桃太郎の話
桃太郎には同年代の友達はいなかった。
それどころかお爺さんとお婆さん以外の人と会ったことがなかった。
桃太郎の出自の秘密を守るため、お爺さんは桃太郎に家から出ることを禁じた。
外には怖い人がいるから、出ては駄目だと桃太郎には言っている。
優しいお爺さんとお婆さんに育てられた桃太郎は反抗することなく、素直にそれに従った。
お爺さんお婆さんの家は村の外れの川の近くにあるから、滅多なことがなければ村人が来ることもない。
桃太郎の存在は他の村人に気づかれることなく、桃太郎は他人に会うことなく成長していった。
しかし、桃太郎は寂しくなんかなかった。
お爺さんとお婆さんはとても優しかったし、人ではなくても桃太郎には『友達』がいたからだ。
桃太郎が一人でお留守番できるぐらいの歳まで成長したある日。
いつものようにお爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川に洗濯に行った。
誰もいなくなった部屋で、桃太郎は何もない天井を見て言った。
「ねずみさん、ねずみさん、出ておいで。僕と一緒は遊ぼうよ」
天井の隙間から、おそらく天井裏に住み着いているであろうネズミがチョロチョロと降りてきた。
桃太郎が手に持った野菜の切れ端を見せると、ネズミは桃太郎の近くに寄ってくる。
さらに、桃太郎が玄関先に稲の残りをばらまくと、野良犬や野良猫、小鳥達が集まってきた。
彼らが桃太郎の『友達』だった。
「桃太郎さん、今日はなにして遊ぶの?」
「うーん、そうだねー……?」
犬の言葉に桃太郎は首をひねった。
そして、ハッと奥に引っ込み、棚からお婆さんが古くなった布から作ったまん丸の鞠を取り出して言った。
「これで遊ぼう!」
桃太郎は集まった『友達』と鞠で遊びだした。
人と会わず、独り遊びが多い桃太郎はいつしか周りの動物や虫達と遊ぶようになっていった。
もちろん動物達が言葉を話すわけはない。
全て桃太郎の妄想だ。
動物に話しかけるのは多くの子供達が経験することで、特別不思議なことではないかもしれない。
しかし、桃太郎はこれから齢が18になるまでお爺さんお婆さん以外の人とは話さない。
桃太郎は動物達がずっと友達だった。
お爺さんとお婆さんはこれを気味が悪いと思わなかった。
むしろ、動物達と話すなんて、なんてすごい子だと桃太郎を褒め称えた。二人は桃太郎を溺愛していた。
動物達も桃太郎にとても懐いた。
動物達と会話が通じると信じている桃太郎の純粋な心のおかげであろう。
桃太郎は動物達から好かれていた。
しかし、全ての動物が桃太郎に懐くわけではなかった。
野良猫が桃太郎が遊んでいた鞠をひったくった。
「あ、ねこさん」
「これはオイラのもんさ」
猫がそんなことを言うはずはないが、桃太郎の耳にはそう聞こえた。
野良猫は桃太郎から奪った鞠で独りで遊びだした。
桃太郎や他の動物達が近づくと、シャーっと威嚇し、誰にも寄らせない。
「返せよ。それは桃太郎さんのものだぞ」
桃太郎には犬がそう吠えている風に聞こえた。
しかし、そんな犬に怯えるでもなく猫は鞠をつついた。猫は遠慮なく爪を立て、しだいに鞠が傷ついていく。
あの鞠は大好きなお婆さんが作ってくれた大切な鞠だ。これ以上傷つけられないように桃太郎は鞠を取り返そうと手を伸ばした。
「返してよ、独り占めはよくないよ」
猫は桃太郎の伸ばした手を見ると、シャーっと鳴き、立てた爪で桃太郎を引っ掻いた。
痛みで桃太郎が引っ込めた指からは血が出ていた。
その瞬間、桃太郎の中で何かが変わった。
この猫は『友達』じゃない。
それは子供ながらの無邪気さだったのか、それとも桃太郎自身の生まれつきだったのか。
桃太郎は近くにあった大岩を野良猫に向かって掲げた。
「桃太郎、ただいま。今日も元気に遊んでいるねぇ」
お婆さんが洗濯から帰ってくると、桃太郎は楽しそうに犬と遊んでいた。近くには野菜の切れ端を食べているネズミと小鳥の姿も見える。
「あ! お婆さん、おかえり。お婆さんも一緒に遊ぼうよ」
桃太郎は元気な笑顔で言った。