準備/must cry before struggle.
ブクマありがとうございます!
ユージです。さて、今俺はどこにいるでしょう?
……こっこでーす! 峡谷の隅っこ、岩壁の隙間!
「まーたこの始まりか……」
独りごちてため息をつく。仕方ない、隠密業なんて皆そんなもんだ。依頼によっちゃ半日潜伏なんてザラさ。
暇つぶしに始めた『風景間違い探し』のダイジェストをじっくりねっとりお送りしてもいいけれど、本当に変化が何もないのでばっさりカットです。
んで、現在。
峡谷。王女を輸送する革命軍部隊が通る手はずのルート。
おそらく主戦場はここだ。適度に開けていて、なおかつ身を隠す岩場も多く、襲撃しやすい。また本気でホムラが力を振るうなら、ヤツもここを選ぶだろう。確証はないが、自信はあった。
懸念を挙げれば、当日の乱戦規模がどのくらいになるのかわからないこと。またどの地点で部隊が足止めを食らうか、ピンポイントな予測が立てられないこと。
窃取。窃取か。
これがある意味では一番厄介な点だった。ホムラと正面から戦えと言われた方が(絶対やりたくないけど)まだ悩む余地は少ないのだ。
『ユージさん、準備のほどはいかがですか?』
強風に混ざり、共振石越しにミステリア姉の声が聞こえる。
「うーん、やっぱ厳しいかもしんない。峡谷の対岸から対岸までが遠すぎる。ガントレットのばねじゃ駄目っぽい。風も強いし」
『そうですか……。無理ならそれはそれで構いません、当初の予定に戻るだけなので』
「なんかさ、こう、持ち運べて、魔法ナシで使える強力な射出機ない? 大型のクロスボウみたいな」
『……ウチの倉庫に組み立て式の簡易バリスタならあります。埃を被ってますけど、今から手入れすればなんとか』
思わず指を鳴らす。
「それだ。バリスタなら余裕で届く。組み立て時間は?」
『一人で組み立てるなら、20分くらいですかね』
「ミステリア商会から人手は借りられない?」
『残念ながらダメです。ユージさんはウチの人間じゃない、というのが今回の作戦の肝なので』
当日のシミュレーションが頭の中に組み上がっていく。
所要時間20分。ホムラが一人で部隊を殲滅する前提なら間に合わない。が、他の勢力が割り込んでくれれば話は別だ。
ホムラが初手から全力を出す可能性もゼロじゃないが、おそらくあいつはそれをやらない。
イレギュラーを嫌い、ある程度状況が落ち着いてから攻撃を開始する。そういうやつだ。
その旨を伝えると、察しの良いミステリア姉はすぐに俺の思惑を理解してた。
『わかりました。なるべく状況を混乱させるべく、こちらで根回しを行っておきます』
「具体的には?」
『話の行っていない雑魚ギルド、盗賊クランなどに情報を流し、なるべく多数の他勢力が峡谷に集結するようにします。「王女を手に入れれば報奨金が手に入る」。食いつく人間は食いつくでしょう。乱戦になってくれればくれるほど、こちらには有利ですからね』
「もし動く人間が少なかったら?」
『その際は諦めていただいて構いません。ホムラの独り勝ちも勝利ルートの一つですし。ユージさんにはお金が入りませんが、後ほど埋め合わせを』
俺が成功しても失敗しても勝ち。
成功したら莫大な報酬金。諦めて帰ってもノーリスク・ローリターン。
――これならいける。上々だ。
「わかった。それでいこう。ちなみに、埋め合わせって何?」
『うふふ。ユージさんの心ゆくまで、私のことをぎゅーってさせてあげます!』
「……依頼諦めたくなってきた……」
『私はそれでも構いませんよ? もうやだぁ、ユージさんったら大胆♪』
そういえば、とミステリア姉の声色が真剣さを取り戻す。
『あの簡易バリスタ、すっごく重いです。歩くのも大変なくらい。……一人で運べます?』
うわぁ。
俺は頭を抱えた。それほどの重量だと戦闘もままならない。つまり人目につかないルートを選び、かなり事前から窃取ポイントでまで運ぶ必要がある。もちろん、イレギュラーに備えて待機時間も長くなる。
重労働と長時間潜伏が決まった瞬間だった。そういうとこだぞ、隠密業。正直辞めたい。
……もう初めから『埋め合わせ』ルートにいくのもありかな……。そんな考えが頭を支配するのに時間はかからなかった。