3話
勝手ながらタイトルを変更しました。内容に変化はないので初めから読まなくても大丈夫です。
食事中はお互いに料理の感想を言いあったりして気まずい雰囲気にならなかったのは不幸中の幸いだ。
それにしても、いつもは男子に対してはとげのある態度なのだが俺には全くそんな様子を見せていないのが不思議だ。気にしすぎるのも悪いのかもしれない。とりあえずご飯は美味しかったし良しとしよう。
「真田君はこれからどうするの」
「俺か。俺は少し買い物をするかな」
「そうなんだ‥‥‥もし真田君が良かったらなんだけど私もついて行っていいかな?」
そう言う七瀬のては少し震えているように見えた。笑顔で話していたが完全にさっきの恐怖が消えて訳ではなさそうだ。ここは気づかないふりをした方がいいかもな。
「別にいいぞ。楽しくはないかもしれないけど」
「ありがとう」
そんな笑顔で言われては勘違いしそうなほどの破壊力だ。どうにか表情を変えないようにするのが限界だ。
俺は逃げるようにして店を出た。支払いは不本意なのだが七瀬が奢ると譲らず、後ろに他のお客もいたため俺が折れるしかなかった。
「真田君ここは‥‥‥」
「見てわからなか、香辛料の専門店だ」
七瀬は驚きのあまり目を丸くしている。俺達の正面には異様な光景が広がっている。見るからに周りの雰囲気とはかけ離れた店がありその周りに他の店は存在していない。
毎回来るたびに何故つぶれないのか不思議に思いながら来ている。
「本当に入るの‥‥‥」
「見た目や雰囲気はあれだけど、そこまで心配しなくても一応ちゃんとした店だから大丈夫なはず。無理そうなら外で待っててくれてもいいけど」
この店は、周りの雰囲気は異様だが店主は普通に優しい人だし、店内の匂いはきついかもしれなが、慣れてしまえばそこまで気にならなくなる。今は時間的に人は少ないが、休日になると意外と繁盛しているのだ。
「大丈夫。それに我が儘言ってるのは私だから」
どうやら七瀬は覚悟を決めたようだ。最初はつらいかもしれないが頑張ってくれ。
「それじゃあ入るぞ」
「うん‥‥‥」
いまだに警戒の色を解いていないが、素直に俺の後ろをついてくる七瀬の姿が俺には小さい子供のように見えて面白かった。
「えっ‥‥‥」
七瀬は店内に入って早速、驚ている。外装から想像できないほど質素な作りになっているから驚くのも無理はない。特にこれと言った装飾はなく所狭しとスパイスやハーブが入った入れ物が並んでいる。
「俺は買うもの買ってくるけど七瀬はどうする。適当に店内を見てるか」
「ううん。よくわからないしついていくことにするね」
「そうか」
俺は店の一番奥へと向かって歩いた。ここで売っているスパイスの種類は軽く百種類を超えている。定番の奴はわかるがここで売っている物はマニアック過ぎて全く分からない。
ここで買い物をするときは、店主に選んでもらって買っているのだ。そうしないと何が何だかわからない。
「こんにちはー」
俺が話しかけると何かの作業をしていたこの店の店主の彰さんが顔を上げた。基本的に何かと俺の事を気遣ってくれたりするから優しい人ではあるのだが、たまに目がやばい人の目になる。まだ二十代半ばこんな店をしてる時点で変人だと思うが。
「あっ、幸人君珍しいねこんな時間に君が来るなんて」
「そうですね、今日は学校が早く終わったんですよ」
「なんだそういう事か、俺はてっきり学校をさぼってるのかと思ったよ」
「流石にそんなことはしませんよ‥‥‥どうかしました?」
俺といつも通りの会話をしていた彰さんが急に固まって動かなくなった。俺の後ろを凝視している。それに気が付いた俺は、あの彰さんでも七瀬を見ると言葉を失っていきむる。
「な、なあ幸人君よ」
「何でしょうか‥‥‥顔が怖いんですけど」
我に返った彰さんは、俺を見て憎しみのこもった目で見つめながら話しかけてきた。
「いつの間に俺よりも先に彼女を作ってたんだ。しかもこんな美人の!」
「「はっ‥‥‥!?」」
俺だけではなく後ろで静かに見守っていた七瀬さえも一緒に間抜けな声を上げた。俺達の気持ちは一致したはずだ、この人は何を言っているのかと。
「彰さん、俺達は付き合ってないですよ」
俺が必死にそう言っても聞く耳を持ってくれなかった。
俺は後ろにいる七瀬に誤解を解くのを手伝ってくれと目で訴えると俺の気持ちが通じたのか、隣まで出てきてくれた。
「私達はただのクラスメイトです。それ以上でも以下でもありません」
「なら、なんで一緒に居るんだい」
「それは‥‥‥」
七瀬が言葉に詰まる。彰さんは自慢げな表情で俺も見てきている。一体その自信はどこから来ているのか。
七瀬は困った表情で俺を見つめている。流石にナンパされるのが怖いから一緒に居るとは言いにくいのだろう。この拗らせ具合なら余計に誤解を深めてしまいそうだ。
「か、彼女はこの店に興味があったらしいんですけど、この店の近寄りがたい雰囲気してるじゃないですか」
「うっ‥‥‥」
今度は彰さんが言葉を失う、本人も新しい客が増えないことに焦りを感じていて、それが店の外装のせいだと理解しているので無理はない。
「俺がここに入って行くのをたまたま見たらしいんですよ。それで今日、案内してくれないかって頼まれたんです。七瀬そうだよな」
「は、はいその通りです。興味はあったんですけど一人で入る勇気が無くて」
とっさのアドリブに七瀬が同調できるか不安だったが、うまく話を合わせてくれた。
この様子だと誤解も解けそうだ。
「俺の勘違いで二人に迷惑かけて悪かった。お詫びに今日はなんでも半額で売ろう」
頭を下げながら彰さんはそう言った。全品半額とはなかなか大きく出たとしか思えない。せっかくの新しいお客を失わないように必死になっている。そんなことで経営を続けられているのがとても不思議だ。
七瀬も複雑な表情をしていたが、彰さんが勘違いしたのは事実なのでお詫びはきっちり受けるようだ。俺も半額にしてくれるようで普通に嬉しい。
「俺はカレーに使うスパイスを十種類ぐらいお願いします。七瀬はどうする」
「うーん、どうしようかな」
七瀬は真剣にどうするか考えている。元々、何も買う予定はなかったのだから悩むのは当然だし、買ったとして何に使うのか悩んでいるのだろう。俺に合わせてもらってるのだから、七瀬が何を買うとしても俺がおごるのが常識だろう。
「私、お菓子作りが好きなのですが、お菓子作りに使えるようなものはありますか」
「もちろんあるぞ、おすすめを何種類か用意するよ」
そう告げて店の奥に彰さんは消えていった。去り際の彰さんの目は、炎の様に燃えていたように見えた。俺達は顔見合わせて苦笑いを浮かべた。
俺と七瀬以外の客はいなかった。だから、レジの前にずっと居ても誰の害にもらなかった。彰さんが戻ってくるまでの間、七瀬に彰さんはどんな人か教えてと頼まれたので俺から見た印象や、店での様子を話した。確かに今の印象だけだとよくわからないかもしれないが、もうあの人の性格全部出ていたような気がしなくもない。
二十分後、レジの奥から彰さんが戻ってきた。手には二つの小さめの紙袋を持っている。俺が思っていたよりも時間がかかったから、どうせ七瀬にまた来てもらえるように頑張ったとしか考えられない。
「二人ともお待たせ。こっちが幸人君ので、こっちがお嬢さんのだ」
右手に持った紙袋を俺に、左手に持った紙袋を七瀬に渡した。
「一応、名前と軽く説明を書いた紙をおまけとして入れておいたから」
「「ありがとうございます」」
支払いは俺が二人分出そうとしたのだが七瀬が断固拒否したため説得するのが大変だった。ここは彰さんにも加勢してもらった。なぜ加勢せてくれたのかは全く分からないが、多分彰さんの事だいまぐれか何かだろう。
結果は結果は後日、今日買った物を使って作ったお菓子を俺に分けてもらうことで七瀬は了承してくれた。
学校の鞄に紙袋を入れて店を出た。七瀬は案外この店を気に入ったようで、また来てみたいと言っていた。その時の彰さんの顔は俺が見たことも無いぐらい感動していた。
店を後にしてからは、カレーの残りの材料を食料品売り場でそろえた。七瀬はもともと昼を食べるためだけに来ていたらしく、これといった用事はなかったが途中で立ち寄った雑貨店で可愛らしいマグカップを見つけて買っていた。
現在の時刻は午後四時。俺達は駅の改札口の前に居た。俺は七瀬を家まで送っても良かったのだが、「そこまでしなくても大丈夫」と七瀬が譲らなかった。結局、今度は俺が折れて解決した。
「今日は、私の我が儘に付き合ってくれてありがとね」
「どういたしまして。まぁ、俺も案外楽しかったし俺の方こそありがとう」
「それなら良かったのかな」
そう言うと、七瀬は学校では見たことないような可愛らしい笑顔を俺に向けてから、改札口を通って行った。そして俺はたっぷり三分間、思考停止状態に陥った。アナウンスで我に返った俺は急いで改札を抜けてホームに向かった。
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