愛妻が恋しくて堪りません。どうすればいいでしょう?
(本編最終話、アリスが溜息つきながらお茶をしていた頃の、イザーク)
『そのまま一歩も歩かせない生活を強いれば、アリスは衰弱して死ぬぞ』
火の精霊の王のそんな言葉に、イザークは結界を完全解除した。
イザークに愛妻を衰弱させる気など微塵もなかったし、死なせるなど問答無用に言語道断。
彼は渋々ながらも、結界を解除し、愛妻の健康のためだと自分に言い聞かせながら、彼女を侍女たちに託した。
愛妻を侍女たちに託したあと、イザークは魔の森に足を踏み入れた。
フィーニスの当主は魔の森に住むと噂されるほど頻繁に訪れる訳は、ここに探し物があるからだ。フィーニス当主にだけ知らされる事実。火の精霊王より依頼された探し物は、本当に存在するかもわからないなんともあやふやなモノだ。
特に大規模スタンピードの後は、念入りに探さねばならないのだとか。“ソレ”を放置したままだともっと大きな魔を呼び、それはやがて“魔王”と呼ばれる凶悪の存在に進化するらしい。
火の精霊王から口伝で教えられるそれは、この世にあるかどうかも解らない、無いかもしれないモノを捜索するのだ。
探し物の名を“魔の森の宝珠”という。
イザークにとってそれは、名を聞くばかりで一度としてお目にかかったことのないシロモノだ。
火の精霊の王、フレイでさえ確実にあるとは言わない。だが、絶対無いとも言わない。なぜなら過去に一度“魔の森の宝珠”は存在したからだ。それを放置し続けたために、魔王は何度でも蘇った。無限に続く負のエネルギーの放射を受け、魔物たちは活性化する。
―――らしい。
フレイがそう言うから探すだけで、今現在、本当にあるのかどうかも疑わしい物の捜索など、あらゆる意味で気力体力に優れた者でないと継続不可能だ。
だから、フィーニスの当主―― 一番強い男 ―――が捜索する。
探しながら、ワイバーンやバジリスクを屠ったりもする。
イザークは困惑していた。
以前なら。なんの疑問もなく今日のような日を続けていたはずだ。魔の森を駆け、異常な負の波動が無いか捜索する。魔獣を屠る。
だが今はどうだろう。
集中出来ない。
屋敷に残して来た愛妻が脳裏から離れない。
アリスは可愛かった。
いや、彼女の可愛らしさなど今更だが、閨でのアリスは格別に可愛らしく、かつ、清らかで女神が降臨したと思った。白い裸体は眩しく輝いていたし、そのえも言われぬ薫香は……
妄想のせいで、うっかり転びそうになったイザークは足を止め溜息をついた。
ちゃんとアリスを愛したいと申し出たイザークに彼女は言った。
片方が一方的に愛するのではなく、ふたりで愛し合いたいのだ、と。
やはり彼女は聡明だ。話し合うことも、愛し合うことも、ひとりでするものではない。お互い向き合って、ちゃんと見つめ合ってなされなければ。
そんなあたりまえのはずなのに気が付かなかった真理を、彼女は気付かせてくれる。
「なぁ、フレイ」
イザークが声を出せば、すぐに顕現する火の精霊王。
「……もう、帰りたい」
弱音を吐けば、けらけらと笑われる。宙を浮きながら腹を抱えて笑う姿はどうにも人間臭い。
一頻り笑ったあと、フレイは言った。
『イザーク。そなた、何事においても“ほどほど”ということを覚えよ。妻帯し、女子の味を覚えたそなたが妻に執着し恋しがるのは自然の摂理。そもそも、だ。何か月も没頭して捜索せよと、誰が頼んだ?』
意外な言を聞いた、といった顔で精霊王を見詰めるイザーク。
それと同じ顔で、だがニヤニヤと彼を見詰める精霊王。
『そなた、何事においても極め過ぎる。歴代フィーニスの当主は、皆、我の願いの“捜索”を適当に熟しておったぞ? 大規模スタンピードのあとは特に警戒しろとは申したが、それで家に帰らず6か月も森で過ごしたのはそなただけじゃ』
「……え?」
『女子に対しても、じゃ。惚れた女子を抱き潰して殺す勢いなのは、いただけんな』
「……」
『執着も過ぎれば嫌われる元ぞ? そなた、妻に嫌われたらと考えてみたらどうじゃ?』
イザークにとって愛妻は欠けた半身だ。片翼だ。
彼にとって無くてはならない存在。それが彼の伴侶、アリス・アンジュ・ヴァルク・フィーニス。もう決して手放せない。
そんな存在に嫌われたら―――。
そう考えただけで、雷に打たれたような衝撃を受けた。
つらくてつらくて。
胸の奥が抉られたように痛んで。
知らず、両目から涙が溢れた。
『あぁ、あぁ、――そんな形で泣くな。あぁ……ほんに、そなたは歴代で随一じゃ。我をここまで困らせるな』
言葉では苦言を呈しながらも、精霊王の表情は柔らかい。強制的に熱風を浴びせ、イザークの零れた涙を乾かす。
『……のう、イザーク』
熱風を止め、精霊王はイザークの顔を覗き込む。
『心配せずともアリスは逃げん。あれは本当の意味でそなたの番じゃ。なぜなら、我とそなたをきちんと見分けておる』
フィーニス当主と契約した精霊王を見分ける。そんなことが可能な人間がいただろうか?
『我は、そなたと契約したその日より、そなたの姿を術で写しとった。だがそれは我の本質ではない。紛い物の姿じゃ。アリスはきちんと本質を視る目を持っておる。生半な術では惑わされぬ。そなた流で言うならば……愛の力、かのう? まこと、アリスは得難い、そなたに似合うよう運命られた乙女よ』
本来、精霊王は人の世の理には関わらないと聞く。
フィーニス当主とここまで関わるのは、フィーニスの初代当主が精霊王と契約を交わしたからだ。精霊王の“魔の森の宝珠”を探したいという願いを叶える代わりに、代々の当主を守護するように、と。
その際、当主の姿を写しとり影武者のような役割をもしたらしい。
だが、本質を視る者は本物を見分ける。逆に言えば、当主と精霊王の見分けがつかない者は伴侶になる資格がないのだ。
そういえば、イザークは子どものころ突然顕現するフレイと父の区別がつかなかった。だが、母は間違えなかった。
「もう、日が暮れる……帰ってもいいよな?」
進行方向を反転させ、フィーニス本家邸宅へ向かい走り出しながらイザークは言う。
精霊王は空を見上げた。日はまだ高いが、身体強化させたイザークの足で走れば、本家邸宅に着く頃には夕暮れ時になりそうだ。
『好きにせよ……我の手を取らぬのか?』
いつかのように軽い調子で訊く。精霊王の力を使えば邸宅に瞬間移動することなど容易い。
「……いや。自分の足で帰る。ほどほどに疲れて帰らないと、またアリスに没頭してしまう」
一度帰ると決めたら心が逸るが、だからと言って精霊王の能力を使う程急ぐなど、がっついた男にはなりたくなかった。
『そうだ。ほどほど、だ。そなたには難しいようだが』
それがいい、と精霊王が笑う。
「フレイ、うるさい」
走りながらでも、会話を交わす事など苦にはならない。寧ろ、気が紛れていいかもしれない。
『今日は良いが、明日はまたちゃんと捜索に励めよ?』
「……わかってる」
『ほんに、そなたは手がかかる』
イザークの気持ちを知ってか知らずか。
精霊王はいつもより饒舌な彼に付き合い、軽口を叩いてくれた。
取り敢えず、書きたいことは書き終えました。
ここまでお付き合い、ありがとうございました<(_ _)>
拙作『私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい』(N8218HE)https://ncode.syosetu.com/n8218he/
と同じ世界のお話でした。
が、時代が違うので言うまでもないかなぁ、と。途中で気が付いた奇特な方、いらしたかしら。
最後に。
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