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15.逃走の理由

 ※気持ち悪い人発見! いやんな人はそっ閉じ

 ※イザーク視点





「やっぱり、こちらでしたか」


 逃げ出した俺の後を追って来たらしいハンナの呆れたような声が背後から聞こえた。場所はフィーニス本家邸宅敷地のはずれにある一本の檜の巨木。昔からあるこの木の根元で寝転んで日向ぼっこするのが俺の好きなモノの一つ。

 だが、今俺は根元に寝転んでなどいない。

 木に向き合い、両手、額をつけている。


「ハンナ! すぐに拘束具を用意してくれ」


「は?」


「アリスと話をするにはそれが必需だ」


「拘束具……誰に使うおつもりで?」

 ピアの声だった。


「俺に決まっているだろう!」


「……はぁ?」


「あとは、重しになるよう20カロの石板を四枚程用意して欲しい」


「え? あれは拷問用の……もしかして、正座して膝の上に置くとでも?」

 今度はギルの声だった。


「あぁ。そのくらいの負荷は必要だ」


「奥様と、話をするおつもり、ですよねぇ?」

 と、ハンナ。


「無論」


「ご自分に拘束具をつけ、膝に80カロの重りを乗せなければならない話し合いってなんですか? イザークさま?!」


「俺の暴走を止める為の処置だ! 是が非でも必要だ! アリスは話をしたいと言っていた。その願い、何としても叶えなければ!」


 振り返って叫んだら、そこに居たのはハンナの横にギルベルトとピア。皆、怪訝な顔をしている。


「さっき、変なこと叫んでましたよね? “我慢出来そうにない、この匂い”って……」


 ピアの質問に、あの部屋を思い出してしまった。

 アリスの、部屋。

 大きく扉を開けた瞬間、中から溢れて来た香気。俺の居ない二週間の間に、アリスは確かにあの部屋で生活していたのだ。彼女の馥郁(ふくいく)たる香が部屋に充満し、あの部屋は確かに“アリスの部屋”になっていた。堪らなかった。そしてその中心には、アリス───

 思い出しただけで俺は───


「わああああああああああああああああああぁぁぁぁっっっ!!」


 慌てて木に向かい、額を打ち付ける。

 消えろ! 煩悩消えろ!!

 何度もガンガンと頭を打ち付けていたら、不意に温かな“何か”が俺の額を庇った。


『そこまでにしておけ。それ以上打ち続けたら、流石に阿呆が進行する』


「フレイ……」


「「精霊王さま……」」


『木の精も怯えておるよ。我がノームに叱られてしまうわ』


 そしてフレイは俺の額を抑えて


『そなた、しばし落ち着け』


 といって、眠りの魔法をかけた。多分。

 瞬間的に意識が落ちたから。



 ◇



「これは、どうしたというのでしょう、ご説明して頂けますか?」


 ハンナの問いかけに、眠りに落ちたイザークの身体を支えながら火の精霊(サラマンダー)の王は鷹揚に笑った。


『イザークはどうやら匂いフェチらしい』


「「「匂いふぇち?」」」


『特定の匂いに執着する者の事を指す。イザークの場合、アリスの体臭を嗅ぐと欲情するのだ』


「「「……は?」」」


『我も先程本人から聞き出して呆れたがの。今まで女に興味がなかった反動かのう? 凄まじい執着だ。アリスも変な男に目を付けられたものだ』


 くすくすと笑うのは、イザークと同じ顔をした火の精霊(サラマンダー)の王。三人の人間は、突然暴露された当主の性癖に戸惑いを隠せない。


『イザークは常に身体強化魔法でその五感全てを最大限まで鋭敏化させておる。嗅覚においても然り。今回は初めて執着した女子(おなご)だから、余計に派手な反応を示したに過ぎんよ』


「あ、では嗅覚だけでも身体強化を外せば、普通人と同等になる、と?」


 ギルベルトの問いに、火の精霊(サラマンダー)の王は首を傾げる。


『イザークの身体強化魔法は無意識レベルで常時かけているものだからのぅ……ま、慣れれば可能だろう』


 フィーニスの人間は昔から理論より実践だった。イザークもやれば出来るだろう。習うより慣れろ、だ。


「そんなにお部屋に奥様の匂い、してたかしら?」


「私には解らないっす」


「俺も……女性の部屋らしい、花の香りはしたが……」


「奥様のお好みで、ラベンダーの精油を使っていますから、その香りはしますが……」


 三人は理解できないと首を捻る。

 だが、先程、話をしている途中で奇声を発し自らの頭を木に打ち付け始めた当主の奇行。あれを目にしていなかったら、例え精霊王の言葉でも俄かには信じられなかっただろう。うん。精霊王は正しい。


「一応、イザーク様は“もう奥様を傷付けない”と仰いました。恐らく、その矜持を守る為の今回の逃走だったのだと、思うわ。恐らく、だけど」


 ハンナは恐る恐る口を開く。


「あぁー、まぁ、そんな感じっすかねぇ。とんだヘタレですが、まぁ、自分から拘束してくれってんですから、次の面会時には拘束具付きで。檻の用意の方がいいっすかね?」


 ピアは頭を掻きながら提案する。


「猛獣用の檻があったかなぁ……」


 ギルベルトは倉庫の中を思い出しながら首を傾げる。


 使用人たちの相談をにこにこと笑顔で聞く精霊王。彼は人の子が何やら画策している姿を見るのが大好きなのだ。


「で。結局は、どのように対処します?」


「旦那様のご希望通りに拘束具を使って、奥様の部屋の匂いに慣れて貰う事から始める……のが正解かしら?」


「旦那様には廊下で、意識的に嗅覚の身体強化魔法を使わないようにして貰って、部屋の扉全開、で試してみよう」


「見張りも必要よね?」


「必要っすね」



 ◇



 イザークが目を覚ました時、視界に真っ先に入ったのはオリハルコンで錬成された強固な檻だった。

 自分は拘束服によってぐるぐるの簀巻き状態にされ、その檻の中に寝かされていた。檻の置いてある場所は、アリスの私室の扉の前。扉は全開にされていて、起きた途端、煩悩と戦う羽目になったのだった。



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