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9話


 週末の土曜日。今日は七瀬が家にやってくる日だ。

 沙夜はバタバタと動き回って準備をしている。俺は軽く掃除をしている。

 午後一時、呼び鈴が鳴って俺が出て玄関を開けると、七瀬が立っていた。


 七瀬は、白色のシャツにカーキー色のパンツとしたカジュアルな服装だ。シンプルな服装だが七瀬が着ると華やかに見える。


 右手には、黒の鞄を持っていて中にこれから使うものを入れてるのかもしれない。


「来てくれてありがとう。沙夜も待ってるからどうぞ入ってくれ」

「こんにちは、真田君。お邪魔するね」


 三日ぶりに七瀬を家に招き入れた。俺が一応前を歩いてエスコート風にする。七瀬は俺の後ろを嬉しそうな表情で歩いている。


 リビングの扉を開けると、七瀬に気が付いた沙夜が満面の笑みで近づいてきた。


「こんにちは、沙夜ちゃん。久しぶりだね」

「心愛、こんにちは。今日はありがとうございます」


 お手本のように美しい沙夜のお辞儀を正面から受け、七瀬は慌てたような表情を見せた。


「さ、沙夜ちゃん。私なんかにそんな礼儀正しくされても困るんだけど‥‥‥」


 沙夜も沙夜で、今の言葉の意味が理解できないらしく首をかしげている。

 まぁ、当然だ。沙夜は無意識にしているから気にするだけ無駄なのだが、初めての人はどうしても今の七瀬みたいな反応をするんだよな。


「なぁ、七瀬」

「え?何‥‥‥」

「沙夜さ無意識にしてるから、あまり気にしないでやってくれないか」

「そうなんだ。私あんな綺麗なお辞儀初めて見たよ」


 驚いてはいるが、どこか嬉しそうな表情でそう言った。

 沙夜も褒められて嬉しかったのか口元が緩んでいる。

 兄として嬉しいばかりだ。なんで嬉しいのかよくわからないけど。


 荷物を置いてもらうと、女子二人は俺の事は蚊帳の外にして楽しそうに話し始めた。

 俺は一人暇になってボッーとしてると、あることを思いついた。

 

 別に俺は何かするわけでも無いしいる意味なくないかと。俺は二人に気づかれないようにそっと立ち上がる。

 そして、自分の部屋に行こうとして足を向けると、そのタイミングで運悪く二人の会話が終わってしまった。


 二人は同時に俺の方に振り返った。


「あれ、真田君。どこ行く気なの」

「兄さん、どこに行く気ですか」


 七瀬はともかく、沙夜の目が怖い。

 笑っているはずだが、目が笑っていない。怒っているのは見ればわかるが、なぜ怒っているのかわからない。


「俺は必要ない気がしたから自分の部屋にでも行こうかなと思っていただけだけど‥‥‥」

「そうですか。でも兄さんには大事な役目があるのここに居てください」

「えっ俺がやることなんかあるのか」

「もちろんです。だからちゃんといてくださいね」


 沙夜の勢いに押され俺は、首を縦に振るのがやっとだった。


 沙夜は満足そうにうなずく座っていた椅子から立ち上がった。七瀬も続くように立つ。


「そろそろ始めますか」

「そうだね。始めようか、沙夜ちゃん」


 俺の事をまたもやほったらかしにして仲良く準備を始める二人。俺、本当にいる意味なんてあるのか。何をすればいいのかも教えてもらってないし。


「沙夜、俺は何をすればいいんだ」


 我慢できなくなって、タイミングよくエプロンに来て終わった沙夜に聞いてみた。


「ああ、兄さんにはいってませんでした」


 沙夜はニコッと笑ってそう言った。嫌な予感しかしてこない。


「兄さんは試食をお願いします」

「‥‥‥俺がしないとダメなのか」


 俺は今すぐ自分の部屋にダッシュで逃げ込みたい気持ちを抑えてそう言った。


「はい。兄さんしかできません」


 俺は七瀬の方に見てみたが、俺の反応の意味が分からないみたいな顔をしている。

 ああ、七瀬の様子方見るに、沙夜は何も話していないらしい。だから、お菓子作りの実力も知られていないのだろう。


 これから七瀬が味わうであろう状況を想像してため息が漏れた。

 味見まで任せたらいろんな意味で大変なことになりそうだ。沙夜もそこのところは、よくわかっているから俺に頼んだんだろうな。


「わかった。味見ぐらい付き合うよ」

「ありがとうございます。兄さんならそう言うと思っていましたよ」


 そう言って沙夜はキッチンに向かって行った。

 その後ろを歩く七瀬は、ずっと不思議そうな表情していた。俺は、七瀬の後ろ姿にそっと手を合わせた。


 でも、七瀬ならどうにかしてくれるかもしれないという淡い期待をこの時は一応抱いていた。


 一人へこむ俺とは別に二人はお菓子作りを始めている。

 今日作るのは無難に簡単な物からということでクッキーを作るらしい。沙夜が作るクッキーには嫌な思いでしかない。


 今のところお互いに笑いあっているし大丈夫だと信じたい。


 流石にすることも無く暇になった俺は、最近涼に進めれてハマったスマホゲームをしながら時間を潰した。


 ちなみに、このゲームで涼は世界ランクが三桁に入っている、流石は天才。そういう俺も、今のところ涼以外に負けたことはないのだが。


 本当なら自分の部屋で集中してしたかったが、沙夜にリビングに居ろと言われたのでしょうがない。

 だが、案外美少女二人の時折聞こえる笑い声が耳の保養になっるから悪くはなかった。


「出来上がったので来てください」

「わかった。少し待ってくれ」


 俺はゲームの画面と閉じ、キッチンに行った。


 キッチンに行くと、クッキーに似た何かがあった。笑いあって作っていたのは何だったのか。てっきり成功していると思っていたら全くそんなことはなかった。


 誰でもわかると思うが、沙夜はお菓子作りが全くできない。

 プロ顔負けの料理を作る腕前を持っているが、何故かお菓子に関しては全くできないのだ。

 

 沙夜も落ち込んでいるが、それ以上に七瀬はそれ以上に落ち込んでいる様子だ。


「手順通りに作ったはずなのに‥‥‥」


 七瀬が小さくつぶやいた声が聞こえた。確かに七瀬の言う事には同意見だ。俺が手伝った時もレシピ通りに作ったのに不思議な力に導かれるように毎回、失敗するのだ。


「あの。兄さん一応食べてくださいね」


 沙夜は明らかに暗い声でそう言った。これを食べるのか‥‥‥。七瀬ほどではないがいささか憂鬱な気分になる。


 覚悟を決め、クッキーもどきを一つ恐る恐るつまみ口に入れて咀嚼する。うん、やっぱりおいしくない。食べられなくはないができれば二つ目は食べたくない。


「いつも通りの味だな」

「やっぱりそうですか‥‥‥」


 さっきよりも落ち込むんだ声になる沙夜。


「え?いつも通りなの」


 そう七瀬が驚きの声を上げた。どうやら彼女は自分のせいだと思っていたのかもしれない。


「まぁ、そうだな。だからそこまで抱え込まなくても大丈夫だぞ。問題があるのは沙夜だからな」

「うん。気遣ってくれてありがとう」


 少しは元気になってくれたようで良かった。だが、どうしたら沙夜はお菓子作りが上手になるのか。この問題に関してはお手上げかもしれない。


 俺がそう思っていると、隣の七瀬から何か熱いオーラを感じた。落ち込んでいたのがウソのように生き生きとした表情をしている。


「お、おい。七瀬どうしたんだ」

「私、決めたよ!絶対に沙夜ちゃんがおいしいお菓子を作れるようにして見せる」


 そう高らかに宣言した。俺は正直絶句した。え?マジですか。


 沙夜も嬉しさ半分、申し訳なさ半分といった表情している。

 俺も気持ち的には同じ感じだ。諦めてくれなかったのは嬉しいがどこまで迷惑をかけるかわからない。


「本当にいいんですか。どれぐらいかかるかわかりませんよ」

「もちろん。それに私の自己満足でするだけだから気にしないで」


 そう笑顔で言う七瀬は、天使にしか見えなかった。沙夜は涙目になって喜んでいる。


 それから、残っていた材料で七瀬がとても綺麗でおいしそうなクッキーを作ってくれた。

 沙夜も作っている様子を真剣に見て勉強していた。


「本当にありがとな」


 今日も七瀬を家まで送ることなった。

 次回からも多分、家まで送ることになると俺は思っている。その途中、俺は沙夜が居る前では気恥ずかしくて言えなかった感謝を言った。


「沙夜ちゃんにも言ったけど、私の自己満足だから気にしないでいいよ」

「だとしてもだ。大変だと思うけど沙夜の事は任せた」

「うん、もちろん。任されました」


 七瀬は恥ずかしそうにそう言った。

 少し上目遣いになった姿は、破壊力抜群で俺に目を逸らす以外の対処方法はなかった。


「あ、そうだ。お礼になるかわからないけど、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ。七瀬に限ってそんなことはないと思うけど」


 七瀬は一瞬たじろいだように見えたがすぐにいつもの笑顔に戻って「ありがとう」と言った。


 俺は前回と同じように玄関の目まで送り届けて、七瀬が中に入るのを確認して、一人自分の家に戻った。

 

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