美人局から始まる異世界修羅場
「で、俺の女房に手ェ出した落とし前はどうしてくれるんだい?」
あの後俺は縛り上げられ、店のさらに奥、倉庫の片隅に転がされていた。
おっちゃんの周囲には剣や棍棒を持った怖そうなお兄ちゃんたちがずらり。うん、絶対カタギじゃないね。
そうだ、奥さんは? 不倫がバレたら奥さんだって無事で済むはずが――。
「くすくす。可哀想にね」
奥さんはおっちゃんにしなだれかかって俺を見おろしていた。違和感を覚え、ようやく俺はそれに気づく。
「美人局か……!」
「どうだかなあ。あんちゃんが俺の女房に手を出したのは事実だ。ま、こいつにとっての一番は俺みたいだが」
そういうと事もあろうかおっちゃんは奥さんとディープキスを始めた。うわ見せつけやがって……。でも今はそれどころじゃない。
俺は自分のボケ加減に愕然としていた。まさかここまで深く嵌められていたとは。
盗難に遭った人間に親切ヅラして近づき、骨の髄まで食い荒らす。その容赦なさ、躊躇なさ。
『言っとくけど、いまさら転生したくないなんて言っても無駄だからね』
転生したときのあの声が脳裏に蘇る。
……そういうことかよ!
「さあて、どうすっかなあ。あんちゃん、スられて無一文なんだっけ。そしたらもう体で払うしかないよなあ」
「そんな! 俺まだそっちは処女っすよ!」
蹴りが飛んできた。
「ガタガタ抜かすな。ここらにはそっち向けの店もあるから、そういうとこに売り飛ばすのも一興だがな」
あるのかよ。
「言ってなかったが、うちは奴隷を扱っていてね。やっぱ商品として売り飛ばすのが妥当かな。何にせよ魔力適正を見てから……ん?」
おっちゃんは俺の額に手をかざし、そこでぴたりと止まってしまった。
なんだ?
「……く、くく! ははは! こいつぁおもしれえ! ははは!」
突然おっちゃんのタガが外れた。俺は前髪を掴まれて持ち上げられる。
「見ろよこいつ! 魔力適正ゼロだ! ははは! 傑作だ! はははは! 世の中ほんとにいるんだな、魔法の一つも使えやしねえ出来損ないってのは! はははは! 傑作だ! ははは!」
「ま、りょく……?」
「そうだ、魔力だ。あんちゃん知らんのか? そうか、知らんだろうな! 魔力適正ゼロだもんな!」
言うなりおっちゃんは俺を放り投げ、高らかに謳い上げた。
「[風精の鞭]!」
「ぃぎっ!?」
破裂音とともに、激しい痛みが俺の顔面に走った。視界が真っ白になり、思考がトんでマトモに考えることができない。
「わかるか? これが魔法だ! わかるか? 普通の人間なら誰でも使える! 魔法が使えないのなんてお前みたいな出来損ないくらいさ! [風精の鞭]!」
おっちゃんが唱えるたびに空気が切り裂かれ、痛みが走る。
何度も何度も[風精の鞭]を食らい、俺はよじれながら地面を転がっていた。
「魔法の一つも使えない奴隷なんざ買い手がつかねえよ。そういう哀れな奴らが最後に行く先を知ってるか?」
再び前髪を掴まれ、俺は顔を上げさせられた。酷く悪辣な顔をしたおっちゃんの顔が、目の前にあった。
「スナッフさ。金持ちの変態どもを集めて、解体ショーを開催するのさ。大切な奴隷を無駄遣いするわけにはいかないからなあ」