情報料はケチらないで
「盗賊退治、ですか?」
「ああ。蛇の道は蛇、まずはここで情報を集めようと思ってな」
俺とミステリア姉がキャッキャウフフ(諸説ある)しているところに割り込んだ闖入者、もといお客さんは冒険者だった。おおかた冒険者ギルドにでも盗賊退治の依頼が出て、それを請けたってところかな。
男性客の立ち居振る舞い、装備などからある程度熟練した冒険者であることがわかる。
……でもなあ。
冒険者。前人未踏の地を探索したり、魔獣を倒すのがメインのお仕事。
大丈夫かな。色々と。
「ええと、お話が掴めないのですが。――うちはただの雑貨屋ですよ?」
「とぼけなさんなって。出入りする客の顔ぶれを注意深く見ていれば、誰だってすぐに違和感を覚えるはずだ。店構えだって、雑貨屋だけで生計が成り立つほどの規模じゃない」
「……及第点です。ただ、ここらは治安が悪いですから。本当に普通にお店を経営している方もいらっしゃいますので、早とちりには気を付けた方がいいですよ」
お、意外にやるなあ。
しかし、あれだ。冒険者ギルドさん、次からはこっちにも仕事回してほしいなー、なんて。
俺そういうの得意なんだけどなあ。むしろ本領と言っていい。
「盗み聞きはされたくありませんから、奥へどうぞ。あ、ユージさんもご一緒に」
「俺も?」
冒険者のお客さんも同じことを思ったようで、怪訝な顔を隠さない。
「ええ。だってユージさんは半分うちの身内みたいなものですし。問題ありません」
「待て待て、俺は」
フリーランスだ、と言いかけたところでミステリア姉がすっと耳打ちしてきた。
「ここは話を合わせてください。ユージさんの出番が来るかもしれませんから、一緒に話を聞いてほしいんです」
「……わかった」
出番。出番ときたか。
なるほどね。ミステリア姉、金の匂いを嗅ぎつけたな。それも芋づる式のやつ。
などと考えを巡らせていたら、冒険者の男がとんでもない爆弾発言を投げ込んできた。
「しかし、身内ねえ。そこの彼はミステリア嬢の恋人か何かかい?」
「はい♪」
「いや待て! 身内ってそっちじゃねぇあとその場のノリで肯定するな!」
「まあ失礼な。けっして早晩気づいた想いというわけではありません!」
「ひゅー! やるねえ兄ちゃん!」
「でもまだヤってもらえないんです……」
「あああもうお前らさっさと奥いけよ!」
すったもんだの末。応接室にて。
「ははあ、[宵闇の狼]……。最近有名になってきた、あのいかにも頭の悪そうな盗賊クランですね」
ミステリア姉の歯に衣着せぬ物言いに、俺は笑いをかみ殺す。
なんせ元の世界で例えるなら、夜中にバイクを走らせて『夜露死苦』とか言ってそうな集団なのだ。
もちろん最近脅威となり始めただけはあって、若者らしい勢いと血の気に満ちたクランではある。
だが、まあ。所詮プロではないのだ。
そもそも冒険者ギルドに依頼が回っている時点で、『表』の力だけで対処できる時点で、お察しだろう。
「そうだ。だが見ての通り、俺は冒険者だ。こういった仕事は初めてでね、色々とご教授いただけると嬉しいんだが」
男はテーブルにそっと銀貨を載せる。
ミステリア姉はにっこりと笑う。
「わかりました。とはいえ、実力がないわけではなさそうですし、要点だけかいつまんで。対人戦の経験は?」
「実は、訓練くらいでしか」
「なら、まずはその腰の長剣を置いていくところからですね。でも長剣なんてまだマシで、冒険者によっては大剣だの大槍だの、対魔獣用の武器を担いでくる人もいるんです。笑えるでしょう?」
俺は苦笑いした。
冒険者は時に人間よりもはるかに大型の魔獣と相対することがある。それはもちろん凄いことだし、アサシンにはなかなかできない芸当だ。
ただ、たまにいるのだ。人間にも同じ武器で通用すると勘違いするバカが。
大剣は竜の首を切り落とすのには効果的でも、すぐそばの人間を斬るのには全く向いていない。
たとえば盗賊の隠れ家を襲うなら、室内戦になる。そうなると長い剣はナイフに劣る。大仰に振り回せないからだ。
冒険者歴が長い人間だと、そこが見えないこともある。まず対人経験の有無を聞いたのは正しい判断だと思う。
「盗賊を退治するなら、要点は三つです。逃げ道をふさぐこと、早朝に奇襲をかけること、一人で挑まないこと」
ミステリア姉は指を立てる。
「逃げ道をふさぐのは、狩りも同じですね。せっかく襲撃しても、穴の空いたバケツのように逃げられてしまいます。予め逃げ道になりそうな場所は抑えておくべきです。秘密の地下道なんかは定番ですね」
「なるほど……。奇襲が早朝というのは? 普通は寝込みを襲うものと思ったが」
ミステリア姉はにこやかに黙っている。
冒険者の男が新たに銀貨を置くと、再び喋り始めた。
「狩りのたとえを使うなら、盗賊は夜行性の動物です。宵の闇に紛れて仕事をするのが盗賊ですから。夜は彼らのフィールドです。。逆に言えば、彼らが寝静まるのは『狩り』を終えたあと、つまり日が昇る頃だというわけです」
盗賊は夜目が効く。
半分同業者みたいな俺だって、できれば夜間に盗賊とはやり合いたくない。それくらい厄介なのだ。
「また、逃げ慣れている盗賊たちを一網打尽にするわけです。どれほどの実力者であろうと限度はあります、可能な限り頭数を揃えるように。一匹でも残せば禍根が残ります。残党は、いつか必ずあなたに復讐しに来ますよ。それが魔獣との違いです」
「パーティ編成で抑えておくべきことはあるか?」
「基本的には、やはり小回りの利く職業で固めるのがベストかなと。足回りの遅くなりがちな魔導士系は向いていないです、ただし向こうの武器には毒が塗られていることもあるので回復術師が一人いると便利ですね。ですがやはり一番は、蛇の道は蛇、こういう争いに慣れた人材を一人は入れるべき。そう、たとえば――」
そして、ミステリア姉は俺を手で指した。
「ここのユージさんみたいな、ね」
なるほど、そこに落ち着くわけね。
情報料だけでなく、そこに一枚噛むことでさらに仕事を得る。うまくやるなあ――。
「いや、結構だ」
え、マジ?
「これだけ聞けば、十分だ。私はこれで、お暇しよう」
ミステリア姉を盗み見る。
違和感を覚えるほど、微動だにしていなかった。
「ですが、まだ[宵闇の狼]のアジトの場所もご存知ないでしょう? その調査依頼くらいしてくださっても――」
「必要ない。それくらい自分たちでもできる」
「……わかりました、そう言うのであれば仕方ありません。お見送りします」
結局お客さんはそのまま帰ってしまった。
ミステリア姉が舌打ちする。
「ケチられました」
「どうすんの?」
「まあ、裏の人間なら誰でも知っているような知識でお小遣いがもらえたんです。ここで収めてもいいですが……」
「が?」
「まだ、足りません。せっかくカモがネギ背負ってきたんです、食えるだけ食っておきましょうか」
いつしか、ミステリア姉の口元にはひどく悪辣な笑みが浮かんでいた。
琥珀色の瞳が爛々と輝いていた。
「出かけましょう。少し商談を行います」
「誰と?」
渇いた風が吹き荒んでいる。
「[宵闇の狼]です」