第6話
お風呂に入るだけのつもりだったので剣は当然としてガントレットすらありません。
完全に無手の状態ですが、中に居る二人だけなら大丈夫でしょう。ボリス自体は神様に狙われていますが、取引相手は一般人のはずです。
ターゲットの関わる相手が揃って強敵ではワタクシの仕事もままなりませんので。
もう一度窓から中の様子を伺いますが、中に居るのは二人だけです。紙とペンを持って並んでいる商品を見て回っています。
悪人ほど真面目に働くと言いますか、後ろ暗いことをしているからこそあらゆる面でキッチリしているのでしょう。何とも皮肉な話です。
二人だけであればどうとでもなりましょう。
入口の方に回って扉を軽くノックします。
「客か?」
扉を開けられる前に素早く元の窓に戻ると、思い切り窓を叩き割ります。
男の片方が扉を開けるのとワタクシが侵入するのは同時でした。
扉に手をかけたままのボサボサ頭。何が起きたのか理解していない様子のハゲ頭。どちらも呆けています。
男達が我に返るよりも早く、手近なハゲ頭に狙いを定めます。
「はぎゃっ! おぉ……」
無防備な股間を思い切り蹴り上げると、すぐさまそこを抑えて崩れ落ちます。
その威力はワタクシ自身も良く知るものでして、今はない股間が縮み上がるような思いです。
男同士では暗黙の了解でタブーとなっている金的攻撃。今のワタクシは女の子ですのでこれも許していただきたいですね。罪悪感は途轍もないですが。
逆上して襲い掛かって来るような気力もなさそうですが、念のために側頭部へ回し蹴りを叩きこみます。痛みに耐えるのに必死になっていたハゲ頭は派手に吹っ飛んで盗品の山へ突っ込んで行きました。
「さてと、残りは貴方だけですわね」
「……てめぇ、何者だ?」
ナイフを構えたボサボサ頭。ただの悪人と呼ぶには、武器を構えるその姿は堂に入っていました。昨日の冒険者にも引けを取りません。
とりあえずあのナイフはどうにかしないといけません。ガントレットもない今、刃物の攻撃を受けることはできませんので。
「何者か、等と尋ねずとも、心当たりはたくさんあるのではなくて?」
「心当たりはあってもその刺客が子供だってのが信じられないんだよ……」
ワタクシの言葉が図星だったのか、それでも言い返して来ます。
相手が子供であっても油断した様子はありません。非常にやりにくそうな相手です。しかしボサボサ頭に時間をかけては、ハゲ頭が復活するかもしれません。
勝負は早く終わらせなければなりません。
「何で嬢ちゃんみたいなのが戦っているのか、聞いても良いか?」
「ノーコメントで!」
答えると同時に駆け寄り、ナイフを持つボサボサ頭の右手を狙います。
ハゲ頭の復活を考えてワタクシが勝負を急いだように、ハゲ頭の復活を考えてボサボサ頭は勝負を長引かせたいようでした。
それ故の見た目に似合わぬ優しい問いかけ。
早く決着を着けたいワタクシと、少しでも引き延ばしたいボサボサ頭の戦いが始まります。
掴み取ろうとした右腕がヒョイと躱されます。
侮っていたつもりはありませんでしたが、絡んできた冒険者もハゲ頭も不意打ちとはいえ一撃で伸してしまい、驕っていたのでしょう。
手を避けられてワタクシの動きが止まってしまいました。
その隙を見逃してくれるような甘い相手であれば良かったのですが、流石にそんなに甘い相手ではありません。
「死にやがれ!」
物騒な声を上げながら、躱した腕をそのまま振り下ろして来ます。その先にはワタクシの右腕がありました。
腕を引くものの間に合うようなタイミングではなく、咄嗟になけなしの魔力を腕に集めます。
知識としては知っていたものの、中々試すタイミングがなくてぶっつけの本番。それはこの世界ではポピュラーな魔法である身体強化。
それによって強化されたワタクシの腕はナイフを受け止め、浅い位置で刃は止まりました。
「くそ!」
舌打ちと共にナイフを引くボサボサ頭。
その一瞬のお陰で、魔力が少なくなったワタクシの軽い眩暈は収まりました。
最初の攻防ではワタクシが傷を負ったものの、これは大したダメージにはなりません。少しだけ流れた血もすぐに止まりました。
毒でも塗られていたら、と考えますが、即効性でないようです。で、あればやはり早い内に勝負を終わらせるに限ります。
昨日の冒険者が特別弱かったのでなければ、ワタクシには鍛えている成人男性でも倒せるくらいの腕力があります。油断をしなければその腕力でゴリ押しできるでしょう。
何はともあれまずは一撃。その一撃をキッカケにして畳み掛けることにします。
先手必勝、という気持ちで仕掛けたわけではありませんが、ワタクシが先に動き出しました。
床を蹴り、ボサボサ頭に肉薄すると体重をかけていた左足に跳びつきます。咄嗟に引いたようですが逃がしはしません。
及び腰であったために反応も少し遅れたのでしょう。
「うおっと――ぐぅ……」
体全体でボサボサ頭の足を掴み、捻るようにして地面に倒します。そして同時に顔面へ向けての蹴り。続いて馬乗りになってパンチの連続。
それを食らったボサボサ頭は呻き声を上げて意識を手放しました。
「ふぅ、ふぅ……。誰にも見せられない光景ですわね……」
幼女が馬乗りになって男を殴る姿。想像しただけで恐ろしい光景というのはわかります。
そこらに転がっていたロープを使ってボサボサ頭を縛り上げます。そして、盗品の山の中で伸びていたハゲ頭も同様にロープで縛り上げます。
これで一先ずは落ち着けますか。
身体強化の魔法は大した魔力を使わない魔法ではありますが、それすらもろくに発動することができないワタクシの魔力量には辟易します。
神様の力に依るワタクシの強さは肉体の方に全振りされているのでしょう。
ふと、脳筋お嬢様なんて単語が思い浮かんで余計に嫌になります。
「……起きてくださいますか?」
嫌な考えを振り払うように、ハゲ頭を起こします。
何となく金的一発で戦闘不能になったハゲ頭よりもちゃんと戦ったボサボサ頭のほうが良かったのですが、持っている情報量に大した違いはないでしょう。
そもそもボサボサ頭はついさっきボコボコにしたばかりですので、すぐに起こすのも酷というものです。
「うーん……。て、てめぇは⁉」
無事に起きてくださいました。
ワタクシの顔を見てずいぶんと驚いているようで、少々内股になりました。股間を蹴り上げられたのだから当然でしょう。
逃げようと身じろいでいますが、ロープで手足を固く縛ってあるので動けません。
「さて、貴方に聞きたいことがあります。ボリス・ウッドという男のことはご存知ですか?」
「ボリスの差し金か⁉ あいつに恨まれる覚えはないぞ!」
「知っているようで安心しましたわ」
これで名前は知らない、となれば似顔絵の載った巻物を見せる必要が出てきますが、あれはあまり人に見せるような物でもないので良かったです。
「ではボリスが普段行く所ですとか、何なら家の場所でも知っていたらありがたいのですが」
男の言うことは基本的に無視します。
とはいえ、この質問のお陰でワタクシとボリスが仲良しでないことは伝わったのでしょう。苦々しげな表情を浮かべています。
判断に迷っているということは何かしらの情報は持っているのでしょう。
決断するために背中を押してあげます。
「教えてくだされば貴方達のことを見逃してあげます。そこにある物のほとんど……それとも全部が盗品でしょうか?」
「……あいつは金が入るといつも豪遊するんだ。今日、買い取った奴も良い値をつけてやったからな。きっと今夜辺り、どこかの居酒屋で騒いでいると思うぜ」
「どこのお店かわかりますか?」
「毎回店は変えているらしい。まぁ、あいつが豪遊するのは今に始まったことじゃないし、ここらじゃ有名だ。おこぼれを狙う奴らも多いから店員に聞けば教えてくれるかもな」
居酒屋、と言っても後ろ暗いことをして手に入れたお金であれば、それを使う場所も限られることでしょう。同じお酒を飲める店でも、まさかギルドで飲もうとは思いませんものね。
と、なるといくつか店は絞れるでしょうし、夜までまだ時間もあります。一旦支度を整える時間もありそうです。
「ありがとうございます。ボリスが見つからなかったらまた来ますね」
「おい! 話したんだからせめてロープは解いてくれ!」
手がかりは見つかりましたが、それも確実とは言えない情報。もしもの時のためにこの男達は拘束したままが良いでしょう。
もし逃げられてもそれほど痛手になるような方達ではありませんし。
ハゲ頭の男を残し、ワタクシは本来の目的であったお風呂のためにこの場所を後にしました。