11.好きな人、いないよね?
自分の息で手を温めたりして、俺は無事家に着く事ができた。
「ただいま」
俺はそっと玄関の扉を開ける。玄関には、靴が何足か置いてあった。
「えっと……一足多くないか?」
家には、母さん以外帰ってきていなさそうなので、靴が二足あるという事は、誰か来客がいるという事だろうか。
「おかえり、手洗いうがいしたら、すぐに自室に行きなさいね、待ってくれてる人がいるんだから」
リビングにいる母さんは、何かを知っているようなニヤケ顔で言ってきた。
俺の部屋に誰かいるのか?今日、会う約束をした人はいないんだけどな……親戚の人たちが来たとか?
手洗いうがいをし終えて、二階に通じる階段を昇る。俺の部屋に誰かいるのだとしたら、足音が聞こえると思ったが、一切何も聞こえなかった。
恐る恐る、自分の部屋の扉を開けるとそこには、ベッドで横になっている女の子がいた。
「あ、彩人~!私のことを置いて行って、こんな夜遅くまで何してたのかな!?」
え、何この笑顔。めちゃくちゃ怒ってる感じ、醸し出してるけど、表情は笑顔って一番怖いんだけど……
まずは、理由を考えないと……
「その、急用があってな……」
理香は、不貞腐れた子供のように、プイっとそっぽを向いた。
「私、彩人とのデート、楽しみにしてたのに……」
ボソッと呟いた言葉は俺にも聞こえた。
樹とのデートは楽しくなかったのだろうか。
それとも、幼馴染である俺との遊ぶ約束を、純粋に楽しみにしていてくれたのだろうか。
「そ、それは、ごめん…」
「もういいよ……彩人のために、チョコ作ってきたのに……」
「え、チョコ?」
「そうだよ、彩人が喜ぶかなって思ったから、作ったのに……」
チョコをもらう約束をしていたのは、覚えていたが、てっきり冗談のつもりだと思っていた。
「あとさ、そのかばんの中にチョコ入ってるんでしょ?」
え、何で鞄の中にあるチョコの存在を知ってるんだ?
俺が、驚いたような顔をすると、理香は俺が何を言いたいのか分かったらしく、一人で説明を始めた。
「だって、普段鞄の中には何も入れないくせに、今日は動かすたびにガサゴソいってるんだもん……入ってるんだよね……?」
こんなに、涙目になって聞いてくる理香を俺は初めて見た。
隠すつもりでいたが、中身を確認されては、分かってしまうので、正直に話すことにした。
「あぁ、入ってるよ……」
俺の言葉を聞いた理香は、俺に近づき、そして、涙目になりながら上目遣いで、聞いてくる。
「ねぇ、彩人……好きな人、いないよね……?」
バレンタインの日に、帰ってしまったから疑われているのだろうか。
でも、俺が好きなのは今も昔も変わらない。
だから、いないと言えば、嘘になる。だけど、そんな事、理香に言ってしまうわけにはいかない。
「あぁ、いないよ……」
「本当に?」
俺の目をジッと見つめてくる理香。
どうやら、疑っているようだ。
「あぁ、本当だよ……」
本当はいる。だけど、俺はこの気持ちを永遠に閉じ込めると決めたから。
だから、実質『いない』と変わらないと思う。理香のことを諦めると決意したから……
した、のに……俺は、どうしたいんだろうか…
何で、諦めるつもりでいたのに、まだ理香のことを好きでいるんだろう。
叶わない恋だと分かっているのに。
理香は、俺の言葉を信用したらしく、俺のことを見つめるのはやめて、小さい鞄の中から、綺麗に包装されている何かを取り出した。
「はい、これ、バレンタインチョコ!おいしく食べてね!?それじゃあ、お休み」
そう言い終えると、理香は、恥ずかしそうにしながら、俺の部屋から出て行った。
手には、先程手渡されたチョコが置いてあった。
食べようと思い、綺麗に開けて、チョコを見る。
理香は料理が上手なわけじゃない。でも、決して下手なわけでもない。
だからこそ、見てすぐに分かった。これは、理香の作ったチョコの中で最高傑作なのだと。
渡す相手、間違えてるって……俺なんて、市販の安いチョコでいいのに……
少し前の俺なら、両思いである事を期待して、嬉しそうにこれを食べるのだろう。
『本命チョコだといいな!』とか思ったりして。
でも、すべてを知っている俺は、期待しない。分かっているから、これが、義理であることを。
ただの、幼馴染であり、恋愛感情で見られていないことを知っているから。
胸が痛くなるが、この気持ちを抑えて俺は、一口、チョコを食べる。
一口食べ終えた直後、俺はため息を吐く。
「はぁ、何でこんなに美味しんだよ……」
俺にとってそのチョコは、胸が締め付けられるくらい、美味しかった。
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