27.蜜月(ハネムーン)、というもの
白い雲は空高くにあって、青い空に彩りを与えている。とても綺麗。
青い空は澄み渡って空気が綺麗。
「怠い……わ……」
晴れ渡った空に鳥の囀りが響き、長閑でありながら賑々しくもあり、なんとも心躍るような気分を与える穏やかな午後。
暑過ぎず涼し過ぎもしない、丁度いい気候の秋の日。
「腰も、痛いわぁ……」
私は自室のバルコニーでゆったりと午後のお茶を楽しんで……。
「眠い、わぁ……」
お行儀は悪いけれど、ぺったりとテーブルに頬をつけて呻いている私は、自分の誕生日の宴から三日以上の時間が過ぎているという現実に唖然としました。
気分的にはね、長い一夜が過ぎたなぁって感じだったのよ。やっぱり天蓋のカーテンを閉め切っていると時間の経過が判りづらいわよね。光が入りにくいから。それに、いつもハンナたち侍女が起こしに来てくれてたからね、それが来ないって事は朝が来ていないって事なのかなぁ、なんて……。
呑気者よね私は。
「はぅ……」
溜息ばかりついているわ……だって、すっごく怠いんだもの。
旦那さまの愛が……激し過ぎるのも、問題あるわぁ……。
私、本当に何も知らなかったのねぇ……
あの宴の後。セドリック兄さまと別れた後、旦那さまは私を連れて夫婦の寝室に足を踏み入れました。
私としても、この部屋に入るのは二週間以上ぶりで。なんだか余所のお部屋のような心地がしました。
その夫婦の部屋のソファに私を下ろして、旦那さまはお部屋をウロウロと……はい、きっちりと結界を張っていました。割と強めに。そしてソファに座る私の足元に跪いて。
「セドリック殿にも、王都にいる君のご家族にも、改めて誓いたいと思う。アリス。君を、もう二度と傷付けない。大切にする。君を守る。君を傷付けるモノ、全てを排除する。君を、……愛している。どうか……どうか、俺の、愛を、受け入れてくれ」
お山の花畑でも思ったけれど、旦那さまってば、お顔も身体つきもお声までも、私の好みド真ん中なんですよねぇ。その旦那さまにこんな風に懇願されて、心揺れない女がいるのかしら。
……ちょっと抵抗してみたい気も。
「でも、旦那さまは……以前、……“俺の愛は期待するな”って仰いましたし……」
私が過去の旦那さまの発言を持ち出せば、絶望の表情に変わりました。
こんなこと思うのはアレだけど……チョット面白イ。
「――過去の俺を殴り殺したい。あの発言は撤回する。本当に申し訳なかった」
旦那さまは項垂れると、私の膝に額を付けました。旦那さまの頭頂部を見れるなんて、背の低い私としては珍しい体勢です。伏せた犬耳の幻影まで見える私に、旦那さまを許さない選択肢は無いのですが。
旦那さまの頭を撫でようと手を伸ばした時、
「これは、運命なんだと思う!」
突然、顔を上げた旦那さまの発言に、手が止まり、目も点になります。
「運命、ですか」
そんなに必死の表情で。
「俺は、君の事、運命の相手だと思っている‼」
伸ばしていた私の手を、両手でグッと掴み力説する旦那さま。運命だなんて、もしかして、私よりロマンチストなのかもしれません。
そういえば、精霊王さまが仰っていましたね。旦那さまは不器用な男だから私が広い心で待ってやれって。
「運命の相手である君と、子どもを作る事だけが目的ではなく、いや、それが最終的に子どもという形で実を結べば喜ばしい事ではあるのだが、その前に、君を、ちゃんと愛したいんだ」
一生懸命な表情です、旦那さま。
「愛したい……のですか?」
「だめ、か?」
いい年をした、身体の大きな、旦那さま。
小首を傾げて私のようなちっぽけな小娘に懇願しているなんて。もうそんな、情けないお姿は、私以外に見せてはダメですよ?
「では……旦那さまからの、一方的な愛ではなく……私と一緒に、愛し合いましょう……?」
「アリス…………」
「私、言いましたよね? たくさん、話し合いたいって。二人で判りあう為に、話をしましょうって。愛するのも、どちらか一方の愛だけでは、片手落ちになってしまいます」
違いますか? と訊ねれば長い腕に抱擁されました。
抱き上げられ、ベッドに運ばれて。
その時着ていたワンピース、背筋に沿って縦に沢山並んだボタンを外さなければ脱げないタイプのモノだったのだけれど、旦那さまはそれをちゃんとひとつひとつ外してくれました。
なんとなくイメージとしては、ボタンなんて力任せに全部引き千切りそうだと思っていたのだけど、それは私の想像力が貧困だと言わざるを得ないです。旦那さまに対しても失礼でしたね。
旦那さまは、本当はお優しくて繊細なお方でした。
とても肌理細やかで、かつ丁寧な仕事をするお方でした。
だからですかねぇ……最初は、もう、私の気持ちを盛り上げる事だけに専念なさって。この人、もしかして前世は犬?! と思う程、身体中舐め回されましたよ。それだけでなく、あちこち探られて。恐らく、今、私以上に私の身体をご存じなのは旦那さまでしょう。私の身体のどこを触れば、私がぐずぐずに溶けてしまうのか、旦那さまには全て掌握されてしまいました。声が枯れるまで喘がされるなんて、誰が想像できます? もう、本当にね、どうにでもして! ってなってしまっても、仕方ないと思うのですよ。
なのに!
「アリスの許しがなければ、俺は動けない」
とか、
「アリス、ちゃんと話をするんだろ? 言葉にして、俺に教えて?」
とか、抜かしやがるんですよ? 私に言葉にして指示しろって言うんですよ? 私、こういうの知ってますよ! 言葉攻めっていうんですよ! 旦那さまは策略家なのですよ!
私が言った『話し合いましょう』という言質を最大限に活用した策士ですよ!
いえ、それでもね。
私としては、不満ばかりではないのです。
丁寧に、丁寧に接して下さったから、二度目とは言え割とすんなりと旦那さまを受け入れる事が出来ましたし。
私のこんなこじんまりとしたお胸でも、旦那さまは構わないみたいだったし。
とても、気持ちよかったし。……うん。
気が付けば旦那さまの逞しい大胸筋の上で目覚めて、口移しでお水を頂いて。
何か食べるかと聞かれて、ベッドの上で怠惰で自堕落なまま、旦那さまのお手ずからフルーツを食したり。
旦那さまに凭れたまま、うつらうつらしても、優しく頭を撫でてくれるから、そのまま寝入ってしまったり。
気がつけば、いつの間にか旦那さまに気持ち良くされていたり。
男体のあれやこれやも教えて頂いたり。
なんとも、贅沢かつ爛れて自堕落な時間を満喫していました。
それが、まさか三日も経過していたなんて……。
そうよね、何回かお手洗い使ったのよね。旦那さまに運ばれて、だけど。使う度に、清掃された綺麗な状態だったわよ、ねぇ……。時間はそれなりに経過していた証拠でしたよねぇ……。
「はぁ……だるい、わぁ……。」
お籠りの間、旦那さまが湯浴みさせてくれたけど、どうしても旦那さまと浴室を使うと狭く感じるのよね。
旦那さまの事は、とっても好きよ。旦那さまが意外と手先は器用で、私の洗髪とかもちゃんとやってくれたって理解してるわよ。
でも、ひとりで使う浴室は広々と感じるし、バスタブの中で手足を伸ばせるし、やっぱりリラックス出来るわぁ……。
何が良いって、妙なドキドキを感じない事よね。旦那さまと一緒に湯を使えば、どうしたって無駄にドキドキするし、いつの間にか妖しい雰囲気になってしまうし、リラックスとは程遠い状況になってしまうのよねぇ。
やっぱりお風呂は一人で使うべき場所なのだわ! リラックスすべき所なのだもの……なんて、旦那さまには言えないけど。
いいえ。言うべき案件よね! じゃないと気が付かないまま、また自堕落な日々に突入してしまうわ!
やっぱり、堕落してはダメ。人として最低限の矜持を保たなくては。
昼間っから閨事に耽るなんて、やっぱり不健康よ!
昼間は体力温存。余裕があれば増強できるように、何か鍛錬でも考えようかしら。今のままでは、私、すぐ気をやってしまうから、旦那さまがご満足して頂けるのか判らないし……。
いやね、こんな事ばかり考えてしまって。
いつもはあれこれと私を構ってくれるハンナとピアが、ただ黙って部屋の片隅に待機してくれています。
ありがたいです。下手に会話しても、惚気のような恨み言のような、何を言っているのか判らない内容しか喋れない自信がありますもの。
……いえ、そんな自信あっても仕方ないのだけど!
どうやらハンナたちは、三日も寝室に籠っていた間にとても心配していたようで。
精霊王さまを通して旦那さまを説得してくれたみたい。屋敷の皆に私の無事な姿を見せる様にって。旦那さま、俺は信用無いから仕方ないって私には笑っていたけど、私から離れた途端、不機嫌な気配を垂れ流していたわね……。
空を見上げながら思うの。
私、随分と肩に力の入った状態でこの地に嫁いで来たのだなぁって。
絶対、跡継ぎを産まなければ! という使命感を持って来たのだなぁって。
でも実際は、私は特に多産を見込まれて嫁いで来た訳ではなく。
旦那さまは私を「運命の人」認定して、閨に閉じ込めようとする人で。
もしかして、もしかすると、私。
愛されるために、この地に嫁いで来たのかしら、なんて。
優しい午後の風に吹かれながら、そんな事を思うのでした。
【おしまい】
あとは他者視点の番外編を4本、予定しています。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
『溺愛』……うっかり『ヤンデレ監禁』コースにジョブチェンジしやすいと判明。そうなったら間違いなくムーンライトにお引越し。
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