にかその縁談が纏まっていた。俺は良いとも悪いとも言っていなかったのに。解せん。俺の守護精霊のフレイが早く嫁を見せろと煩かった。勝手に見に行けと言ったら『そなたの嫁になるまで待つ』という。律儀な精霊だ。



 30になった途端、母上に怒られた。

 お前はいつまで婚約者を放置するのか、と。その時、ようやく婚約者という存在がいたのだと思い出した俺は大概だ、とは思う。だが、ほんの一時間前に討伐から帰還した息子に言う言葉がそれか。


「お前の言い分も理解してますよ。わたくしも辺境伯家当主の妻でしたもの。お役目大事、良いことです。それでもお前に言いたいのはね、貴方のお父様が今の貴方の年の時には、既に貴方がこの世に存在していたという事実ですよ! なんて不甲斐ないの、この息子は! 浮いた話の一つも持って来ない甲斐性なし!」


 口で母上に勝てる気がしない……そうですね、確か、父上が20の時の子どもが俺で、母上は18の時だったとか。俺が爵位継承のお披露目を終え、王都から帰還した時に飽きる程聞かされた。

 母上としては、俺に王都で嫁を捕まえてきて欲しかったらしい。だがそんな事、終わってから聞かされた所でどうにもならん。父上は俺と同じように顔見せに王宮へ赴き、その場で出会った母上を嫁として捕獲し領地に帰還したらしい。超絶やり手だ。それは認める。


「既に婚約者がいるんだから、浮いた話があったらダメだろう」


 笑いながら近づいて来たのは俺の父、前フィーニス辺境伯様だ。母上は、父上の登場にすぐさま駆け寄り介助する。父上は俺に爵位を移譲する前に戦場で片足と片腕を失った。そんな出来事はこの地ではよくある事で、父は今では義足を着けて生活している。母はいそいそと嬉しそうに父の面倒を見ている。仲の良い夫婦だ。


「甲斐性なしだなんて、酷い罵り言葉だよ、パルフェ。自分の息子とはいえ、謝った方が良い。君の息子はよくやってる」


 父上に優しく諭された母上が、不承不承(ふしょうぶしょう)俺に謝った。


「それに、嫁を連れてこないのはイザークだけではないだろう? シュテファンもカミルも、女より魔物の相手をする方が楽しいなんて言う戦闘狂だ。……育て方間違えたかなぁ……」


 渋面を作る父上だが、俺には肯定も否定も出来なかった。弟たちも俺に負けず劣らずの戦士で、家で大人しくしている時間より、嬉々として魔の森を駆けている時間の方が長いような奴らだから。


「ま、それもあと二週間だろう? 花嫁さん、待ち遠しいね」

「……は?」

「そうでした! イザークの花嫁が二週間後に到着するわ! アリス嬢が到着したらすぐに結婚式よ!」

「……はい?」


 その存在さえ忘れていた婚約者が、この辺境の地に来ると知らされた俺の心境を慮ってくれる者は誰もいなかった。




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