魔法使いと聖女と自由と平等
魔境と呼んでも差し支えない未開拓の黒い森に一人の魔法使いが居を構えていました。
彼は優れた魔法使いでしたが、その産まれが故に王都で地位を得ることが出来ませんでした。様々な功績に対して与えられたのは、人が暮らすには適さないこの森だけです。
王都には彼よりも優れた魔導師は殆どいませんが、彼よりも貧乏な魔導師は誰一人としていないでしょう。
そんな彼の元に、珍しくお客さんが来ました。
お客さんは、聖血教会の聖女様でした。
「急な来訪をお許しください」
「そう思うなら、さっさと帰ってくれ。私は忙しいんだ」
魔法使いは聖女様に怪しい色のお茶を出して歓迎します。
聖女様は飲み物をガン無視して、本題を単刀直入に口にしました。
「差別のない自由で平等な世界の為に、一緒に戦ってくれませんか?」
魔法使いは首を傾げます。
「自由って何だ?」
魔法使いとして沢山の勉強をして来ましたが、自由や平等と言う言葉は耳にしたことがありません。
生来の好奇心の強さから、魔法使いは聖女様の説明に熱心に耳を傾けます。
自由と平等。
頭の良い魔法使いは直ぐにその意味を十全に理解することができました。
「貴方様は、平民の産まれと言うだけで低く見られ、不当な扱いを受けてきました」
「そうだな」
「そんな世の中を変えたいとは思いませんか? 私達は今、平民、亞人、女性、障害者、その他弱い人々の為に戦っています。不遇な扱いを受けて来た貴方様の言葉であれば、そう言った方々を奮い立たせることができるでしょう」
聖女様は椅子から立ち上がり、自らの正義に燃えていました。
魔法使いはそんな聖女様を冷めた目付きで見つめます。
そして言いました。
「興味ないな。帰ってくれ」
「何故でしょうか? 賢者と呼ばれた貴方様には私が正しいとは思えませんか?」
断られたことに落胆する風でもなく、聖女様は魔法使いに訊ねます。
「いや? きっと君は正しいだろう。いつか君は正義となるだろう」
「では、どうして協力してくれないのでしょうか?」
「正しさなんて下らないし、正義なんて吐き気がするからだよ、お嬢さん」
魔法使いは聖女様に差し出した湯呑を手にとって一気に中身を煽った後に続けます。
「君は自由と平等と言ったが、ならばどうして『今』を認められない?」
「え?」
「『差別は駄目』だと言う思想自体が矛盾している。思想の自由を認めながら、実際は『差別する人物』を排除しようとしている。『これが自由ですよ』と鳥籠を掲げている。それは矛盾だよ。君は結局、差別をする側になりたいだけだ。自分の意見で人々を支配したいだけだ。道徳の規準を定めて、自分自身が正義になろうとしている。私には君が略奪者にしか見えないな」
空になった湯呑を机の上に叩きつけるようにおいて、魔法使いは笑いました。
「そうじゃあないと言うのなら、私のように森で暮らせばいい。自然は何も約束をしないが、自然はしっかりと約束を守ってくれる。君の望む自由と平等がそこにあるはずだ」