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第10話 焼きそば

 早朝。外では小気味よく雀が鳴いていた。

 誰よりも早く目を覚ましたマオは、ベッドの上でうんと背伸びをした。


「うー! こんなにぐっすり寝たのはいつぶりじゃろうか。この体、(しょく)だけでなく睡眠も余すことなく楽しめるのじゃな。この姿に生まれ変わった時はさすがのわしもちっとは動揺したが、慣れれば中々よいものじゃ」


 マオは寝ぼけ眼をこすり、ハシゴを降りると下で寝ていたリュカの寝顔をぼんやりと眺めた。


(う~む。気持ちよさそうに寝よって……)


 リュカの狼の耳がピクピクと動いている。


(お? なんじゃ? 夢でも見とるのか? ククク。わしに見られておるとも知らずに呑気な奴め)


 ピクピク。


(おほっ。よく動く耳じゃのぉ。……どれどれ)


 ズボッ。

 マオはリュカの耳に人差し指を差し込んだ。

 寝ているリュカの眉間にしわがよる。


「う、う~ん……」


(フハハハハ! 苦しんどる苦しんどる! もう少し奥まで突っ込んでやれ)


 グイッ。


「ふぁ~。うぅ~」


(ヌハハハハハ! 間抜けな声を漏らしよって!)


 マオは耳に突っ込んだ指をぐいぐいと動かした。


「ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ、ふぁっ」


(フハハハハ! 愉快愉快! 指を動かすたびに声が漏れておるわい! フフフ。かわいい奴じゃ。実におちょくりがいがあるのぉ。にしてもここまでして起きんとは……。やはりまだまだ子供じゃなぁ)


 マオはリュカの耳から指を抜くと、今度は逆のベッドで寝ているポルンに忍び寄った。


(さて、今度はこちらで遊ぶかの)


 エルフであるポルンの耳は、ピンと尖がって伸びている。

 マオはそれを興味津々に眺めた。


(ふむ。わしが住んどった魔界にもエルフはおったが、数が少のうて滅多に出会わんかったのぉ。……して、この耳はどんな感じじゃろうか)


 マオが手を伸ばした瞬間、ポルンの目がぱちっと開いた。


「マオちゃん、今、何かしようとしてた?」


(こ、こやつ! なんという殺気じゃ!)


「……い、いや、別に」

「そう。それならいいの」


(ぬぅ……。あの耳、いつか絶対触ってやるぞ)


 それからリュカを起こし、三人はいそいそと準備を整えて部屋を後にした。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 建物の廊下を歩いている最中、マオはポルンにたずねた。


「ところで、わしは何をすればいいんじゃ? たしか団長は、見習いをせぇとかなんとか言うておったが」

「見習いの仕事はとりあえず掃除とかおつかいが多いかな~。たまーに採集クエストとか、調査クエストとかがあるよ。まぁ、クエストって言っても、モンスターがほとんど出ない森の浅いところばっかりだけどね」

「はぁ……。金のためとは言え、面倒くさいのぉ」

「だめだよマオちゃん。そんなことじゃ立派な冒険者になれないよ」

「冒険者なんて興味ないわい。わしは毎日うまいもんが食べられればそれで幸せじゃ」

「ふふふ。マオちゃんらしいねっ」


 ようやく食堂に到着すると、すでに何人かが中に入っていた。

 皆トレイを手に持って奥の机の前に並んでいる。


「ぬ? なんじゃあれは? どうして皆、あそこにたまっておるのじゃ? カウンターで料理を受け取るのではないのか?」


 リュカが欠伸をしながら言った。


「朝はいつもビュッフェなんだよ」

「びゅっふぇ?」

「そう。あそこの机の上に料理が乗った大皿があるだろ? それを自分の皿に小分けして食べるんだよ」

「なんとっ! ということはあれか!? あの大皿にこんもりのっておる料理を全て取ってもよいと言うのか!?」

「いいわけないだろう……。自分が食べきれる分だけだ」

「わし、全部食べきれると思うんじゃが……」

「ほんとに食べそうで怖いな……。でもそんなことしたら皆の分がなくなるだろう?」

「そ、そうじゃった……。他の者も腹が減るんじゃったな。つい忘れとった」

「どうしてそんな当たり前のことを忘れるんだよ……」


 三人の元へ、褐色の肌に白い髪をしたダークエルフがやって来て背後から話しかけた。


「おや? ポルン、リュカ、その子は?」


 リュカが「あっ、フレデリカさん」とすかさず反応する。


「こいつ、新しく見習いになったマオっていうんです」


 マオはビュッフェに興味深々で、片手間に「よきにはからえ」とあしらった。


「こらっ! マオ! フレデリカさんにきちんとあいさつしろ! フレデリカさんはすごく優秀な剣士で、街でも一、二を争うほどの実力者なんだぞ!」

「実力者じゃと……?」


(む? よく見ればダークエルフではないか。身体能力に特化したエルフで、希少なエルフ族の中でもさらに珍しい種族。たしかに力強い波動は感じるのぉ。魔王城で飼っておった大きな犬と同じくらいの強さじゃ)


「よろしくのぉ、フレデリカとやら」

「よ、よろしく……」


 リュカは頭を抱えている。


「はぁ……。どうしてそう、上から目線なんだよ」


 三人はフレデリカと別れ、トレイを手に取ると、ビュッフェの列に加わった。

 マオはそわそわと前方を気にしている。


「もうすぐじゃ! もうすぐわしの番じゃ!」

「そうだな。わかったから落ち着けよ」

「くふふ。何を食ろうてやろうかのぉ」

「よ、涎気をつけろよ」

「もう大丈夫じゃ。口の閉じ方を覚えた」

「七年かかってようやくか……」


 大皿の前に来ると、マオはトングをカチャカチャと鳴らした。


(ふむ。さぁて、どれにするかのぉ。おっ! あれは昨日食べたパンではないか! おぉっ! こちらにはスラ蜜まであるぞ! ぬふふ。この二つは必須じゃな。それとあとは……。むぅ。カレーはないようじゃな。それにウサギの干し肉もない。味がまったく想像できんようなもんは今度に回すとして、とりあえず何かうまそうなものを……。おっ)


 三人は各々料理を選んで席につき、手を合わせた。


「「「いただきまーす」」」


 マオのとなりに座ったポルンがパンを一口齧りながら、


「マオちゃん、結局何取ったの?」

「これじゃ」

「スラ蜜をかけたパンと……『焼きそば』? 私も焼きそば取ったよっ」

「焼きそばというのか、この汚れた毛糸みたいな料理は」

「よくそんな例え方するようなもの取ってきたね」

「うむ。ここ最近でわしは学んだ。ウサギの干し肉、それにカレー、どちらも茶色くてまずそうなのに食ってみると絶品であった。つまり、茶色い食べ物はうまいということじゃ」


 リュカが呆れたように笑った。


「また短絡的なものの考え方だな」

「なんじゃ? 焼きそばはまずいのか?」

「いや、うまいよ。あたしは取らなかったけど」

「はぁ……。お主は食べ物を見る目がないのぉ」

「だから別に焼きそばが嫌いなわけじゃないって」


 マオは持ってきたフォークを握ると、それで懸命に麺をすくい上げた。


 ズズズ。


「う、うましっ! やはり茶色い食べ物は絶品じゃ! この舌の上に残る濃い味わい! 一口食べただけで腹がぐぅぐぅと鳴ってしかたがない! もっちもちの歯ごたえと、シャキシャキとした食感が交互に襲ってきて思わず顔がほころんでしまう! それにこの上にかかっている青いやつ!」

「『青のり』な」

「青のり! これの香りがまた絶品じゃ! 濃い焼きそばの味と上手く合わさり、二口目、三口目と食べても飽きがこん!」


 ゴクリ、とリュカの喉が鳴った。


「あ、あたしもやっぱり焼きそば取ってこよーっと」


 こっそりと大皿に向かったリュカだったが、時すでに遅く、マオの周りで食べていたギルドメンバーが、ぞくぞくと焼きそばに群がっていた。


「……みんな、マオが食べるとこ見てたな。……あ」


 近くの席でフレデリカもこそこそと大量の焼きそばを頬張っていた


(フレデリカさんもか……)


 結局焼きそばはすぐになくなってしまい、リュカは仕方なく席に戻った。


「む? なんじゃ、リュカ。焼きそばを取りに行ったのではなかったのか?」

「もうなくなってたよ……」

「それは残念じゃったなぁ……。ほれ、わしのを一口やろう。はい、あーん」

「え? いいよ、別に」

「遠慮するでない。ほら、あーん」

「……あーん」


 パクリ。


「どうじゃ? うまかろう?」

「…………うん。おいしい」

「フハハ! かわいい奴め!」

「……な、なんだよ、それ」


 横で二人の様子を楽しそうに見ていたポルンが、


「ふふふ。リュカちゃんっ。私の焼きそばも一口あげるよっ」

「えっ? い、いいって。今貰ったし」

「ほら、あーんして」

「……あーん」


 パクリ


「どう? おいしい?」

「…………おいしい」

「ふははぁ! かわいい奴めっ」

「お前それが言いたかっただけだろ!」


 リュカはむぅっと頬を膨らませたが、まんざらでもないような笑顔を浮かべていた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


〇本日の献立

・焼きそば:歯ごたえのよい麺にほどよくしなったキャベツが絡んでソースの味を引き立てる。上にのった青のりからは磯の香りが漂っていて絶品。マオが絶賛したため焼きそばが売り切れてしまい、料理長は自責の念にかられて厨房の奥に引っ込んだ。その後慰めるのが大変だったらしい。


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