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ただ生き残るために。  作者: 夢・風魔
1章 遠き故郷
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2

 車の通りが増えたせいか、四号車が空港へと到着したのは前三台から遅れること40分。

 観光バス専用の駐車場へと向かうべく、カーブをゆっくり回っていく。

 到着を知らせるため男性教師の秋山がスマホを取り出し、校長へと電話を掛けた。

 と同時に白石のスホマから着信音が鳴る。


「はい、しらい――」

『空港には入るな! そのままバスの中で待機しろっ』

「え? 池野先生?」


 スマホから聞こえた声は、同じ体育教師の男性の声だ。

 その声が随分と焦っているように聞こえる。

 息遣いも荒く、走りながら通話をしているようだ。

 そして周囲から悲鳴のようなものを聞こえてくる。

 それもひとりや二人の声ではない。大勢の悲鳴が聞こえているのだ。


「池野先生、いったいどうしたんですか?」

『食われてるんだ! 人間が……人間に食われているんだ!!』

「え?」


 男性教師の言葉を、白石は理解できなかった。

 

 人間が人間を食べる?

 ストレスが原因で仲間の尻尾をかじる豚でもあるまいし?


 だが一瞬脳裏に浮かんだのは、狂犬病という言葉だ。

 発病すれば人は狂暴になる――という程度の常識しか彼女にはない。

 果たして狂犬病患者が人を食べるなんてあるのだろうか?


「白石先生っ。校長先生からバスに残るよう指示がありました。空港内で暴動が起こっていると」

「え? 秋山先生、私のほうは池野先生から、人が人を食べているから空港には来るなって……」

「え、人が人を? そんな馬鹿な」


 そんな馬鹿な話、聞いたこともない。そう秋山は言おうとしたが、バスに乗った生徒からも、次々に同様の言葉が飛び交う。

 先に到着している友人らから、電話を受けたのだろう。中には映像が送られてきた生徒も居た。


「先生! ちえみから動画ファイルが送られてきて……これ……嘘ですよね?」


 震える女子生徒からスマホを受け取り、表示されたファイルを再生。

 するとそこには、到着ゲートから現れた外国人が次々と空港スタッフに喰らいつく光景が映しだされていた。

 最大ズームだったようで、映像は鮮明ではない。

 だが到着ロビーからのろのろと現れる人物たちが群がるようにして、空港スタッフに抱きつき噛みついているように見えるのは間違いない。


 映像は20秒ほどで終了したが、ロビーからは同じようにのろのろと歩く人物たちの姿が何十人も映っていた。


 四号車の生徒たちが受け取った電話の内容は、その全てが「空港に入るな」というものだった。

 中には興奮気味に、凄いことが起きているぞと伝える友人生徒も居たようだ。

 だがその内容も、人が人を襲って食べている――というもの。


 誰かひとりがそういった内容の電話を受けたとして、なかなか信じられることではない。

 だが電話を受けた生徒、そして教師二人がまったく同じ内容を聞かされたというのであれば……。


「秋山先生……まさか大量の狂犬病患者が……」

「きょ、狂犬病!? あ、いや。実際に狂犬病がどんな症状かわからないが、こんなに大量に発生するだろうか? いやだがしかし、それぐらいしか考えられないか……」


 来年で定年退職を迎える秋山教師は、未だ信じられないといった様子でひとりブツブツと呟く。

 そんな彼の背後、空港の建物から次々と人が溢れ出して来た。

 みな顔面蒼白で、悲鳴を上げながら走っている。

 その中には同じ高校の生徒の姿もあった。


「白石先生、私は空港から出てきた生徒たちをバスへと誘導します。あなたは四号車に残って、バスを移動させてください。これだけの人が一度に出てきたんじゃ、道路はすぐに混雑するでしょうから。運転手さん、よろしくお願いします」

「え、あ……はい。どこに向かえば?」


 運転手もまた、スマホで同僚たちにここで耳にした情報を伝えていた。


「えぇっと……出来れば学校に戻って頂きたいのですが」


 そう秋山が告げると、それが聞こえた生徒から抗議の声が上がる。


「ちょ。先生っ、んなことしたら、飛行機に乗り遅れるじゃんっ」」

「暴動か何かわからないけど、こんな状況じゃ空港は閉鎖されるわよっ。いいから座りなさい!」

「そんなの、暴れてる外国人逮捕して終わりじゃん!?」


 尚も食い下がろうと知る男子生徒。

 その生徒の背後から、別の男子生徒が現れ――彼を羽交い絞めにした。


「なっ、誰だ――うあ、城島」

「あぁ俺だ。てめー、五月蠅ぇんだよ。だまって座れ」


 反抗的で、今年は停学騒動まで起こしている城島が、白石をフォローするような行動を取った。

 白石は城島の行動に驚いたが、彼の顔は蒼く、その手にはスマホが握られたままだった。

 恐らく誰かしらから電話を受けたのか、それとも映像を見たのか。そのどちらかでこの事態が異常だと認識したのだろう。


「出します」


 秋山がバスから降りたのを確認した運転手がそう告げると、バスはうっくりと動き出した。

 立っていた生徒たちは急いで座席に座り、それは白石も同様だった。


 窓から空港方面を見ると、怪我をした人の姿も見えた。

 誰かがつまずき倒れるが、それを救おうとする者はいない。むしろその体を踏みつけ、われ先にとその場から逃れようとしている。


「何があったの?」

「知るか」


 白石の誰とにでもなく呟いた言葉に、後ろの席に座った城島が答えた。

 彼もまた、返事をしようとしてしたわけではない。無意識のうちに答えていたのだ。

 自分自身もそれを知りたいという思いから。


 空港駐車場からいち早く抜け出したバスは、再び高速道路へと向かって走り出す。

 白石は学校に残っている教頭へと連絡するために、職員室へと電話を掛ける。

 呼び出し音はなるものの電話は繋がらない。

 10コールを終えると自動音声が流れる。そこまで行くと一度切り、数秒おいて再び掛けなおす。

 何度目かにようやく電話は繋がった。


「修学旅行組の白石です。実は空港で――」

『わかってる! 他の先生から電話が入ったし、ニュースにもなっているっ』

「え? もうニュースに?」

『違うっ。ニュースの方は東京での話だが、似たようなことがあちこちで起こっていると』


 いったい何が起こっているというのだ。

 白石は運転手に頼み、車内のテレビを点けてもらうことにした。

 真っ先に映ったのは、恐怖からか、まともに原稿を読めないでいる女性アナウンサーの姿だった。

 

『えっと……これは……』


 モニターを見ているのだろう。アナウンサーの視線は一点を見つめ、そして顔は青ざめている。

 隣に座る男性アナウンサーが原稿を奪い、青ざめた顔は同じであるが、それでも原稿を読み始めた。


『昨夜成田空港に到着した機内で暴れていた男性は、その後の調べにより死亡していることが判明。男性に襲われ怪我を負ったほかの乗客のうち数名が今朝までに死亡し、その後、病院の安置場にて起き上がると、病院スタッフを次々と襲い――』


 男性アナウンサーが原稿を読み上げる間、テレビ画面の右下には小さく映像が映し出されていた。

 モザイクが掛かっているが、病院だと思われる建物内の床は、真っ赤に染まっていた。

 それが血であることは疑いようもない。


 暴れていた男から噛みつかれた人間が……死ぬ。

 そうかと思えば死体安置室で起き上がり、他の人を襲いだす。

 そんなことがあり得るのか?

 これではまるでゾンビ映画ではないか。


 白石は自問自答しながら、チャンネルを変えていく。

 だがどの局も放送内容は同じものばかりだ。


 そんなニュースの中、人が人を襲い、そして噛みつく……もしくは食べるという事件は、今始まったばかりではないことを知る。


『海外旅行から帰宅後に体調不良を訴え、病院で死亡するというケースが発生しております。その後、突然息を吹き返し……いえ、心電図では心臓の停止を告げた状態なのですが、起き上がった患者が看護師を襲うという事件がいくつもあったそうです』


 多くの場合、生き返った患者を室内に閉じ込め、警察に通報。

 怪我を負った医師や看護師は治療を受け――。


『その後死亡。彼らもまた、昨夜から今朝に掛け起き出し、他の病院スタッフや患者を襲ったそうです』


 駆けつけた警官によって、射殺された者も出たようだ。

 それがつい先ほどのこと。

 そして海外から帰国後、体調を崩して入院した者が現れ始めたのは一昨日頃からだと、テレビの向こう側のアナウンサーは言う。


「全国規模?」

「海外で何かのウィルスでも蔓延しているのかね……いったい、どうなるんだ」


 運転手は音だけを聞いてニュースの内容を把握する。

 ハンドルを握るその手は、僅かながらに震えていた。


「とにかく、今は生徒たちを親御さんの下へ返すことが先決です。学校まで、よろしくお願いします」

「あぁ、わかっているよ。私の自宅も、あなた方の学校から近いからね。帰りたいよ……帰りたい」


 独り言のように呟く運転手の声は、白石のスマホの着信音によって打ち消された。


「はい白石です」

『教頭の水戸です。今二年生の保護者の方全員に、緊急連絡を行っています。生徒の迎えをお願いしていますので、あなたはまっすぐ学校に戻ってきてください』

「わかりました。4組の生徒は全員バスに乗っています。怪我も無く、無事です」


 電話の相手は学校に残る教頭からであった。

 

『他のクラスの先生方からも連絡が入りましたが、何人かは暴徒に襲われ怪我をしたそうです』

「えぇ!?」


 襲われて怪我――果たしてそれは本当に襲われた怪我なのだろうか。

 白石の脳裏には『食われている』という言葉が浮かぶ。


『怪我をした生徒を病院に届け、それから学校へ戻ってくるそうです』

「そう……ですか」

『とにかく、今全国的におかしな事件が発生しているようで……なんとか無事に生徒たちを連れ帰ってください』

「はい。もちろんですっ」

『では気を付けて』


 教頭との電話を終えた白石が、深くため息を吐いてから前方を見たとき――。


 黄色い車が宙を舞った。

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