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ようこそこの悪辣非道な異世界へ  作者: 上原シオン
[2.奴隷少女は傅かない]
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譲れない戦い

 さて、日が昇りまして朝でございます。


「うっっっま!!?」「ですねっっ!!」


 俺はミステリア商会――改めて説明すると、裏ギルドのカモフラージュとしてミステリア姉の経営している、小さな雑貨屋さんだ――の朝食にお呼ばれしていた。普通の市民は朝ごはんの習慣がないそうだけど、そこは体が資本のアサシン。何か食わなきゃ一日持たんのです。


 そして今、俺とミステリア姉が舌つづみを打っているのが、例のアップルパイだった。


「すごいです、林檎が丸々半分入っているなんて……。温め直したのは大正解でしたね。生地もカリカリで、熱せられたバターがこう、じゅわっと」

「カスタードもとろけて、ん、これレーズンも入ってるのか……うめえ……」


 驚愕に目を瞠りながらアップルパイを頬張るミステリア姉はふっくらほっぺが膨らんでいて、とても裏ギルドの主とは思えないほどの愛らしさ。

 ……そんなことを考えていると、ミステリア姉はにっこり笑いかけてきた。うっ、さすがに視線ばれてたか。


 しかしこのアップルパイ、マジで美味い。

 元の世界ではコンビニの安物しか食べたことがなかったので、今まで俺は『アップルパイ=細切れにされた林檎の入ったパン』くらいの認識しか持っていなかった。

 だが目の前のこれは、なんかもうそれらとはレベルが全然違うのだ。根本から別の食べ物と言っていい。まず林檎の食べごたえから言って天と地の差。その上それを取り巻くパイ生地もカスタードもたまに入っているレーズンも一々レベルが高く、それらが互いを高め合って相乗効果のシンフォニーを奏で合っている。重ね掛けされたバフ効果が俺の舌にダイレクトアタック。やべえ何言ってるかわからなくなってきた。本当に美味しい物を食べてるときはIQ下がるって言うよね。もう一切れいこう。


 本能のままに俺とミステリア姉は皿に手を伸ばし、そして同時に硬直した。

 残り一切れだったのだ。


「……ユージさん」

「聞くだけ聞こう」

「言葉にしなくても、優しいユージさんには伝わりますよね?」

「以心伝心ってこういう場面で使う言葉じゃないような……」

「ね、お願い! こんなの我慢できません!」

「わかった。いいよ」


 言うが早いが、ミステリア姉の手がアップルパイを掠めとる。いつか『仕事中』に見た手さばきより断然速いと思った。

 俺は苦笑する。

 元から譲るつもりだった。なぜこんなに焦らしたかというと、切実な眼でじっと見つめてくるミステリア姉はなかなか新鮮だったからだ。


「~~~~~~~っ!!」


 よほどアップルパイの味が染みわたっているのか、ミステリア姉は目をぎゅうと閉じてじたばたしている。


「ミステリア姉って、たまにすんげぇ子どもっぽいところあるよね」

「うう、自覚はありますとも。でも誰がなんと言おうとこの味は至福です」


 その子どもっぽさがギャップを生み出していていいのでは、とは言ってあげない。

 ふくふくと幸せオーラが花開くミステリア姉を見ていると、なんだか俺もお腹いっぱいになってしまうのだ。


 だからかな。

 あまりに平和な朝だったから。ここが裏ギルドで、俺はアサシンであることなんて、忘れてしまいそうになっていた。

 大抵そういうとき、新たな厄介事は現れるものなのだ。


「さて、ユージさん。本題に入りましょう」

 ナプキンで口元を拭き拭きしながら、ミステリア姉が真剣な目になる。

「あ、やっぱり? 予想はしてたんだよね」

「愛する隣人と平和な食卓を囲むのは紛れもなく人生の幸せの一つですが、そればかりで済まされないのが私たちの仕事です」


 そして、ミステリア姉は切り出した。


「依頼があります。ユージさんにしか頼めない仕事です。内容は――ウチの斡旋した依頼の妨害」

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