12.アリスの手紙
※イザーク視点
散々。
フレイに焦らされ翻弄され嘲笑われた。
この精霊は、ハンナたちと違い俺を怒ろうとか叱ろうとか思ってはいない。
ただ、面白いからそう振舞ったに過ぎない。
業腹だが、屈辱の時間を乗り越えた先に、やっとアリスからの手紙を入手できた。
……長かった……!
美しい筆跡で綴られたアリスからの最初の手紙の内容は謝罪が主だった。自分に魅力がないせいでお手を煩わせて申し訳ない、といった内容。……アリスのどこに謝罪の必要があったのか、果てしなく謎だ。
二通目と三通目も似たような内容だが、それに加えて早く帰って来て下さい、御身を心配しております、と綴られていた。……心配、してくれたのか。我が家で俺の心配をしてくれる人間など居ないのに。何やら胸の奥が忙しなくなる。
四通目から六通目の手紙は、アリスの体調が回復した内容が加筆された。ハンナに案内されて庭の散歩もしています、と綴られ安堵した。
七通目から十通目の手紙は只管俺の身を案ずる内容になった。ちゃんと食べているのか、寝ているのか、怪我などしていないか。早くお顔を拝見したいですと綴られた筆跡まで愛らしいのは何故だろう。
十一通目と十二通目には、俺の身を案じる他に、俺の一刻も早い帰還と私も早くお役目を全うしたいです、と付け加えられた。アリスが全うせねばならないお役目とはなんだ? 辺境伯家の女主人として采配を振る事だろうか? だがこれは俺の存在よりも、ハンナやギルベルトら実務に精通した人間がいる方が与力できそうなのだが。俺のサインが必要な書類でもあったのだろうか? これはアリスに確認しなければならない。
十三通目の手紙には、俺と話をしたい、と書かれていた。
『(中略)―――私たちは、いっぱい、話し合わないとダメだと思います。育った環境が違うし、年も離れています。今まで面会した事もありません。こんな小娘が妻でさぞがっかりしたかと存じますが、話をして、お互い、どんな人間なのか、理解し合う必要があると思います。言葉を交わして、相手が何を考えているのか知りましょう。私もイザークさまのお考えを知りたいですし、私の事も知って頂きたいです。せっかく夫婦になったのですもの、出来れば信頼し合った夫婦になりたいと思います。
私たちが50年連れ添って、もう私が何を考えているのか言わなくても分かっちゃうようになったら、『おい、あれ、それ』で会話しても良いです。でも私たちはまだお互い、何も知りません。まだ、これからなのです。
若輩者の私があれこれ指図するような手紙を書いてしまい、申し訳ありません。でも、これが私の偽らざる真摯な気持ちです。
イザークさま。
早く無事に帰ってきてください。一日でも早いご帰還を、首を長くしてお待ちしております。 アリス・アンジュ』
アリスは年下なのに、なんとしっかりした考え方を持っているのだろう!
こんな不甲斐ない男に、しかもすぐ傍に魔物がうろつくような辺境に嫁ぐなんて、若く王都育ちの身では苦行だろうに。彼女が賢い上に健気過ぎて、俺は立つ瀬がない。
それに、アリスは盛大な勘違いをしている。アリスを小娘だなんて思っていないし、がっかりもしていないぞ! がっかりしたのはアリスの方だと思うのだが……あぁ、彼女にきちんと謝罪しなければ! 許されなくても構わないが、三年という長い婚約期間中の俺の無礼と、あの夜の暴挙を謝らねば、これから夫婦として生活など出来ないだろう。
それに、アリスの手紙には所々疑問点がある。
何故、彼女はこんなにも卑屈なのだろう? 小娘という単語も気に入らない。年が離れているせいか? 最初の手紙に何も出来ない自分というフレーズが度々出て来たが、きちんと付与魔法を使えるのに? フレイのお墨付きなのに? 変ではないか?
アリスの言う通りだ。ちゃんと話し合わなければならない。
言葉にして、思いを伝える。……苦手ではあるが、努力しなければ。それが出来なければ、妻と永遠に解り合えなくなる。
俺は意を決してアリスの部屋へと向かった。
……手紙をきちんと書簡ケースに仕舞ってから。




