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ようこそこの悪辣非道な異世界へ  作者: 上原シオン
[2.奴隷少女は傅かない]
13/16

おはようございます。

生きてます

「ふああ、あ。あ……あ?」

 寝ぼけまなこをごしごし擦る。あっ目って擦らない方がいいんだっけ。もう擦っちゃったよ。起きる前に言ってくれよな。

 ……というわけでおはようございます。ユージです。目薬の必要性をひしひしと痛感している朝です。

 朝と言っても、まだ日が昇る前だけど。


 元の世界で高校生をしていた頃は、自慢じゃないけど朝九時より前に起きたことは一日たりとてなかった。遅刻の皆勤賞、そう、言うなれば皆怠賞……! もう間違いなく全校生徒でオンリーワンではあったものの当然胸を張って職員室前を通ることはできず、実はアサシンになる前からすでに俺の人生は仄暗い道を……なんの話だっけ。

 そうだ、早起きの話。

 毎朝寝坊を繰り返していた高校生が、どうして転生した程度でこんな漁師と同じような時間帯に目を覚ます習慣を身に着けられたのか。


 一つは、単純に灯り代がかかるため。

 当然ながらこの世界に電灯はない。ランプにせよ、蝋燭にせよ、安くない消耗品なのだ。そして魔法は俺には使えない。光結晶という仄かな光を放つ魔石もあるが、希少なのでこちらもナシ。

 もう一つは、アサシンとしての生活で自然と身に染み付いたから。

 職業柄、どうしても眠りは浅くなる。寝ている間はどうしても無防備になってしまうのが怖くて、わずかな物音でもすぐ目を覚ましてしまうのだ。

 アサシンとして独り立ちしてから、安眠といえる安眠を得たことは一度もない。俺も成長したなと思う反面、自分の中のなにか大切な部分が削れていっている気もする。

 ……いや、今更か。仕留めた標的の数はもうすぐ三桁に届く。それなのに俺の心はもう動揺の一つも見せてくれないのだから、そういった『たいせつなもの』はすでに摩耗し切ってしまったんだろう。


 ま、悔やんでも仕方ない。

 代わりに得たものだってある。今はそれを大切にするだけさ。

 たとえば――。


『……さん……ージさん……てますか』


 ささやき声が聞こえる。

 はいはい、と俺は枕元に置いた小さな魔石――共振石を手に取った。

 共振石。対になった二つの間で振動を共有する性質を持つ、翡翠色の不思議な魔石。先日盗賊クラン殲滅の手助けをした冒険者が、お礼として持ってきてくれた品の一つだ。


「おはよ。ミステリア姉」

『あっ、ユージさん! 起きたんですね! おはようございます♪』


 共振石はなかなか手に入らないので、正直これはありがたかった。ミステリア姉ですら、諜報用の盗賊――後から聞いた話だと先日の双子ちゃん、ルーとスーがそれらしい――に一つ持たせるだけで精一杯だったのだ。

 そんなわけで共振石を手に入れた俺だけど、よくよく考えると共振石を持たせる必然性のある相手が思い浮かばなかった。単独行動のアサシン故のさみしさ。

 ……スマホ買ったはいいけど、友達いなくてアドレス帳が空っぽのやつみたいじゃん……。

 結局、共振石の片割れはミステリア姉にあげてしまった。仕事も便利になるし、何より、この世界で最も信頼している人物の一人がミステリア姉だからだ。

 共振石を渡すことは、信頼関係の証と言ってもいい。


 ちなみに共振石を渡したとき、ミステリア姉は喜びすぎて異様なテンションになってたけど、きっと何かの間違いだよね。

 どんな宝石より嬉しいです、なんてさすがにリップサービスだろう。変に真に受けない方がいいはずだ。


 ただそれ以来、ミステリア姉は毎朝俺にモーニングコールしてくれるようになった。

 理由はわからないが、反応を返すと目に見えて喜んでくれるので、それだけで楽しい。


『それでね、今日の朝ごはんは大きな林檎のアップルパイにするんです! 有名なお店のもので、昨日すっっっごく並んで、ようやく買えたんですよ! もしよかったらユージさんも――』


 他愛のない会話をしているうちに日が昇り始める。

 いつもの装備に着替えながら、俺はこのありがたみを噛みしめていた。

 ミステリア姉に共振石を渡したのは正解だった。自信を以てそう言える。


 殺した人が夢に出て、枕元に立っている夜。

 物音に何度も目が覚めて、辺りを警戒しながらまた浅い眠りにつく、全く休まった気のしない夜明け。

 そうして強張った身体に、魂に、ミステリア姉の声は優しく馴染む。それだけで一日のはじまりが、尊く、とても楽しいものに感じられるのだ。


 砂の街にようやく朝日が昇り始める。


 何かを失って、代わりに得たもの。

 たとえば、美人なお姉さんからのモーニングコールとか。

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