鬼の話
「桃太郎、お前は桃から生まれたんだよ」
18歳の誕生日。桃太郎はお婆さんから自身の出生の秘密を告げられた。
最初に「大事な話がある」とお爺さんとお婆さんに真剣な表情をされた。いつになく真剣な表情に桃太郎も緊張した様子で育ての親に向かい合った。
「お前はうちの実の子ではない」とお爺さんに告げられたとき、桃太郎に思ったより驚きはなかった。
薄々そんな予感はしていた。自分は二人の子供にしては若すぎる。物心ついたときから二人はすでに還暦を超えていた。
二人は自分にとって祖父母にあたると思い、両親の話を切り出したら、二人は言葉につまり、はぐらかされた。
そんな経験から、自分の家庭環境に何かあると桃太郎は思っていた。
だから、自分が二人の実の子でないと告げられてもさほど驚きはなかった。さすがに次にお婆さんが言った「桃から生まれた」には驚きはしたが……。
「ごめんね……。いつか言おう、いつか言おうと思ってはいたんだが、桃太郎が元気に育つのを見ると、まだ早いと思って言えなかったんだよ……」
「本当のことを言って、桃太郎が傷つかないか。本当のことを知ってしまうと、桃太郎がうちから出て行くんじゃないか。そう思うと怖くて言えなかったんじゃ。桃太郎や、ごめんなぁ……。こんな二人を許してくれるかぁ?」
泣きながら謝罪の言葉を口にするお爺さんとお婆さんを桃太郎は抱きしめて言った。
「何を言ってるんだい。僕が何から生まれようが、僕の両親は二人さ。許すも許さないもないよ。僕の家族はお爺さんとお婆さんだけだ」
桃太郎の言葉を聞いたお爺さんとお婆さんは一層涙を流し、桃太郎に抱きついた。抱きしめる力を強くする桃太郎の目にも水滴が流れる。
三人は涙が治まっても抱き合って家族の絆を確かめていた。
それから数日経ち、桃太郎達が住む村である事件が起こった。
『鬼』の出現だ。
数年に一度。遥か遠くの島から『鬼』がやってきて、この村に災厄を振りまいていく。
金品の強奪や器物の破壊、殺人、誘拐は当たり前。畑は見るも無残に荒らされ、日照りや地震を起こし、風土病までばら撒いていく。
まさに災厄。最悪の存在だ。
桃太郎達の家には幸いなことに鬼は来ていなかった。
しかし、このままだとこの家にも鬼が来るのは時間の問題。
桃太郎はお爺さん、お婆さんを守るため、鬼退治に行くことを決心した。
鬼退治に行くことを決めた桃太郎は村人から鬼の情報を集めた。
「鬼はとにかく大きいよ。山ほど大きい体で雲のように大きな金棒を使うんだ。敵いっこないよ」
「鬼は鋭い爪と牙を持ってるぜ。大木も切り倒す爪に、馬をも食い殺す牙。悪いことは言わねえ。やめときな」
「鬼は強靭な体に腕が六本あって尻尾まで生えてるぞ。その体には剣も槍も通さないし、鬼の攻撃はどんな盾と鎧でも防げない。死にに行くようなもんだぞ」
「鬼がどんなやつだって? 鬼の一番の脅威はその数さ。一体倒せても、次々に沸いてくる。一体倒したら十体。十体倒したら百体。百体倒したら千体。無限に沸いてくる鬼を倒すことは不可能さ」
なんて恐ろしい化け物なのだろう。村人の話を聞くだけで、桃太郎の中に恐怖が溜まっていく。
そんな化け物の鬼を自分が退治することができるだろうか。
いや、できるできないではない。やらねばならぬのだ。お爺さんお婆さんを守るため。そして、この村を守るため。桃太郎は鬼退治に行かなくてはいけないのだ。
桃太郎が鬼退治に行く日。
最初は反対していたお爺さんお婆さんだったが、ついに根負けし、二人も桃太郎を信じて送り出すことを決めた。
「もう何を言っても止めぬのであろう。ならば、もう何も言わない。行ってこい、桃太郎。必ず鬼退治を果たすのじゃぞ」
「はい。これ、きびだんご。旅の途中で辛くなったらこれをお食べ。必ず元気に帰ってくるんですよ」
「ありがとう。お爺さん、お婆さん。絶対鬼退治して、絶対元気に帰ってくるからね。行ってきます」
お爺さんから刀と『日本一』と書かれた旗、お婆さんからきびだんごを受け取った桃太郎は鬼退治に出発した。お爺さんとお婆さんは桃太郎の姿が見えなくなるまで、その姿を見送った。
村長から聞いた話によると、鬼は『鬼ヶ島』というところにいるらしい。
鬼ヶ島に向かう旅の途中。一匹の犬が桃太郎の前に現れ、言った。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきびだんご、一つ私にくださいな」
「僕はこれから鬼退治に行くんだ。お供するなら、このきびだんごをあげよう」
「はい。お供します」
きびだんごをあげ、犬がお供になった。
犬を連れ、しばらく進むと、今度は猿が現れて、言った。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきびだんご、一つ私にくださいな」
桃太郎は鬼退治に行くことを猿に告げて、きびだんごを渡すと、猿がお供になった。
さらに進むと、今度は雉が現れ、言った。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきびだんご、一つ私にくださいな」
桃太郎がきびだんごをあげると、雉がお供に付いてきた。
犬、猿、雉をお供に連れた桃太郎は山を越え、谷を越え、鬼ヶ島を目指した。
そして、海を越えて、ようやく鬼ヶ島に到着した。
ようやくここまで辿り着いた。化け物のような鬼に桃太郎は勝てるのだろうか。
桃太郎は唾を飲み込むと、慎重に鬼ヶ島へと足を踏み入れた。
岩陰に隠れ、桃太郎は目を瞑った。瞼に思い起こされるのはお爺さんとお婆さん。二人のために桃太郎は鬼を退治しなくてはならないのだ。
桃太郎は腹をくくると岩陰から身を乗り出し、鬼に向かって行った。
しかし、桃太郎は身を乗り出したところで止まってしまった。
おかしい……。
桃太郎は辺りを見回す。やはりおかしい。
たしかにここだと桃太郎は聞いていた。それなのに、だれもいない。
標的の姿が見当たらない。鬼も人も、動物一匹いやしない。
どういうことだ。
桃太郎は混乱した。
しかし、考えても答えは出ず、どれだけ辺りを見回しても、どれだけ島中を捜しても……、
鬼ヶ島に鬼はいなかった。