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ようこそこの悪辣非道な異世界へ  作者: 上原シオン
[1.狐目美人は腹黒い]
8/16

裏切りは躊躇わない

「[宵闇の狼]渉外担当だ。あんたか、俺たちに話があるってのは」


 陽の光の届かない裏路地。

[宵闇の狼]と呼ばれるクランに所属する青年が、一人の女と向き合っていた。


 まだ一言しか発していないのに、既に青年は気圧され始めていた。

 端的に言って、この女は得体が知れなかった。

 ただのか弱い女に見える。『そう見せてある』。外見はただの女だが、周囲の闇がそのまま具現化したような濃密な殺気が彼女を取り巻いているのだ。

 力づくでどうにかできる相手じゃない。

 早くも青年は喉の渇きを覚え始めていた。


 青年は密かに周囲の魔力を探る。

 大丈夫だ、少なくともここには自分と目の前の女しかいない。


「明日の早朝――」


 かなり長い間を取って、ようやく女が口を開いた。


「あなた方のアジトを、冒険者のパーティが襲撃します」

「なっ……」

「実力がありそうです。加えて、裏の人間が入れ知恵しています」


 青年は考えを巡らせる。

[宵闇の狼]では数少ない頭脳派であり、それゆえ彼は渉外を任されているのだ。


「情報屋か?」

「それを商うこともある、というだけです」


 女の狙いが大まかに読めてきた。


「……彼らの行動を誘導することはできないか?」


 ほう、と女がかすかに息をつく。


 女は開口一番、[宵闇の狼]にとって生死を分ける情報を持ち出した。明らかにこちらの動揺を誘い、情報を売りにきている。

 となれば、次に考えるべきはその情報の信頼性。


 その情報の真偽は? どのルートからもたらされたのか?


 女は情報屋ではないらしい。となれば、偶然それを得たので[宵闇の狼]から利益を引き出そうにきたといったところが妥当か。

 だが「たまたま計画を盗み聞いちゃったので売りにきましたよ~」程度の話ではないだろう。

 目の前の女から漂う、あからさまな実力者の気配。そして「裏の人間が入れ知恵しています」「それを商うこともある」という発言。


 それらを総合して、辿り着く結論。


「あんた、裏ギルドの類をやっているな。そこに『入れ知恵』を求めて冒険者が来た、といったところか」

「御名答。血の気の多いバカな若者の集まりだと思っていましたが、なかなかどうして」

「ブレインがいなきゃこうまで拡大できないさ」


 ふっと息を吐いて、青年は続ける。


「どうだろう。そいつに偽情報を流してもらうことはできないか?」

「金額次第で――と、言いたいところですが」


 そこで女は呆れたように鼻で笑った。


「逃げられちゃいました。よっぽどお金に困っていたんでしょうねえ。ですからそちらのご要望には応えることができません」

「そりゃ残念。情報料ケチるとは、なんて間抜けだ」

「最近の冒険者なんてそんなのばかりですよ」


 女の笑みは酷薄さを滲ませる。

 あなたはそうでないことを祈っています。そう言外に告げているのだ。


「いくらだ」

「金貨五十枚」

「ずいぶん足元見るね」

「値切れる状況です?」

「わかった。買うよ」

「商談成立ですね。ありがとうございます」


 青年は小切手を切り、女に渡す。


「これ、大丈夫なんでしょうね」

「安全な口座だ」


 女は詳細に冒険者の情報を述べてゆく。

 身なり、歩き方から剣技に長けているであろうこと。対人戦に慣れていないこと。

 パーティ編成はその男に加えて回復術師、魔弓士であること。特に魔弓士の方はAランクであり、強敵であること。また資金面に難があるため、これ以上の人数を揃えることは難しいであろうこと。


「いやに詳しいな。どうしてわかる?」


 女は髪をかき上げ、イヤリングを晒す。


「共振石か。またぞろ高級品を」

「うちの業界は情報の速度と確度が命ですので」


 共振石。ペアになった石同士で、振動を共有する性質を持った魔石のこと。

 音は空気の振動である。つまりこの石を介して、遠隔地と音声のやりとりを行うことができる。


「うちのお抱え盗賊に尾行させています。確度に関しては信頼していただいてよろしいかと。それと――」

「今度はなんだ?」

「敵は三人のうち二人が魔法を主に扱うクラスですから、こちらがお役に立てないかと」


 女は懐から銀細工のペンダントを取り出した。中心に翡翠色の魔石が組み込んである。


「マジック・ジャマー。一定の範囲内で魔法を封じる、舶来ものの魔導器です。これは小型ですが、あなた方のアジト程度であれば収められると思います。いかがです?」

「なるほど。いくらだ」

「金貨百枚」


 さすがにこれは呑めない。


「馬鹿言うな。購入してまで使わないよ」

「では一晩お貸しして、金貨十枚で」

「……別にそれがなきゃ勝てないわけじゃないんだがね」

「わかりました。金貨五枚でいいです」


 女がため息をつく。


「今度は妙に聞き訳がいいな」

「引き際をわきまえているだけです。では、こちらも商談成立ということで」


 書面に残せない契約の場合、笑顔が重要な証となる。

 ひっそりと笑みを交わして、青年は裏路地の闇を後にした。



「…………さて」


女が天を仰ぎ見る。

白装束のアサシンがそこにいた。うなずいて、青年の追跡を開始した。

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