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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ブラッドストーン

私は吸血鬼。世にも恐ろしい怪物なのである。今宵の私は血に飢えている。満月が私の食欲を増幅させているのだ。私はビルの屋上から下を見下ろす。


「ここが人の国。まるで楽園のようだ」


 そう、この国は人間で満ちている。他の国とは大違いだ。私は役者のように手を広げてみる。満月は私にとって酒のような物だ。この時の私は少し酔っていた。


「ふはは!はーはっはっは!!」


 私が気持ちよく笑っていると、後ろの階段から音がした。花のような可憐な香りがする。若いお嬢さんが今夜のゲストのようだ。私は背中の翼をコートの下に隠した。酔いはすぐに霧散した。


 錆びた鉄の扉が開かれる。出てきたのは、帽子の少年だった。何かに怯えたような表情で、小刻みに震えている。少女でないことがとても残念なのである。


「あっ、あの。ここは危ないですよ。早く逃げてください!」


 少年が慌てて駆け寄ってきた。人とは不憫な生き物なのである。少年を追ってきている気配よりも、私の方が格が上だというのに。その私に背を向けるとは、無防備な首筋が丸見えではないか。


「グルル、グルルル……」


 私が首筋を眺めていると、階段から小型の竜種が現れたのである。一匹や二匹ではない、十匹の小規模な群れだ。おそらく、この古いビルの中に転売屋でもいたのだろう。この数が外にいるということは、転売屋はすでに脱走済みであるな。


「お兄さん!もう僕引きつけてられないです!!僕ら食われておしまいっす!!」


 少年が煩くわめいている。ビルの中から五匹が追加で出てきた。厄介な状況になってきたのである。少し騒いでこれだけ増えたのだ、ビルの中は恐ろしいことになっているだろうよ。


「少年、うるさいのである」


「マイペースな人だな!?お兄さんは知らないみたいっすけど、ここは今立ち入れ禁止なんです。早く逃げてください」


「そう言ってもだな。ここは屋上だ、少年はどうやって逃げるつもりかな」


 少年は考えていなかったようだ。顔を青ざめさせている。今この瞬間にも、竜達が数を増やしているのだ。人の少年として、まっとうな反応なのである。


「仕方ないです!隣のビルに飛び移りますよ!!」


 少年は私の手を掴み、隣のビルに走り出した。私は少年のスピードに合わせてついていく。吸血鬼と人では基本スペックが違うのだ。こちらが本気を出せば少年の手が危ないのである。


 私と少年は隣のビルに飛び移った。竜達は追ってこないのである。どうやら、竜の縄張りから外に出れたようだ。私の隣で少年がため息をついていた。


「あの、巻き込んですみません。お詫びにご飯をおごらせてください!」


「……お願いします」


「ええ!任せてください。夜限定の屋台があるんですよ」


 少年は汗を拭きながら、私に笑顔を向けてくる。花の香りがふわりと漂う。少年の匂いは甘酸っぱい花の香りではない。清涼感のある花の香りである。吸血衝動が収まる匂いなのである。


 落ち着いた状態のまま、少年と共に屋台につく。屋台には屈強な男がいた。男の手元を見ると、繊細な料理を作っているようだ。意外な組み合わせなのである。


「おう坊主!久しぶりだな。隣の兄ちゃんはお供だちかい?」


「お久しぶりです。ロンドさん、さっき知り合った人ですよ。僕の仕事に巻き込んでしまったんです。そのお詫びにきました」


「兄ちゃん、坊主に巻き込まれると大変だぜ!無料で食わせてやるよ。ただし、大人しくしてくれな!」


 屋台の主は私の肩に触れた。人に触れるには強い握力だ。私が人外だとわかって警告しているのだろう。私は耳が長いので、はっきり人外だとわかりやすいのである。


 「言われなくとも、ここで騒ぎを起こすわけがない」


 私が屋台の主人に返事を返すと、屋台の主人は満足した顔で奥に戻っていった。屋台にしては、鉄と火薬の匂いがする。早めに退散した方が良いであるな。


 私は少年と共に、しばし間食事を楽しんだ。吸血鬼とは言っても、私は血以外でも栄養を取れるのである。血を吸わなければ、吸血鬼としての能力に制限がかかる、デメリットはそのくらいなのだ。


「私はこれで失礼する。少年、ご馳走になったな」


「いえ、巻き込んだのは僕ですから」


 私は少年と別れ、路地裏へと進んでいく。外灯は吸血鬼の私にとって眩しすぎるのだ。視力を調節すれば何ともないが、そこまでして慣れる必要を感じる無いのである。満月が私の視界に優しい光をもたらしている。


 今日は久しぶりに満腹なのである。吸血鬼としての尊厳よりも、生存本能の方が上であるからな。仕方がないのである。私は世間に知られていないのであるからな。


「私が最年長とか、信じられないのであるよ」


 私は吸血鬼の中で、最年長の吸血鬼なのであるよ。まだまだ若い姿なので、とっても複雑な気持ちである。


 世界で公認れている吸血鬼は四人なのである。私は確認されていない吸血鬼。都市伝説のような存在である。


「我が弟は元気であろうか?」


 私よりも賢く愛らしい我が弟。弟がこの国にいるというのだ。一年もあっていないので、そろそろ顔をみたい。吸血鬼的に一年は短いといわれをようと、私は弟に会うのである。

 

 しばしの間考えていると、路地裏の別れ道から匂いが漂ってきた。弟の血の匂いである。私は迷わず別れ道に走った。罠だろうと何だろうと、弟の身の安全が第一である。


「行き止まりであるか」


 匂いをたどった先は、空き地。月の明かりが届かない場所である。匂いは空き地にある棺桶からしている。急いで棺桶の蓋を開けるのである。


「……兄さん。どうしてこの場所にいるの?」


 棺桶にいたのは、我が弟のノワール。一本の短剣が腹部に刺さっている。私は短剣をノワールから引き抜いた。ノワールの傷は、自己回復のスキルで治っていく。


「弟よ。お前の手紙が私に届いたのである」


 私は手紙をコートから取り出して、ノワールに見せた。ノワールから手紙をくれたのが久しぶりで、嬉しくて保存していたのである。手紙は小瓶の中に入っている。


「僕はその手紙送ってないよ」


「そうであるか?では一体誰が……」


 私は満月に小瓶をかざしながら首を傾げる。小瓶の中からは、ノワールと同じ匂いがしている。この手紙は、ノワールが書いていないとおかしいのである。私が考えていると、腹のあたりに違和感を感じた。


「…………」


 私の腹に大剣がささっている。


「兄さん!!」


 銀製の大剣が容赦なく体力を削ってくるが、弟を逃すのが優先である。あえて大剣を刺したまま、私は弟に逃げるように声をかける。


「くるなっ!逃げろっ!!」


 弟は私を少しの間見ると、黒猫に化けて走り出した。人間の国にも多少いる獣であるし、隣国は魔女の国である。そこまで逃げれば弟の勝ち。幸いにも弟は足が早い。難なく隣国につくことができるだろう。


 空き地に私以外の気配が加わる。風の向きが変わり、気配を殺していた者が浮き彫りになる。振り返らずとも、強い人間だということがわかるのである。


「人との戦闘は慣れていない、戦わずにすめばそれで良いのである。姿を見せて欲しい」


 大剣を自身から引き抜き、地面に突き刺す。私が後ろに下がりながら様子をみていると、大剣の前に青年が現れた。いかにもな狩人だ。大剣だけでは足りないのか、腰には銃まで装備している。


「ずいぶん度胸のある吸血鬼だな。お前は逃げなくて良いのか」


 狩人は私を睨みつけている。私もできれば逃げてしまいたいが、狩人が弟の方にいくと困る。弟には私と違って人間の家族がいるのだ。


「分かっているのであるか。吸血鬼狩りは十年前から禁止されている」


「知っているさ。しかしそれは、世界に公認されている吸血鬼だけの話し。お前のような非公認の吸血鬼には適用されていない」


 大剣を地面から抜くと、男は私に向かって走り出してきた。とっさにフードから翼を出し、空中へと移動する。


「飛べる吸血鬼もまだいたんだな。最近の吸血鬼は地面ばかりで飽きていたところさ!」


 男は銃をこちらに向けながら、にやりと笑った。完全に獲物を見る目である。こちらも反撃した方が良さそうだ。気絶してもらうくらいで、ちょうど良いである。


「はっはぁ。さてはお前純血だな。純血の非公認がまだいたなんて!俺はなんて幸運なんだろう。ここでくたばりやがれ!!」


 空中を飛ぶ私に対して、男は銃を発砲してくる。


「困ったのである。話しが通じない相手なのである」


 私の頬を銃弾がかすっていく。弟と違い再生能力が遅い私は、徐々にしか回復できない。早めに決着をつける必要があるだろう。私は痛覚が鈍いので、ある程度のみ無茶ができる。男の銃が弾切れになったところで、私は再び地面に舞い降りた。


「おいっ!ずいぶん回復が遅いじゃないか。それに、空を飛ばなくて良いのか?つまらないぜ蝙蝠」


「私は蝙蝠じゃないである。私はブラッド、吸血鬼であるっ!」


 私は爪を尖らせると、男に向かって突き刺し。男は私の爪を剣で受け止める。硬質な音が路地の中に反響する。


「やれば出来るじゃねぇか!どっちが先に倒れるか、最後まで戦おうぜ」


 互いに弾きあいながら、剣と爪が交差していく。互いに決定打に欠けている。変化が必要である、私からしかけてみるか。


「これはどうであるか」


 私は剣を両手で受け止めると、飛び蹴りを男に喰らわせた。しかし、男の姿勢は崩れない。この男、腕力が人間離れしているである。どうにか足に攻撃して、姿勢を崩してしまいたいのである。


「反撃だぜぇ」


 私の心臓に向かって、銃弾が飛んでくる。私は翼を盾につかい、銃弾の軌道をずらした。先ほど銃はつかいきったはず。どうして弾が込められているのだろう。そんな隙は一度も与えていないはずだ。


「驚いたか、吸血鬼。これが俺のとっておきだぜ」


 銃弾を逸らしたはずだ、だというのに男は余裕の反応だ。


「っ!?」


 私の胸から血が出ている。一体いつ打たれたのだ。


「ブラフだったのさ。俺は銃弾を作る能力を持ってるんでね。どんなに油断していなくても、行動パターンに慣れてきたヤツは引っかかる」


 足がふらつき、地面に膝がつく。血が足りないのだ、私の存在は世間に知られていない。だから血の支援を受けてられないのだ。弟を訪ね人間の国に来たのは、少量の血を分けて貰うためでもあった。


「お前が死ねば、人々の被害が減る。最後に思い残すことはないのか?喋って見せろよ」


 男が額に銃口を当てている。この場所から逃げ出すことは不可能である。人に対する不満でも話してやろうではないか。


「おかしなことを言っているな。吸血鬼は十年前から人に被害を出していない。私を殺したところで何も変わらない。私としては楽なものだよ、もう人間を守ってやる必要がなくなるのだから。できれば吸血鬼の墓地に埋めて欲しいところであるよ。そう、まだ空いているであろう?吸血鬼の王の墓が……」


 人と吸血鬼は十年前から共存関係になった。いや、人の方が立場は上だろう。いくら吸血鬼個人の力が強くとも、人の血がなければ強くなれない。この男を前にして、弟が逃げるしかなかった理由にもつながる。


「やるならば一思いにすれば良い」


 私は諦めと共に目をつむった。弟のために人の国を残して置きたかったが、この国もすぐに滅んでしまうだろう。


 男が発砲しようとしたその時。路地裏に武装したエルフたちがきた。銃を持つ男に向かって弓を構えている。


「むっ、なぜクイーンがここにいる。人の国の視察はもう終わっているはずだろう」


「あら、私よりも低い場所にいるなんて、らしくないですよ。王様」


「王様はよせ、私の名前はブラッドだ」



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