不可解で不穏で不自然な依頼
「窃取。窃取ねぇ……」
俺は装備のメンテナンスを行いながら、ミステリア姉の依頼を反芻していた。
× × ×
『さる王国が革命で崩壊し、王族の娘が拘束、輸送されています』
指を組んで、ミステリア姉。
『この世界ではよくあることなの?』
頭を掻きながら、俺。
『珍しくもないですよ。用途は様々ですから』
指を立てて、ミステリア姉。
『例えば?』
特に何事もなく、俺。
『公開処刑。凌辱。奴隷化。彼方の国に身売り。枚挙に暇がありません。革命軍としては、溜まりに溜まった鬱憤を晴らす絶好のカモですから。王族というシンボルは、それだけ重要なのです』
すらすらと、ミステリア姉。
『……それは理解できた。でも、それのどこが俺への依頼に繋がるんだ?』
怪訝な顔をしているであろう、俺。
『「鍵」なんです。彼女は。王国側としてもまだ再建を諦めていない。生き残った王族というのは、彼らにとっても重要なシンボルなのですよ』
チッチッと指を振りながら、ミステリア姉。
『そんなわけで、元王国軍から極秘に依頼が回ってきました。内容はもちろん王女の奪還。――ウチだけじゃありません。他の裏ギルド、無謀な案件にも食いつきそうな冒険者ギルドなどに、手あたり次第。マルチリクエストですね。手段を選んでいられないのでしょうが、困ったことに成功報酬制なんです。わかります? この意味』
ため息をつきながら、ミステリア姉。
『競争、ってことか』
全貌を把握した顔で、俺。後に全然把握できてなかったことが判明します。ただのアホ。
『正解です、流石ユージさん。正確には争奪戦ってところですね。表裏、敵味方、さんざ入り乱れての戦闘になるでしょう。しかも誰が土壇場で裏切るかもわからない。正直そんな場所に首を突っ込みたくありません。ウチはあくまで依頼の斡旋に留まるつもりでした』
『つもり?』
疑問形で、俺。
『気が変わりました。――「骨灼きホムラ」。ご存知でしょう。アレがウチ経由で依頼を受けたんです』
静かに、ミステリア姉。
『えっ……マジ? ホムラって、あいつが!?』
な、なんだってー!! と俺。特に人類は滅亡しません。
『はい。彼なら単独で敵勢力を殲滅することも可能でしょう。そうなると状況は変わり、光明が見えてくる。積みあがった金貨の光です』
妖しく嗤って、ミステリア姉。
『……ん? でも、俺への依頼って』
俺はようやく当初のミステリア姉の依頼と、状況との齟齬に気づく。
流れから言って、ホムラの援護じゃないのか?
『ええ、妨害です。――ユージさんにはホムラが敵勢力を殲滅後、状況を見計らって王女を窃取していただきます。ホムラには依頼を完遂させないでほしいのです』
微笑んで、ミステリア姉。その心中は読めない。
『何のために。ホムラが勝てば、そのままミステリア商会に仲介料が入ってくる計算だろ。クレバーじゃない』
きな臭い。話がどんどん不穏になってゆく。
『一つ聞こう』
『答えましょう』
『それは俺に、ホムラと正面切って戦え、ってことか?』
『いいえ。それは起こりえません』
『なぜそう言い切れる。いや、そもそも王女を攫ってどうする』
『それは――』
嗤う。ミステリア・シャーレングイが。妖艶に。悪辣に。
× × ×
「リスキーなんてもんじゃねぇぞ、この依頼……」
悪態をつきながら、俺は装備のメンテを続ける。
ガントレットを分解し、部品の手入れ。仕込みナイフにワイヤーを結わえる。そして竜の血の入った注射器を慎重に懐にしまう。
こいつは俺の切り札だ。かなり貴重な代物だが、念には念を。ホムラと真っ向からの戦闘になる可能性はゼロじゃない。
ミステリア姉の悪辣さ、狡賢さには本当に頭が上がらない。
普通なら罠を疑うレベルだ。他のギルドの依頼だったら絶対に断ってる。
「我ながら、なんで引き受けたかなあ……」
ため息をつきながら、机の上に並べた装備を一瞥する。
「決め手はやっぱり、これかねえ」
信頼の証。
共振石のイヤリングが陽の光を受けて緑色に輝いていた。