10.アリスの魔法付与
※アリス視点です
善は急げねと言ってお義母さまとお義父さまがいそいそと連れ立って退出してしまいました。
弟君2人も住居を決め次第出てくね~と気軽に言って、お義父さまたちのあとに続きます。
……私、どうしたら?
傍らに立つ精霊王さまを見上げれば、私の視線に気がついた精霊王さまが、なんだ? と言いたげなお顔をされます。
守護精霊、サラマンダーの王。
ちゃんと、守護する方がおられるのです、よねぇ……。
3年という長い婚約期間中、私は自分に何が出来るのだろうとずっと考えていました。子どもを産む、という大命題があるのはもちろんですが、それ以外に私にできることはないのかしら、と。
幼い頃、我が家に母方の祖母がたびたび訪れました。
そして孫(男孫5人、女孫3人)である私たちに武術の稽古を付けてくれました。
4人いる兄達の内、2人は剣の才が、1人は攻撃魔法の才があると認められました。それぞれ騎士団と、魔法騎士団に入隊しています。
もう1人の兄は剣も攻撃魔法も使えないけれど、頭が良く商才があり、この兄が我が家を継ぎます。
弟は剣も魔法も怖くて使えないからと官吏の道を目指すため勉学に励んでおります。
10才上の姉は、我が家より格上の伯爵家に嫁ぎ、既に2児の母です。彼女は金髪碧眼ボン、キュ、ボンの華やかな美人で、嫁いだ伯爵家が手広く扱っている商品(ジュエリーだったり、不思議な光沢の布から作ったドレスだったり)を身にまとい、自分を広告塔にして商売を円滑に進めております。そう言えば、自分でデザインを起こしてドレスを作らせてましたね。あの姉は私の目から見ても多芸だと思います。
妹はまだ7才なので、どうなるのか分かりません。あの子の未来はこれからです。
私も祖母に稽古を付けてもらいましたが、剣も攻撃魔法もセンスが今ひとつで。
魔力はあったので魔法学園に入学し、治癒魔法を習いましたが、ほんの少しもモノにできず。(まぁ、治癒魔法はできる人の方が少ないのですが)
では、錬金術はどうだろう、魔導具は作れないか、と色々と、本当に色々と試行錯誤を繰り返しました。少しでも、嫁ぎ先であるフィーニス家の益になる物を身に付けたかったのです。
そしていろいろと試した挙句、既存の物になにかしらの効果魔法を付与できるとわかったときは嬉しかったです。婚約者さまの持ち物に守りの加護も付けられます。
……でも守護精霊さまが、それもサラマンダーの王さまが居られるのなら、私の付与魔法もたいした効果は無いかもしれません。
『どうした? 言いたいことがあるなら申せ』
サラマンダーの王さまの優しいお言葉です。見上げれば、金色の瞳が柔らかな光を放って私を見下ろしています。
……そうですね、ダメで元々です。言うだけ言ってみましょう!
◇
そうして私が、物に付与魔法で様々な効果を付けられると話をしたところ、サラマンダーの王さまは試しにやってみろと仰いまして。
なぜか旦那さまのクローゼットに連れてきていただきまして。
旦那さまが普段お召しになっているというシャツが並んでます! 大きいです! 凄いです!
『アリス。ちょっとこれ、羽織ってみろ』
サラマンダーの王さまが、旦那さまの白い長袖のシャツを私に着せようとしています。せっかくなので、ちょっと羽織ってみました!
……おぉ! 本当に大きいです! 袖口から手が出ません! 前身頃もブカブカです! 丈も私の膝まで隠しますね、これは!
それにこれってば、お日さまの香りがして、心地良いです。ふふっ。なんだか旦那さまに抱き締められてるみたいですね。
……って、私、変態サンなことしてませんか? 勝手に他人様のクローゼットに侵入してその人の服を着てるって、変態サンのやることですよね? いけません、人の道を踏み外しては!
慌てて旦那さまの白シャツを脱ぐと、サラマンダーの王さまが残念そうなお顔をされます。
『うむ。まぁ、ちょうど良い、それに何か効果を付与するなら、何にする?』
旦那さまのシャツ……そうですね……考えられる効果は……。
「あらゆる毒、魔術の無効化を図りましょう! 特に魅了を重点的に!」
『は?』
どうせなら、ここにあるシャツ全部に一斉に付与しましょう!
『は? ……あっ、待てアリス、そんな無茶……』
掌をシャツに向ける、魔力を放つ、向ける、放つ、向ける、放つ、向ける、放つ……
繰り返すこと、小一時間。
さすがに、疲れました……魔力、だいぶ、使いましたぁ……あぁ、世界がぐるぐると回っていますぅ……倒れ……
『アリス、そなた、加減というものを覚えろ』
倒れかかった私をサラマンダーの王さまが抱き留めてくれましたぁ……
「ちゃんと、ふよ、できてますかぁ?」
眠い、です 口も 回らなくなって きました
『――あぁ、できておるよ。魅了魔法を主体に、幻術系の魔術破邪、毒物無効化が付与されておるわ……アリス、そなた――』
そのあとサラマンダーの王さまが何を言ったのか、さっぱり覚えていません。指先ひとつ動かすこともできないほど、疲れきって眠ってしまったので……zzzzz
◇
『やれやれ。限界突破せんでもよかろうに』
倒れたアリスを横抱きにしたサラマンダーの王は、優しく微笑んだ。
『この力を使い、自分に気持ちを向けさせる魔法をかける方法もあるはずだが』
今代の当主夫人は随分と公明正大らしい。
もっとも、そんな事をしなくとも今代当主は幼い嫁に心を奪われているが。
『人の子とは、まこと、面白きものよのぅ』
抱き上げた小柄な少女を大切に扱わなければ、今代に文句を言われると思いながら、精霊王は部屋を出た。




