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第34話 魔石機関車とサンドイッチ

 その日、マオは一人で街中を歩き回っていた。


(それにしても、甘い物を食べすぎて気持ち悪くなっておるところに、ポルンとリュカがこれまた甘そうなフロランタンなる料理を差し入れに来たのには驚いたのぉ……。断り切れず、思わず用事もないのに部屋を飛び出してしもうた……。ついでじゃし、このまま街で何か塩気のある料理でも探すとするかのぉ)


 マオは普段からよく歩いているルノワール商店街に足を運ぶと、キョロキョロと周囲の飲食店を確認していった。


(ふぅむ。カレーにうどん、あっちにはトンカツもあるのぉ。どれも味を知っておるだけに余計に腹が減る。……しかし、どうせじゃからわしがこれまでに食ったことのない、もっと斬新な料理を食べてみたい気もするし……うぅむ、どうしたものか)


 マオは悩んだ挙句、ポンと手のひらを叩いた。


(そうじゃ! どうせならば普段は行かぬ場所へ足を運んでみるのはどうじゃろうか! このポノノアという街はわしが思っておったよりもかなり広い。噂では端から端まで行くのに一日はかかるとか。ならばそのどこかに、わしが今求めておる一風変わった塩気のある料理もあるはずじゃ!)


「ふはは! なんだか楽しくなってきおったわい! わしも今や立派な冒険者と言うことかのぉ! よぉし! まずは手始めに、この商店街をまっすぐ突っ切ってくれるわ!」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 ルノワール商店街を過ぎ、いくつかの路地を抜けると、見たこともないほど大きな道路が現れた。

 そしてそこを走っている数台の車を見かけると、マオはぎょっと目を見開いた。


「な、なんじゃあれは! ……ひ、人が乗っておる。馬車か? いや、それにしては速すぎるじゃろ……」


 たまらず、マオは近くを通っていた婦人の服をちょいちょいと引っ張った。


「お、おい。あれはなんじゃ?」

「ん? あれって?」

「あ、あれじゃ。あの速いやつじゃ」

「あぁ。あれは車っていうのよ」

「わ、わしはこの街に来て一か月ほど経つが、あんなもの、初めて見たぞ」

「まぁ、高価なものだからね。今走ってる車も、ほとんどがタクシーっていうもので、みんなお金を払って乗せてもらってるの」

「なぬ!? 金を払えば乗れるのか!?」

「え、えぇ。でも、どこか行きたいところがあるの? タクシーは目的地がないと乗らない方がいいわよ。高いから」

「……そ、そうなのか」


 シュンと落ち込んだマオに、婦人は、


「あなた、もしかしてこの街を観光したいの?」

「観光?」

「いろんなところを見て回ったり、おいしいものを食べ歩いたりするってこと」

「おぉ! まさにわしが今やろうとしておることじゃ!」

「ふふふ。じゃあね、いいところを教えてあげるわ」

「いいところじゃと?」



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 マオは、婦人に教えてもらった場所を探し、うろうろと街を歩き回っていた。


「うぅむ。あの女が言っておった場所はこの辺りのはずじゃが……むっ!?」


 路地を抜け、目的地にたどり着いたマオの目の前には、見たこともない光景が広がっていた。

 街の中を巨大な大きな川が流れ、その川面にいくつものゴンドラが浮かんでいる。


「おぉ! あれがあの女が言っておった観光用の船じゃな! ふむふむ。車ほどの目新しさはないが、観光するには十分じゃな!」


 その時、不意においしそうな匂いが立ち込め始めた。


「む? なんじゃ、このうまそうな匂いは……」


 匂いに誘われるまま歩を進めると、そこには一軒の屋台があった。

 マオの姿を見た店主が声をかける。


「お嬢ちゃん一人かい? よかったら一箱買っていくかい?」

「む? その三角形の白いのはなんじゃ?」

「これは『ホロロ狼の肉』とレタスとマヨネーズを挟んだサンドイッチだよ。肉は焼き立てだからおいしいし、船の上で観光しながら食べるのがおすすめだよ」

「マヨネーズとな?」

「あら? マヨネーズ知らないの? この白いのだよ」

「うぅむ。見た目はあまりうまそうではないが……。まぁ、甘い物でもなさそうじゃし、一箱くれ」

「まいどありー」


 店主は四つのサンドイッチを、時計台のイラストが描かれたこじゃれた箱に詰め、マオに手渡した。

 マオはまだ温かい箱を両手に抱え、ウキウキ気分で船へと向かった。


「ふはは! 船の上で街の風景を見ながら食べる料理というのも、また一風変わっとっておもしろそうじゃ!」


 だが、そのマオの願いは届かなかった。

 マオの頬にぽたりと一滴、水の雫が落ちてくる。はてと空を見上げてみると、それはたちまち轟々と降り注ぎ始めた。


「なぬ!? このタイミングで雨じゃと!?」


 それまで賑わっていた屋台も、船も、観光客も、我先にと方々に散り、そこには誰もいなくなった。


「こりゃたまらん! わしもうかうかしておったらこのサンドイッチをダメにしてしまうではないか! どこか雨宿りできるような場所は……」


 マオは、近くにあったくすんだレンガで造られた建物の一角に窪地を見つけ、そこへ避難した。

 マオは空模様を見つめながら、


「うぅむ……。ゲリラ豪雨というやつかのぉ。だとすればすぐに止むはずじゃが……む?」


 ふと振り返ると、マオが飛び込んだ窪地の奥には地下へ続く階段が伸びていた。そしてその壁には、『魔石機関車乗り場』と薄汚れた看板が掲げられていた。


「機関車じゃと? これはさっき見た車や船の仲間かの?」


 見下ろした階段の先には闇が広がっており、人の気配はない。


「ふむ。まぁよい。これも何かの縁じゃ」


 そして、マオはトコトコと階段を下っていった。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 そこは妙に肌寒く、しんと静まり返ったトンネルになっていた。

 トンネル内には規則的に光源が設けられており、先はどこまでも続いている。

 そんな中、ちょうど左手の方に一人の女がぼんやりと椅子に座っていた。


「そこのお主、ここらで魔石機関車というものに乗れると上の看板で見たのじゃが」


 マオが近付いてみると、相手の女が人間ではなく、獣人であることがわかった。

 顔まで真っ白な毛皮に覆われていて、細い切れ長の目の周辺だけはほんのりと黒い部分がある。上下は薄汚れた作業着で、手には油のついた軍手をしていた。

 マオの存在に気付いた女は、マオを一瞥すると、またすぐに視線を逸らしてボソリと言った。


「………………あれは、もうやってない」

「む? そうなのか? では、そこにあるのはなんじゃ?」


 女の目の前には馬車の荷台よりも二回り以上大きい四角い鉄製の乗り物が二つ置いてある。


「………………魔石機関車」

「あるではないか。もう壊れて走れんのか?」


 マオはポンポンと機関車の外壁を叩いた。

 二つの機関車のうち、前方の一つは円柱形をしており、後ろには人が座るための椅子が並べられている。

 女はため息交じりに言う。


「………………動く」

「ならばよかろう。わしはこれに乗って観光とやらがしたい。そしてこのサンドイッチを食べるんじゃ」

「………………でも、私が運転しても、楽しくないから」

「む? ようわからんが、地面の中を走り回るなど初めての体験じゃ。そこで食うサンドイッチはさぞかしうまかろう」

「………………どうかな」

「まぁ、とにかく走るんじゃろう? だったら乗せてくれ」

「………………」


 女は答えず、すっと立ち上がると、前方の機関車に乗り込んだ。

 プシュ―、と空気が抜けるような音が聞こえ、後方の扉が開く。


「ほぉ。手を触れずに開くとは……。何かの魔法かの?」


 乗り込んだ車両の中には、左右それぞれに二つずつ座席が設置されており、後方へ連なっていて、それらは全て進行方向を向いていた。

 そして車両の前方には扉のようなものはなく、そのまま運転席にいる女の姿が確認できた。


 女がマオの方を振り返る。


「…………じゃあ、発進するから、座って」

「うむ」


 マオは、ちょうど運転している女の真後ろの座席に座り、そこの小窓から女に話しかけた。


「ところでお主、名前は何というんじゃ?」

「………………ネモ・ノラ」

「じゃあ、ネモじゃな。わしはマオじゃ。ネモは白い猫の獣人か?」

「…………私は、白狸(はくり)族っていう、狸の獣人」

「狸とな。これまた珍しいのぉ」

「…………」


 ガコン、と音がすると、車体全体がゆっくりと前方へ進み始めた。


「おぉ! 進んでおる! 進んでおるぞ!」


 マオはウキウキと外側の窓に顔を近付けると、段々と後方へ消えて行くトンネルの壁を興奮気味に眺めた。


「意外と速いではないか! ふはは! 愉快愉快!」


 しばらくすると、トンネルの壁には色とりどりの鉱石が顔を覗かせ、キラキラと輝き始めた。


「おぉー……。なんと綺麗な……。これは素晴らしい……」


 マオは、その息を呑むような光景に感動していたマオは、サンドイッチのことを思い出すとはっと目を見開いた。

 そそくさと箱を開け、中身を取り出した。

 指先から伝わるふっくらとした感触の向こうに、まだほんのりと熱を持った『ホロロ狼の肉』が感じ取れる。


「ふぅむ。これは見た目からしておそらくパンの一種じゃろうな。わし的には少々茶色が足りん気がせんでもないが……ふむ。肉に絡んどる甘じょっぱそうな匂いは食欲をそそりおる。しかし、このマヨネーズという白いのはどうも不安じゃな……。どんな味か想像がつかん。……ま、とりあえず食ってみるかのぉ」


 パクリ。


「う、うまし! おぉ! なるほど! マヨネーズがタレと合わさってうまさを掻き立てとる! 具を挟んでおるパン生地はぱさぱさしておって一見すると味気ないが、他の食材の味を程よく均一化しておってくどさを抑えておる! うむ! サンドイッチ、素晴らしい料理じゃ!」


 ネモは、マオがあまりにもサンドイッチをおいしそうに食べるので、ゴクリと喉を鳴らしてしまった。


「む? なんじゃ? お主も腹が減ったのか?」

「…………別に」

「まぁまぁ、今日会ったのも何かの縁じゃ。お主にもサンドイッチを一切れやろう」

「……え? い、いや……」

「ほれ。あーん、してみい」

「むぐっ!?」


 マオは運転しているネモのとなりまで来ると、その口に半ば強引にサンドイッチを放り込んだ。

 ネモはしかたなく、口に放り込まれたサンドイッチを少しずつ口内へ納めていく。


「………………おいしい。ありがとう」

「うむ」


 運転席の中央には大きなボイラーがあり、その左右にはそれぞれ前方を覗くための小窓がついている。右の窓はネモが使っているため、マオは左方を指差した。


「こちらから外を見てもよいか?」

「…………いいけど、ボイラーの表面は熱くなってるから、触らないように」

「うむ」


 マオは近くにあったパイプ椅子を置くと、左の小窓から前方を覗いた。トンネルの左右に輝く鉱石を見つめながら、新しいサンドイッチにかじりつく。


「ふむ。やはり普段と違う場所で食う料理というのも風情があってよいな」


 そのまま二人ともじっと黙り込んで景色を眺めていると、不意にネモが口を開いた。


「………………ごめんね、何も、喋れなくて」

「なぬ? どういう意味じゃ?」

「…………観光の船の人は、みんな、とても喋るのがうまいの。だけど、私は、そういう気の利いた事、言えなくて……」

「構わん。お主が喋らんでも、この景色だけで十分じゃ」

「…………でも、それじゃあ、全てのお客さんを楽しませられないし」

「お主が気になるならもう一人口の回る奴を雇えばよかろう」

「…………だめ。一人で乗れない運転士は、半人前だと思われて、お客さんが安心できないから」

「そういうものかのぉ」


 少しの沈黙が流れ、


「…………ほんとはね、この魔石機関車、荷物の運搬専門で、もう観光はやってないの」

「なぬ!?」

「…………これ、運転できる人が私以外にいないの。でも、その私がうまく扱ってあげられなかったから……」

「ならば、どうしてわしを乗せてくれたんじゃ?」

「…………それは……」


 またも沈黙が訪れると、視界の先にマオが乗り込んだ場所が見えてきた。


「お、戻って来たようじゃな」


 機関車が停止すると、プシュ―、と空気が抜けるような音が響き、扉がゆっくりと開いた。

 マオは残っていたサンドイッチをネモの口に放り込むと、


「わしにはお主が何を考えておるかなどわからん。じゃが、わしを乗せて運転しとる時のお主は、とても楽しそうじゃったぞ」

「…………」

「よい旅であった。礼を言う」

「……どう、いたしまして」


 マオが機関車から降り、階段をのぼろうとした時、背後から声が飛んできた。


「あの!」

「む? なんじゃ?」

「…………また、いつか、私が運転する機関車に乗ってくれる?」


 マオは「ふはは」と小さく笑うと、


「次はぜひ、仲間と一緒に乗りたいものじゃ」


 と言い残し、去って行った。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


〇本日の献立

・ホロロ狼の肉のサンドイッチ:世界中の至る所で食べられているサンドイッチ。欧米ではどちらかというと硬いパンが主流で、サンドイッチに使用されているパン生地も同様に硬い。おしゃれな喫茶店で食べ慣れない硬いパンのサンドイッチを注文すると、食べている時にポロポロと中身が落ちてしまうので注意が必要。

 ホロロ狼とは、ダンジョンの比較的上層に生息するモンスターの一種。別段珍しいモンスターではないが、ホロロ狼の肉は上質な脂が乗っており、一口食べると口の中でほろほろと崩れていく。あまりにも柔らかすぎて食べた気がしないのがたまにキズ。


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