6話
「お邪魔しまーす」
七瀬が元気よく俺の家に入って行った。俺が後追って入って行くと、七瀬はリビングの前で固まっていた。
「ん、どうした変な物でもあったか」
七瀬はゆっくりとこちらに向き直った。その顔は驚きの感情であふれていた。
「この部屋きれいすぎない。それに、全然男の子が住んでる雰囲気無いんだけど」
「まぁ、この家の家具はほとんど妹が自分で選んで買ったものばかりだから」
七瀬はしばらくの間、リビングと一緒になっている台所を行ったり来たりして家の家具を眺めていた。
「ねぇ、真田君の妹って名前なんて言うの」
「沙夜って言うんだ」
「へぇー、沙夜ちゃんか‥‥‥家にはいないようだしどこに居るの?」
「そうだな、多分まだ学校じゃないか。沙夜は生徒会長してるから」
俺が言うとまた驚いた顔をして俺の方に向く七瀬はその表情が面白く少し笑った。だが、七瀬は俺の行動を反応することは無かった。死んだように七瀬は固まっている。
俺の予想だが、沙夜の凄さを知って固まった居るのだろう。なんだって、容姿端麗で学校では生徒会長をしている。七瀬の事だから、愛菜が文武両道だとも気づいているだろう。リビングには沙夜が取った賞状を飾っているのだから。
「沙夜ちゃん、凄すぎない!」
たっぷり三十秒以上硬直していた七瀬そう口を開いた。
「そうだな、兄からしたらとても誇らしいよ」
「そうだ私、沙夜ちゃんとお話ししたいんだけどいいかな」
「少し待つことになるけど大丈夫か」
「うん、大丈夫」
俺は沙夜が帰ってくるまで、適当にしといてくれと伝えた。すると七瀬は、リビングを行ったり来たりして沙夜が集めた家具の数々を眺め始めた。そんなにすごいのか、知識がない俺にとってはよくわからない。
俺はキッチンに行って、今日の夕食の準備を始めた。準備と言っても簡単な仕込みぐらいで終わることばかりだ。
それから、数十分後。玄関が開く音がして、沙夜が帰ってきた。七瀬も音に気が付いたようで、その顔には笑顔が浮かんでいる。
沙夜に会えることを喜ぶのはいいが変なことはしないでほしい。
「兄さん、帰りました‥‥‥お友達でも来ているんですか」
「お帰り、沙夜。実はなっ‥‥‥」
俺が七瀬の事を説明しようとすると、俺の言葉を遮って凄い勢いで沙夜の正面に立って一言、可愛いとつぶやいた。
流石の沙夜も顔が引きつっている。
俺は昨日の事も含めて沙夜に簡単に説明すると沙夜も納得してくれた。
それから沙夜と七瀬はお互いに自己紹介をした。
「改めて、私は真田 沙夜と言います。初めまして、七瀬さん」
沙夜は笑顔でそういうと、着替えてきますと言って自分の部屋に消えていった。
沙夜がリビングからいなくなって七瀬は気絶してしまったのかと思うぐらいしばらくの間、微だにしなかった。
流石に心配になった俺が目の前で手を振ると目をぱちぱちさせて、我に返った。
「沙夜ちゃん、可愛い過ぎる」
「それは良かったのか‥‥‥」
興奮気味の七瀬に押され、俺は引き気味そう答えた。今の七瀬はその目がかなり怖い。沙夜に変なことをしないか心配になったのは言うまでもない。
「なぁ、一つ頼みがあるんだが」
「何頼みって」
「沙夜、以外と友達少ないんだ。だから、沙夜の友達になってくれないか」
沙夜の身の危機も感じないことは無かったが、友達が少ないのは紛れもない事実だ。
七瀬は一瞬、ぽかんとしてから笑みを浮かべた。
「任されました。私、沙夜ちゃんと仲良くなってみせるよ」
「ああ、よろしく頼む」
そう堂々と胸を張って宣言する七瀬が頼もしく見えた。
それから、俺は沙夜が戻って来たとき直ぐに食べられるようにお菓子の準備を始めた。
「お待たせしました。兄さん、七瀬さん」
数分して沙夜がリビングに戻ってきた。Tシャツにショートパンツの部屋着姿だ。沙夜が着ると地味な服でも華やかに見えてしまう。
「あ、沙夜。ちょうど良かった。七瀬もだけど紅茶とコーヒーどっちがいい」
「私はコーヒーで。砂糖とミルクは多めね」
「ん、了解」
俺はこの時、以外と子供なんだなと思ったが口にはしなかった。なぜなら、何となく言ったら殺されそうな気がしたから。
「沙夜はどうする」
「私は紅茶でお願いします」
「了解」
俺は棚からコーヒー豆と紅茶の茶葉を出して、準備を始めた。沙夜が手伝いたいと言ってきた。俺今のうちに七瀬と少しでも仲良くなってほしかった俺は、断って七瀬と話してこいと言った。
沙夜はあっさり了承してくれて、真剣に家具を眺める七瀬のもとに向かっていった。俺は一息ついてから、また準備に取り掛かった。
俺が飲み物の準備を終えて、お菓子と一緒に二人のもとに運んでいくと一瞬目を疑う光景が広がっていた。沙夜と七瀬が仲良さそうに話していたのだ。
「二人ともお待たせ」
あの雰囲気を少し壊してしまうのは、気が引けたが何もしない訳にはいかない。覚悟を決めて俺は話しかけた。
「あっ、真田君待ってたよ」
「兄さん、ありがとうございます」
俺が二人の前にお盆を置くと、沙夜が驚いたように目を丸くした。
「七瀬さん、凄いです!とても美味しそうです」
「そうかな、えへへ」
沙夜が興奮気味でそう言うと、七瀬は少し照れたように笑った。
食べ始めてから俺は疑問に思っていたことを口にした。
「二人とも仲良くなるの早すぎない」
昔から、他人と仲良くなるのにかなりの時間がかかっていた沙夜がほんの数分で笑顔で話ができるまでになるのは初めての事だった。今の沙夜は、俺や涼と菜月と話している時と何の変りもなく七瀬と話していて驚きしかなかった。
涼と菜月はここまで来るのに大変だったのにだ。
「私も驚いていますよ、兄さん。でも、心愛はとは不思議と兄さん達と同じように話せるんですよ」
そう笑顔で説明してくれる沙夜に驚きは増すばかりだ。
いつの間にか名前呼びになってるし。俺は七瀬に何かしたのか視線を送ったが、視線に気が付いた七瀬は無言で首を振るだけだ。
「よ、良かったな。気軽に話せる友達が増えて」
「はい!」
「七瀬もありがとう。沙夜の友達になったくれて」
「どういたしまして。と言っても正直何もしてないけどね」
あはは、と笑う七瀬にも一度ありがとうと言って、クッキーを一つ食べる。サクサクしているし甘すぎなくて俺でも食べやすい。つまりとてもおいしいということだ。
「すごい、おいしい」
「本当に。口合って良かったー」
七瀬はほっとしたような表情をして自分も食べている。
俺は沙夜の様子が少し気になってそちらを見ると、一心不乱に食べ進める妹の姿があった。
行儀よく食べてはいるが凄い勢いで皿の上にあるクッキーが消えていく。俺が呆気に取られている間に食べ終わってしまった。
食べ終わった沙夜は、真剣な目つきで七瀬の方に向いて何かを言いだそうな表情だった。
「あの、心愛少しいいですか」
「どうしたの、愛菜ちゃん」
「私にお菓子作りを教えていただけませんんか」
「「えっ‥‥‥」」
俺だけじゃなく七瀬も驚きのあまり言葉を失っている。
真剣な目を見ればとても冗談で言っているわけではないだろう。七瀬の腕はかなりのものだと俺も思うが弟子入りしたいとは、流石に驚く。
「なぁ、沙夜。一回落ち着こうか」
「兄さん、私は落ち着いています!」
「あ、はい」
俺は圧に負けてそれ以上言うことが出来なかった。
沙夜の目は炎の様に燃えている。現にやる気は凄い伝わっている。
「ねぇ、沙夜ちゃん。なんで私にお菓子作りを教えてほしいの」
確かに俺もそれは知りたい。
「簡単なことですよ。私が兄さんに勝ちたいからです」
「沙夜ちゃんは十分真田君に勝ってると思うけど‥‥‥」
申し訳なさそうに言っているが七瀬の言うことはごもっとだ。
だが、兄である俺は知っている沙夜が超が付くほどの負けず嫌いだということを。
「いえ、全然勝ってなんかいません!だから、私は兄さんが出来ないことをできるようになりたいんです」
「うーん。一週間に一回ぐらいなら大丈夫よ」
えっマジですか七瀬さん。
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