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ストーキング魔法陣

 私、夜栗(よぐり)未映(みえい)はそこら辺にいる男子高校生だ。何をもって一般とするのかは分からないが、そこそこ勉強をし、たまに仲の良い友人数人とカラオケへ行ったり、SNSをやったり、ゲームをしたり。そんな感じだ。私の思う一般はそれなので、少なくとも私は自身を一般的な男子高校生だと思っている。

 まあ、この七釜戸ななかまど市でそれを実現できているのは、異常と言えるのかもしれないが。


 そんな異常ともいえる普通を維持するために、今、学校へ向かっているところだ。幸い私の住む地域は治安が良いし、通っている七釜戸中央高校も学校として機能している。家から高校までは徒歩で約二十分。いつも通りであれば、何の問題もなく出欠確認開始十分前には到着する。


 ――そう、いつも通りなら。今日は珍しく寝坊したので、あまり時間がない。夏の日差しと蒸し暑い空気の中、ずっと小走り。暑い。汗が止まらない。リュックと接している背中に熱が籠る。信号に引っ掛かるたびに、首から下げているタオルで汗を拭いていた。くそったれ。

 違和感を感じてふと下を見ると、足元が光っている。この間直されてばかりの綺麗なアスファルトに浮かぶこの魔法陣的な模様は何か。いたずら書きだろうか。いたずら書きが光る?

 まあ、そういう事もあるのかもしれない。だとしても、何のために。


 さっぱり分からないが、そんな事はどうでもいい。このままだと学校に遅刻してしまう。小走りでは間に合わない。私は走った。謎の魔法陣はついてくる。無視をしたがついてくる。しかも光が強くなってきた。

 これはよくない。先日話題になったあの発光する鹿事件のように、トラックの運転手の目が眩み突っ込んできて交通事故、ということにならないとも限らない。


『……聞こえますか』


 声が聞こえた。頭に響く。うるさい。


『詳しい説明はあとです。今から私たちの世界に召喚――』

「ち、はあ、うるさい、な。急いで、る、のに」


 どうやらその魔法陣から声がしているようだ。うるさいし邪魔だしよく分からないしで気味が悪い。幽霊か何かか。地獄に落ちろ、そう思いながら踏み付けてやった。普通に痛い。暑さで朦朧としていたのがすっきりした。こんな事をしている暇はないんだった。遅刻したらどうする。あと十分しかないのに。

 全力で走る。走って走って走る。信号を無視し私有地を突っ切り、柵を飛び越え車道を走り。それでも魔法陣はそこにいる。


『動かないで下さい! お願いですから――』


 汗が目に入る。足が痛い。手も痛い。時計を見る。残り五分。

 ただでさえ暑いのに、うるさい声のせいで余計に体力を消費し、心身共に限界だった。近くにあるそれなりの大きさの石を持ち上げる。そして思いっきり叩きつけた。


「このっ、急いでるっつってるだろうが!」

『ギャ、ああああ、アアアアアアッ――!』


 コンクリートの欠片が飛ぶ。その瞬間辺りは光に包まれ、何も見えなくなる。太陽が落ちてきたのかと思った。自分の手すら分からない。光に熱を感じた。目が焼けそうだ。

 急がないと。

 目を瞑りながら進む。前も後ろも分からないが、そうするしかなかった。私のまぶたは、その光を防ぐのに十分な厚さではなかったらしい。目の前が真っ赤だ。


 光が全ての感覚を刺激する。痛い。熱い。転びそうになり手を前に突き出す。その手は風を感じた。生暖かい風だ。不快だ。しかし、痛くはない。きっとそこにこの光はない。そう確信し、もう片方の手も突き出して、私は苦手な前転を――。


 爆発音。吹き飛ばされて体を打つ。一瞬全ての感覚が途切れ、それらが次第に戻ってくるのを感じた。悲鳴。怒鳴り声。血の味がする。痛いのを堪え立ち上がる。周りの景色が見えた。意外にも何かが燃えているとか、煙が出ているとか、そういったものはなかった。

 しかし、地面は抉れていた。綺麗な半球状だ。街路樹が折れて道路を塞いでいる。

 爆発で吹き飛んだのならそこらへんに道だったものが転がっていてもいいはずだが、それらは見当たらなかった。なので「消滅した」といったほうがいいかもしれない。


「おい君、大丈夫か!」


 近くの車から降りてきた男性がそう私に声をかける。そして、救急車などどうせ来ないし、車で病院まで送ろうと言ってくれた。こんな人がこの街に居たんだなと驚いた。彼の言う通り、私は病院へ行くべきなのだろう。だが私は急がねばならない。私には、全ての遅刻が許されていない。何が何でも行かなければ。


「⋯⋯大丈夫、です。では、僕は急いでいるので」


 残り三分。学校は目の前だ。頭を打ったのか少しぐらぐらする。風が、空気が痛い。それに耐え、走り続け、校門を通過。乱暴に靴を脱ぎ、上靴を履く。階段を一段飛ばしで駆け上がる。教室は二階。

 チャイムが鳴り始めた。


「起立!」


 その瞬間私は教室に飛び込み、その勢いのまま自分の席へ行き、鞄を置いて、「礼」という声と共にお辞儀をした。



******



「お前にしちゃあ珍しくギリギリだったな。それにしても⋯⋯どうしたのそれ、車にでも轢かれたか?」


 朝のホームルームが終わったあと、先生がやって来た。私のクラスの担任、下野(しもつけ)先生だ。心配よりも好奇心が勝っているような声色と顔だった。この程度の怪我であれば一か月に一人くらいは出るので、まあ、そんなもんだろう。


「爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたんですよ。死ぬかと思いました」


「あら、それは大変だったな。それにしても爆発ねえ。下水道でも破裂したのか? それともテロかな? まあいいや、とりあえずさ、保健室行ってきたら。次は⋯⋯那須(なす)先生か。俺から言っとくから、ちゃんと手当てしてもらえよ。てかさあ、よく見たら結構やばくねえか。救急車呼ぶ?」


「この状態で走ってきたので大丈夫です、多分。それに救急車なんて待ってたら日が暮れますよ……。とりあえず、保健室行ってきますね」


 そうして私は保健室へ向かう。横を通った生徒は少し驚いたような顔で私を見て(怪我人としては珍しくないが、こんな状態で学校に来る生徒は殆ど居ない)、先生達からは声をかけられた。そうして保健室へたどり着き、入った瞬間他の生徒に「キャー、ゾンビぃ!」と叫ばれ、パイプ椅子で殴られて余計に怪我が酷くなった。来ないほうが良かったんじゃないか?

 そんなちょっとした騒ぎはあったものの無事に手当てを終えた。

 結果、包帯を着ているような姿となり、様子を見に来た保健委員に「全裸ミイラコス男」と馬鹿にされた。しばらく休んでいろと言われたので大人しく従い、ベットに入る。眠くはないし痛いので寝付けない。あの魔法陣は何だったのか。声は何を言っていたっけ。それだけを考えて時間を潰した。


 一時間目終了のチャイムが鳴る。誰かがやって来る音が聞こえる。そしてカーテンは開かれ、そこにいたのは那須先生だった。変人で知られる教師だ。万引きした生徒を補導と言って呼び出し、その手口だけを訊いて開放しただとか、学校に隠し部屋を作っただとか、実は教員免許を持っていないだとか色々噂がある。


「話は聞いたよ。いやあ大変だったねえ。でも良かったよ。無事で。――ところで、君も気になってるだろう。あの爆発のこと」


「はい。そりゃあ勿論」


「あれ、割と騒ぎになっててねえ。今ニュースでもやってるよ。僕も授業しながら見てたんだけれど、ま、何も分かってないみたいで『現在調査中』しか言ってないんだよ。んー、まだ早かったかな? そうすると、僕は君に『何も分かっていない』ということを伝えに来たことになるね。無駄なことをしてしまったわけだ。それじゃあ僕は授業があるから。あっ、あと今日はテスト前ということで自習にしたから、授業の遅れとかはあんまり気にしなくていーよ」


 途中ぶつぶつと何やら独り言を言っていたが、そのようなことを言って先生は去った。⋯⋯授業を自習にしてテレビを見てたのか。いいのかそれで。


 私はもう一時間授業を休み、休むことにも飽きてそこからは概ねいつも通りの一日を過ごした。家に帰って親に驚かれ、事情を説明し、ようやく手が空いたらしい警察に呼ばれて――治安が非常に悪く、常にキャパオーバーだからしょうがないだろう。この地域は機能しているだけマシだ――また事情を説明し、激痛に耐えながら体を洗ったり、口の中を切ったらしく食べ物が食べづらかったりしたが、日常の範疇だ。

 終わりよければすべてよし。就寝時間が変わらなかったのだから、いつもと同じだ。

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