13.アリスとハンナとピア
※アリス視点
目が覚めた時、目の前には心配そうな顔をしたハンナとピアが居ました。
一瞬、あの婚礼の翌日の朝の風景が再現されたかのような心地になりましたが、そうではなく。
「あぁ、お目覚めになりました」
「心配致しましたよ。精霊王さまに伺って参りました。体調がお悪いのではなく、魔力の急激な枯渇状態に身体が耐えられなかったのですね」
ホッと安心したように笑う二人に、心癒されました。思えばこの二人には心配ばかりさせています。反省しなければ。魔力が少ない私は、ちょっと熱中するとすぐに魔力がカラになってしまうので注意が必要なのでした。本当に実践向きでは無い力は厄介です。
「いやぁ、それにしても凄いですね! イザーク様のクローゼットを確認しましたが、全ての衣服に付与魔法を付けるなんて!」
ピアがにこにこと笑いながら、私を起こして背中に大きなクッションを幾つも用意してくれます。
「今、カミル様に鑑定して貰ってます。精霊王様は売りに出したら金と交換できる程だって仰ってましたよ」
え?
「売りに、出しちゃうんですか?」
せっかく、旦那さまの為に付与しましたが、その方がいいのでしょうか。ちょっと、寂しいような心地になります。
ハンナとピアの動きがぴたりと止まりました。私の顔を見て、ちょっと焦ったように、
「いいえ! あれは奥様のモノですから! 売買の意思が無ければ商品にしたりしませんっ」
と、ハンナ。
……旦那さまのモノでは? 旦那さまのシャツですし。
「市場に出せる、価値のあるモノになったという意味で、売ったりしませんから!」
と、ピア。
あぁ、それなら良かったです。
ホッとしたら、二人も笑顔になってくれました。
でも、そんなに価値のあるモノが出来るのなら、私でもお役に立てるかもしれません。商品として、付与魔法を付けた物を売る事が可能なのか、二人に相談しました。
◇
二人と話をしていたら、部屋をノックする音が。
すぐにピアが対応する為に扉へ向かってくれました。が、扉越しに話すピアの気配が突然、剣呑なものに変化しました。
どうしたのでしょう? まるで魔物に出会った時のお祖母様のようです。
私の母方のお祖母様は凄いです。ご自分の闘気をわざと派手に放出して、雑魚の魔物なら追い払ってしまうくらいなのです。実際、この目で見た時には驚きましたもの!
でもあれはカッコいいと思います。今のピアはあの時のお祖母様に負けず劣らずの闘気を全開に放出していますが、扉の外に魔物でもいるのでしょうか。
「ハンナ……何がいるの? 逃げた方がいい?」
私は戦闘事はからっきしダメです。センスがありません。足手纏いにならない内に避難が必要でしょうか。
ん? でも邸宅内ですし、さっきノックがありましたよね?
来たのは、人ですよね?
んん? 誰が来たらピアはあんな風になるのでしょう?
ピアが、その、とても怖い顔をして振り返ります。ピア、美人なのに、いえ、美人だからこそ? とっても怖いお顔になってます……
「ハンナさん……要注意人物が謁見を申し込んでおりますが、如何いたしましょうか」
?? 誰かがこの部屋を尋ねてきたと思うのだけど、状況と文脈的に、可笑しくはありませんか? 要注意人物? だれ?
謁見? どなたか身分高い方がいらっしゃるの? いませんよ?
思わず背後を振り返って確認してしまいましたよ?
そもそも私の部屋ですし。
「今、奥様は寝起きです。暫く待たせなさい」
「はい」
私の混乱をよそに、侍女ふたりが対応を決めたようです。ピアは扉を少しだけ開けて、何やらぼそぼそと話をしています。
「さ、奥様。お着替えをして、御髪を整えましょう」
……笑顔全開のハンナが、怖いと思うのは気のせいでしょうか?
たっっぷりと時間を使ってお仕度を整えている間に、訪問者は旦那さまだとピアが教えてくれたのですが。
こんなに待たせてもいいのかしら。
「……奥様は、旦那様を“二週間も”お待ちだったではありませんか。一時間や二時間くらい待たせた所で、毛ほども痛痒を感じる必要などありませんよ」
“二週間も”を特に強調し吐き捨てるように言ったのは、笑顔全開のままのハンナ。
……怖さも継続中です……。ただ、この怖さ、私に対して向けられたものではない、となんとなく判るので平常心でいられます。平常心、平常心……。
そして。
やっと、侍女二人の承諾のもと私の部屋の扉が開かれ、旦那さまが入室したのです。
が。
……ええと?
一体、どうした事でしょう?
旦那さまは、一歩部屋に足を踏み入れた姿勢のまま、全ての動作を停止させてしまいました。まるで壊れた人形のように動かなくなったのです。
旦那さまのところだけ、時間が停止したのでしょうか。
ハンナの顔を見ても、ピアの顔を見ても、その理由はわかりません。というか、二人も疑問を持ったようです。怪訝そうな顔で旦那さまを見詰めています。
旦那さまは、一体どうしたと言うのでしょうか。




