ミステリア・シャーレングイ
「お疲れ様でした。ユージさんは本当に優秀ですね」
『仕事』を終えた俺は、さっそく依頼完了の旨を報告していた。
依頼主に、ではない。それを仲介してくれた人間に、だ。
狐のような細い目。艶やかな黒髪。
肌の白さたるや一級品の陶磁器のように、といったところか?
ミステリア・シャーレングイ。
一見ただの雑貨屋に見せてある『ミステリア商会』、――悪名轟く、おっそろしい裏ギルドの若き主だ。
「あ、はいこれ報酬金です。依頼主からの支払いはまだですが、特別に私の方で立て替えておきます」
「いいの?」
「構いません。現金がすぐにもらえた方がユージさんも安心でしょう?」
「ありがと、ミステリア姉」
「いえいえ♪ 今後ともうちをご贔屓に」
――本当の顔はおっそろしい、はずなんだがなあ。
にこにこと笑うミステリア姉からは、仄暗いものは微塵も感じられない。あるいは表情のコントロールがうまいのか。
ミステリア姉とはツテで知り合った。それ以来、仕事を求めるときは必ずここに顔を出すことにしている。
切れ者で、そのうえ凄腕のアサシンにも引けを取らない戦闘力を持っている彼女は、いつでも本当に頼りになる。
融通も利くし。困ったときはお金貸してくれるし。
俺に向いた、珍しい道具を無償で貸してくれることすらある。仕掛けのついたガントレットがそれだ。
おまけに超のつく美人ときた。完璧だね。
「いーよねー、ユージは」
「ねー」
……金貨の小袋を受け取っていると、店の隅から野次が飛んできた。
女の子二人組の、双子かな? 盗賊らしい恰好をしているので、概ね『裏』の客として見ていい。
「こら。ルー、スー。何を言いますか」
「えー、だってだってー!」「てー!」
いしし、とルーが笑う。
「ミステリア姉、ユージにはすごく甘いんだもん! 私たちには報酬金の立て替えなんて一度もしてくれたことないのにー」
にしし、とスーがほくそ笑む。
「そういえばミステリア姉、こっそりユージにいろいろ買い与えてるんでしょー。ギルドのお金を『ちゃくふく』してるんだー。いけないんだー」
ルーとスーが顔を見合わせて笑う。
「ばか、スー。ミステリア姉に限ってそんなわけないじゃん。ぜったい自腹よ、自腹」
「え。じゃあミステリア姉、ユージにつくしてるのー? あくじょなのにー!」
「ばか、スー。ああ見えてミステリア姉ってば一途なんだからー。そんなんだからイメージに反して未だに処――」
「ルー? スー?」
にっこり。
うわあ。
表面上は完璧に優しい笑顔なんだけど、纏っているオーラがエグすぎて不穏さ全開なミステリア姉がそこにいた。
「減らず口を叩く子はおしおきです。覚悟はできてますよね? やっていいですよね?」
「ごめんなさいっ!!」「なさいー!!」
効果は絶大。盗賊の双子ちゃんは脱兎のごとく逃げ出してしまった。
「……あの、ユージさん。その、ええと。あの子たちはどうにもおませさんというか、そういう話が好きなお年頃なんです……。まともに取り合わないでくださいね」
「わかってる、わかってる。でも本当にミステリア姉に一途に想ってもらえる人がいたら、その人は幸せ者だろうなぁ」
「ッ!? !!?!?!?」
本音を漏らしただけなのに、ミステリア姉からはくぐもった悲鳴のようなものが返ってきた。
見るとミステリア姉はなぜか目を大きく見開き、口元を抑えている。
そんな反応をされるくらい、俺には似合わないセリフだったか? でも事実その通りだしなぁ。
「え……その、あの。もしかして、ユージさん的には姉さん女房も全然オーケーな感じです?」
「待って何の話」
「ちゃんと答えて!」
ぐい、と頬を包まれてミステリア姉の方を向かされる。
……待て、なんだこの流れ。どうしてこうなった。そもそも文脈が全くわからん。
これじゃまるでよくある告白のシーンみたい……?
「頼もう! ミステリア嬢はおられるかー……あー、うん、ゲフン。出直すべきだろうか」
勢いよく店舗のドアが開けられ、呼び鈴が悲鳴を上げた。
来客だ。
しかしこのお客さん、来店直後に固まってしまった。傍目から見るととんでもねぇシーンに出くわしたんだから当然か。
かく言う俺も固まってます。ぎゃー、恥ずかしすぎる。ミステリア姉に至っては彫像の如しです。
「……いらっしゃいませぇ」
たっぷり数十秒後、ミステリア姉は別人のような声で応対を始めた。威嚇してますオーラ全開。
いやお客さん何も悪くねーから。やめたげて。