3.嫁入りの事情
破瓜の血の量が半端なく多かったせいで、皆様にとても心配をかけました。
逆に、気をつかわれ過ぎて申し訳ないくらいです。
私自身に痛みを感じない(ハンナは優秀な治癒魔法の使い手だとかで、彼女の治癒のお陰です)ので、なんだか夢の中で起こった出来事のような気がします。
……なんていうと、またハンナたちに憐みまじりの視線を受けてしまうので、また気をつかうのですが……。
やはり体格差という大きな問題が有りますよね。大きさの合わないネジを無理やりネジ穴に押し込んだら、ネジ穴が壊れるなんて、誰にでもわかる事でしょう? 物の道理という奴です。
あぁ、でも世の中にはネジの方が壊れるって現象もありますねぇ。私の旦那さまは頑丈でしたのね。闇ではっきりとは拝見しておりませんでしたが、なにやらご立派なイチモツでしたよ。とは言っても、私が記憶の中で比べているのは、産まれたばかりの頃の甥っ子のソレですからねぇ。
恐らく、あの流血騒ぎのせいでしょう。初夜以来、旦那さまのお渡りが有りません。どうしましょうね。お渡りどころか、お顔も拝見していないのです。
そもそも私は多産が見込まれて嫁いだのです。
でなければ平々凡々の私が誉れある辺境伯家になんて嫁げません。
私の家は私と同じく平々凡々な子爵家です。ヒト様の話題に上るのは多産エピソードくらいでしょうか。母方の家系が代々多産な上に安産が有名でして。女領主だったお祖母様は、魔物退治したその1時間後に私の母を産んだ、とか。えぇ、臨月で魔物討伐に参加していたのですよ。孫の私から見ても豪気な方です。参加していただけでなく、実際に魔物を屠っていたという事実が凄まじいわよね。63歳の今でも現役で魔物討伐隊に加わっている生きる伝説です。で、そんなタフな祖母から生まれた母は、そのタフな血筋を見込まれて父(アウラード子爵家)の元に嫁ぎまして。見事に五男三女の子宝に恵まれまして。
つまり、何を言いたいかというと、私がこのフィーニス辺境伯家に嫁入りした訳は、そんな祖母や母のように、子ども、ぶっちゃけ跡継ぎを産むことを主目的としたものなのです。でなければ、祖母のように特別な戦闘能力も無い、姉のように美しい容姿も無い、何もかも平凡なただの子爵令嬢が、由緒ある誉れ高い辺境伯家の当主さまに嫁ぐなど無理な話だったのです。私に期待されているのは、一人でも多く子どもを産むことなのです。
でもねぇ。
どんなに畑が栄養豊富でも種を蒔かなければ芽は出ません。花も咲かない実もならない。
つまり、現状での私はお役目を全う出来ないのです。どうしましょう。なんとか旦那さまであるイザークさまにその気になって貰わねば! とは、思うのです。
私は、ちゃんと役に立ちたいのです。私が嫁いだ使命をちゃんとまっとうしたいのです。今のままではフィーニスの方たちにご面倒をおかけするだけの足手まといの役立たずです。
ですが、朝食の席にも顔を見せないまま、いつの間にか、魔物退治の遠征に出てしまってるとかで、どうにもこうにも。
あの流血騒ぎの朝からかれこれ二週間、音沙汰なしです。
せめて、お手紙を寄越すことは出来ないかしら。
私は毎日手紙を書いているのですが、それはお手元に届いているのかしら。
旦那さま、気が付いていらっしゃるかしら。
私たち、まともに会話を交わしていないという事実に。
せめて、あの時。
『俺の愛は、期待しないでくれ』と言われた時に、私が気の利いた返答をしていれば会話を交わしたと言えるのだけど。
あの時は驚きの余り、何の返事もできませんでしたからねぇ。
とは言っても、どう返答すれば会話になったのかしら。
私が姉のように美しい金髪碧眼のぼん、きゅっ、ぼんなら、もっと優しく扱って貰えたのでしょうか。一度姿を消して、私が寝たのを見計らってコトに及んだということは、その気にならない小娘だったけど、この結婚の意義を思い返して引き返して来た、ということでしょう。私の顔なんか見たくない、反応なんてどうでもいい、そう思ってのあの態度だったのだと推察します。
……それも当然ですね。私は金髪とはとても言えない、くすんだ麦わら色の髪。よくある若草色の瞳。顔は丸くてこどもっぽくて、たぶん、私の印象は森の小動物。リスとかネズミとか。あぁ、そうか。ひとつ誇れるとすれば、小さい頃から風邪一つ引かない健康優良児だったこと、でしょうかね。
こんな私が、あの堂々として美々しいイザークさまの隣に並ぼうというのが、そもそも烏滸がましい話だものねぇ。
実は私、母方のおばあ様から、フィーニス辺境伯家、代々の歴戦の雄姿を聞き及んでおりまして。
若くして当主となったイザークさまのお噂も伺っておりまして。
いつしか私の憧れになっていたイザークさま。
まさか、その憧れのイザークさまに私が嫁ぐことになるなんて!
自分に白羽の矢が立つなんて思いも寄らなかった幸運に、胸を躍らせていた婚約期間だったのですが。
現実はこんなものです。
世の中ままならないモノ、と言いますものねぇ。
旦那さまのお顔は拝見できないけれど、使用人のみなさんが手厚く遇してくれるから、余りわがままを言うのも憚られます。ただ時間ばかりが無為に過ぎ、私は焦るばかりです。